第137話 真実の井戸での誘惑

「事情は分かったけど、庭木くんは、なんですぐに誤解だって言わないんだよっ!」


芽衣子ちゃんの説明から、二人が手を繋いでいたのは、庭木くんを小学生だと誤解していたからという事が分かったが、俺は黙っていた庭木くんに対する怒りが収まらなかった。


可愛い女の子に手を繋いでもらって役得とばかりに、黙っていたのかと勘ぐってしまう。


「ひっ!嘘コクの矢口くん、怖いっっ!」


ビクつく庭木くんを芽衣子ちゃんは、庇うようにして言った。


「あ、あの、庭木先輩をあんまり責めないで下さい。思えば、目の前で、男子生徒を二人倒した人に勢いよくそんな事言われたら、怖くて否定出来なかったと思います。

まず、私が早とちりしたのが悪かったんですから…。

皆さん、お騒がせして本当にすみませんでした…。」


「別に芽衣子ちゃんが悪いとは言ってないけど…。」


気まずそうにペコリと頭を下げる芽衣子ちゃんに、俺はそれ以上追求できなかったが、

胸には、消化不良のモヤモヤが残った

ままだった。


「ま、まあ、ともあれ、誤解が解けたのだからよかったじゃないか。

芽衣子嬢。風紀委員として、いたいけな男子生徒をカツアゲする輩から守ってくれてありがとうな!

取り敢えず、事情を説明するために皆、生徒指導室へ向かうぞ?」


「白瀬先輩…。」


白瀬先輩は、しょんぼりしている芽衣子ちゃんの肩をポンポン叩きながら、俺達を先導した。


         *

         *


「委員長、お帰りなさい。あら?あなたは…、2-Cの男子の風紀委員、庭木信太くん…?」


雨宮先輩が、白瀬先輩に連れられて、生徒指導室へ入ってきた男子生徒を見ると、戸惑ったような顔になった。


「あっ。本当だ!」


「庭木くん、風紀委員に復帰してくれるの?」


「女の子苦手なのは、もう大丈夫なの?」


雨宮先輩に続いて風紀委員女子達が、次々に

話しかけている。


「あわわ…。女子がいっぱい…。怖い…!」


庭木くんは、風紀委員の女子達に囲まれて青くなって震えている。


俺と芽衣子ちゃんは、お互いに気まずい空気の中、後ろからその様子を窺っていた。


白瀬先輩は、風紀委員の女子達と庭木くんの間に入るような位置に立ち、事情を説明した。


「んーまぁ、かくかくしかじかで、庭木少年を保護したワケなんだ。武闘班の者は、すまないが、カツアゲした生徒の確保をお願いする。」


「はい!了解しました!」


数名の女子達が、威勢のよい返事をすると、生徒指導室をすぐに飛び出して行った。


白瀬先輩は、それからビクビクしている庭木くんに優しく語りかけた。


「庭木くん、提案なんだが、これを機会に

可能な限り、風紀委員の活動に参加するようにしてみてはどうだろうか?


男子の委員が少ない中、君が活動に参加してくれるならこちらの方としても助かるし、


風紀委員の女子達は、芽衣子嬢程ではないが、強い武闘派の女子達がいる。

風紀委員に所属する事で、

さっき出くわしたみたいな輩から、守ってあげられると思うし、君にとっても悪い話じゃないと思うんだ。


今なら、潮や、矢口少年もいるし、女子との接触は、必要最低限になるよう配慮しよう。どうかな?」


「えっと、突然そんな事言われても、その…。」


手をモジモジさせながらそう言う庭木くんに、白瀬先輩はイケメンな爽やか笑顔を見せた。


「そうだな。もちろんよく考えて、決めてもらって構わないよ。」


「えっと…、あの子も、風紀委員の活動に参加する…んですか…?」


「!」


庭木くんは、そう言って、芽衣子ちゃんを指差したので、俺はドキッとした。


「??」


芽衣子ちゃんも驚いて自分を指差して、目をパチパチさせている。


「ああ。彼女も今週一週間限定の、風紀委員で、男子の服装チェックの担当になってもらっていたが、もし、庭木少年が難しいようであれば、配置替えをしても…、いいかな?芽衣子嬢?」


「あ、は、はい…。(あ〜、京ちゃんと一緒に活動できなくなっちゃうのかぁ…。残念だけど、しょうがない…。)」


芽衣子ちゃんは、俺の方を切なげに一瞬見ると、顔を曇らせつつ頷いたが…。


「い、いえ!」


突然、庭木くんが今までになく大きな声を出した。


「彼女に対しては、鳥肌が立たないんみたいなんで、一緒に活動しても大丈夫です。

むしろ、女子に慣れるためにも、一緒に

一週間試しに風紀委員の活動に参加したいです。」


「そうなのか!じゃあ、明日の男子の服装チェックから、お願いしてもいいかな?」


「は、はい!よ、よろしくね。氷川さん。」


「はい!よろしくお願いします。坊や…じゃなくて庭木先輩!(やったー!!京ちゃんと離れなくてすむ!庭木先輩ありがとう!)」


お互いに、嬉しそうに顔を見合わせる庭木くんと芽衣子ちゃんを俺は複雑な気持ちで、見ていた。

         *

         *


「きょ、京先輩、待って下さい!歩くの早っ!」


最後の見回りチェックポイント、植木で囲まれた真実の井戸の辺りに差し掛かったとき、

芽衣子ちゃんが、俺の後を慌ててパタパタ追いかけて来る。


「あっ。ごめん。」


無意識にかなりの早歩きで歩いていた俺は、

フウフウ言ってる芽衣子ちゃんが追い付くのを少し待った。


あれから、庭木くんは、風紀委員の仕事の説明を受ける事になり、また、小谷くんからは、昼休みは風紀委員の活動に参加できなさそうとメールで連絡が入っていた。

俺と芽衣子ちゃんは、さっきの騒動で回れなかった他の見回りポイントをチェックしに行くことなったのだが…。


俺達の間には、気まずい空気が漂い、気付くと二人無言でチェックポイントを回っていた。


小学生と誤解していたとはいえ、庭木くんと芽衣子ちゃんが仲良く手を繋いでいた情景が頭から離れなかった。


芽衣子ちゃんが、悪いわけじゃない。

そう頭では言い聞かせていても、胸のモヤモヤは晴れず、俺は芽衣子ちゃんの顔を見ることが出来なかった。


「誰もいないし、問題ないなさそうだね。

ササッとチェックして、生徒指導室戻ろうか?」


周りをパッと見て、踵を返して戻ろうとする俺に、芽衣子ちゃんは、遠慮がちに声をかけて来た。


「あ、あの…。先日この辺りでタバコを吸っていた生徒がいたので、タバコを吸った痕跡がないか、特に念入りにチェックするようにと白瀬先輩に言われました。」


「そ、そっか…。分かった。」


俺は芽衣子ちゃんと手分けして、その空間にタバコの吸い殻などがないか、調べる事にした。


「あっ!」


「何かあった?」


突然声を上げた芽衣子ちゃんに、駆け寄ってみると、真実の井戸の下の土部分に、

サンドアートのようなものが彫り込まれていた。

それは、大きなハートの中に

“きょういちろう♡はるみ ”という文字と、男の子と女の子がキスをしているシルエットが描かれている本格的なものだった。


「うわぁ。力作ですね…。誰かカップルの方が掘ったんでしょうか。」


芽衣子ちゃんは顔を輝かせて歓声を上げた。


「ああ。そこ生徒達に、『真実の井戸』っていわれて、そこの井戸の中を覗き込みながら話すと、嘘がつけないらしいよ?カップルの告白のスポットとしてよく使われてるんだって。


ここで告白したカップル達が勢いで作ったものなんじゃないか?」


「へえぇ…!そうなんですね。真実の井戸なんて、ロマンチックですね…♡京先輩、物知りですね?」


両手を組み合わせてうっとりしている芽衣子ちゃんに、俺は肩を竦めて言った。


「ま、白瀬先輩の受け売りだけどね…。」


「あ、そ、そうなんですね…。」


何故か少し顔を曇らせた芽衣子ちゃんに、俺は言わなくてもいいような自虐的な事を言ってしまっていた。


「嘘コク大好きな芽衣子ちゃんと、嘘コクされ体質の俺には、縁のないスポットだよ。

全部チェックし終わったなら、早く生徒指導室へ戻ろ…。?!芽衣子ちゃん…?」


芽衣子ちゃんに腕を強い力で掴まれ、驚いた。


「待って、京先輩…。何か怒ってますか?」


「お、怒ってなんかないよ…。」


今にも泣きそうな彼女の顔が間近にあり、俺は思わず目を逸らした。


「さっきから、あんまりしゃべってくれないじゃないですか。さっき、庭木先輩と手を繋いでいたのは、本当に小さい子の手を引いている感覚で、男の人と手を繋いでいるというつもりはなかったんです!」


「し、知ってるよ!それは…!別にそれ以上弁解しなくていいよ!」


「でも、もし、それで京先輩を不快な気持ちにさせたのなら、何度だって謝ります。だから…。」


「別に不快な気持ちになってなんかいないよ。俺達は、ただの嘘コクミッションで協力するだけのパートナーなんだから、そんな事でいちいち謝るのおかしいだろ?別に芽衣子ちゃんが誰とどうしようが、俺には関係ないし…!」

 

「っ…!」


苛立たしい気持ちのままに、心にもない言葉をぶつけてしまった瞬間、芽衣子ちゃんは、傷付いたような悲しげな表情になり、俺の胸はズキッと痛んだ。


なんで、こんな事を言ってしまうんだろう?

芽衣子ちゃんをこんな風に傷付けてしまうんだろう?

と、自己嫌悪で死にそうになった時、突然芽衣子ちゃんは、俺の手を彼女の胸の辺りに引き寄せ、強く押し付けてきた。


「…?!芽衣子ちゃん??」


柔らかい胸の感触と、彼女の心臓の鼓動を感じながら、俺は必死に訴える彼女の言葉を聞いた。


「京先輩にとっては、そうだとしても、

私にとっては、大事な事なんです…!

京先輩だけには、私が他の男子と親しくしているなんて思われたくない!!

私は京先輩が誰か他の女の子と親しそうに話しているだけでも、不安になる…。寂しくなる…もの…。」



そう言ってポロポロ零れる彼女の涙は、とても綺麗で、俺の中のモヤモヤは、洗われるように消えて行き、切ない胸の痛みと愛おしさに置き換わるのを感じた。




「………ごめん。芽衣子ちゃん。俺…やっぱり、ちょっとイライラしていたみたいだ。」


「京先輩…。」


今は素直に自分の気持ちを伝える事が出来た。


「お祓い…してもいい…?」


顔を赤くしてポソッと伺う俺に、芽衣子ちゃんは、一瞬目を見開くと、花が綻ぶような笑顔になった。


「もちろんです…!」


こちらに体を近付けて来た彼女の柔らかい髪をゆっくりと撫でた。


「くう〜ん。京先輩…♡」


甘えるような声を漏らす彼女をたまらなく愛おしいと思いながら、俺は考えていた。


本当は今の状態で、俺にヤキモチやく資格なんかないんだよな。彼女の隣にいたいのなら、色んな事を吹っ切って、気持ちをちゃんと伝えなきゃいけないのに。


俺は幼馴染みのめーこの事を考えた。

そして白瀬先輩の言葉を思い出した。


『君には昔、君とよく似た茶髪の大切な人がいて、その人の為に気高くあろうとしていたんだろう。髪を染めているのは、そういう決意の現れだろう…!』

『君を動かす運命の女の子と会うまでは、どうかその髪の色のままで…!』


「俺…、もう髪を染めるのやめようかな…。」


ポツリと呟くと、芽衣子ちゃんは、不安げな表情で俺を見上げて来た。


「な、なんで…?京先輩、私と似た髪の色で、嬉しかったのに…。誰か、黒髪で気になる人が出来たんですか?その人とおそろいにしたいんですか?」


「え?ええっ?」


思ってもみない質問を、矢継ぎ早にされて戸惑った。


「白瀬先輩…ですか?」


「へっ?ち、違うけど…。」


慌てて手を振り、否定すると、芽衣子ちゃんは、更に詰め寄って来た。


「じゃ、じゃあ、誰?誰の為に髪の色を戻したいんですか…?」


「い、いや、誰の為って言われても…。」


俺は至近距離に、顔を近付けてくる芽衣子ちゃんに、タジタジになって汗をかいていた。


今、ここでそれを言ったら、告白みたいになっちゃうじゃないか。

俺は、他の娘への気持ちをちゃんと吹っ切ってから、彼女に気持ちを伝えたいのに…。


お互いの息がかかるほどの距離に、

愛らしい彼女の顔があり、パッチリした大きな目は涙で潤み、桜色の唇は、物言いたげに少し開いている。


俺の片方の手はしっかりと彼女の柔らかい胸に押し当てられている。


そんな風に俺を誘惑したら、ダメだよ。芽衣子ちゃん…。


めーこや、嘘コクされた女の子へ残っている想いがあるとしたら、それをちゃんと、振り切って、君にちゃんと想いを伝えてからでないと、そんな事しちゃいけないって分かってる。


だけど、そんな理性だけでなく、

今すぐキスしたい。抱きしめたい。言えないけど、それ以上の事だってしたいっていう野獣のような自分も俺の中にはいるんだよ?


「は、離れて…くれ…。芽衣子ちゃん…。」


芽衣子ちゃんの女の子の匂いを間近に嗅いで、頭をクラクラさせながら、喘ぐように言った。


「最近、俺、おかしいんだ…。胸が苦しいし、すぐ息が切れる。頭がぼーっとする。」


君の側にいると…。


芽衣子ちゃんは、それを聞くと、大きく目を見開き…。





神妙な顔を俺に向け、彼女は言った。


「大変!それは風邪の初期症状です。すぐ保健室行きましょう!!」

「え。」






*あとがき*


くどいようですが、嘘コク6人目の話で芽衣子ちゃんは、いつもよりポンコツです…(;_;)


温かい目で見守って下さると嬉しいです。


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