第129話 白瀬柑菜との約束

『もしかしたら、君は私を好いてくれている…かな?』


その人に、あまりにもあけすけに突然聞かれたもので、俺は阿呆みたいに口を開けるばかりで、否定ができなかった。


「私は立場上、人から好意を持たれる事も悪意を持たれる事も多いので、人の気持ちにはわりと敏感なんだ。

私がこの一週間、君の秘密を探ろうと関わった時の私を避ける君の反応が、無理に気持ちを押し殺そうとしているように見えて…。

違ったかな…?」


「そんな筈…。だって、俺は…。」


俺は今までの、嘘コクの噂になった女子達の事を思った。

めーこの事を思った。


もう、俺は、人を好きになっても、傷付けられるか、傷付けるか、何もしてやれないか

どちらにしろ、まともな関係が築くことができないと分かって打ちのめされているところなんだ。

なのに、また、新しく人を好きになるなんて、できるワケがない…。

そんなワケない…。


だけど、目の前で、無邪気で無防備な笑顔を浮かべている白瀬先輩から、目が離せなかった。

綺麗な黒曜石のような瞳がキラキラと輝いている。


「もしそうなら…。君が私に交際の申し込みをするなら、多分断らないと思う。」


「!!」


「私は君を他の男子よりも、ほんの少し…ほんの少しだけ、特別に思っているかもしれない。君の為なら、頑なだった自分の価値観を歪めてみても、自分を変えてもみてもいいかもしれないと思う。どう…だろうか…。」


ほんのり頬を染めて少し途方に暮れたような様子で俺に問い掛けてくる彼女を、本当に可愛いと思ってしまった。


俺は、確かに風紀委員長ではなく、女の子としての白瀬柑菜先輩に惹かれかけていたのだと、その時初めて気付いた。


だけど…。


「俺は……。白瀬先輩にそんな事は望めません。あなたは、強いところも弱いところも含めてとても素敵な人です。

俺の為にその姿を歪めて欲しくないし、それだけの価値が俺にあるとも思えません。そのままでいて欲しいんです。」


「そっか…。」


ヘタレな俺の言葉に、白瀬先輩は淋しそうな微笑を浮かべた。


「それでは、私の動く時と、君の動く時が

『今』ではないんだろう…。天下の風紀委員長様を振るなんて、やるな!矢口少年。」


「すいません…。」


白瀬先輩にこんな事を言ってもらえるなんて、万に一つもない幸運な事だと、分かっている。


この時の事を後々後悔するかもしれない。


それでも、今の俺にはこの選択しか思い浮かばなかった。


「いいんだ。矢口少年。君は私を振った事を多分後悔はしない。予言しよう!

いつか、君のヘタレをふっ飛ばして、君をまるごと変えてしまうような、可愛い女の子が現れるだろう。

それこそ、君を茶髪に変えてしまうのと同じ位の強いパワーを秘めた子がね…!」


「へっ?」


「人の気持ちには敏感と言ったろ?

君の謎、実は、最初会ったときにもう解き明かしていたんだ。君には昔、君とよく似た茶髪の大切な人がいて、その人の為に気高くあろうとしていたんだろう。髪を染めているのは、そういう決意の現れだろう…!どうだ…?当たってるか?!」


イタズラが成功した悪ガキみたいな得意げな

笑顔で、こちらを覗き込んでくる彼女を腹立たしくさえ思った。


この人は、人の心にズカズカ入り込んできて、自分勝手に人を解析して、決めつけて、本当に一体何なんだろう。


それなのに、自分でも、分からなかったモヤモヤが今、スッキリと晴れた気分でいるのはなんでだろう。


「何言ってるんですか。俺、その子と一緒にいるとき、今も、全然気高くなかったですし、もう会うこともないですよ。」


俺は言い訳のように、ブツブツ言うと、白瀬先輩は、首を振った。


「実際にどうかではなく、気高くありたいと願う事が大事なんだ。

例えもう会うことがなくても、君のその髪の色は今の君が優しく強くあるためのお守りのようなものだろう…?


君が望んでくれたように、他の風紀委員、生徒の為に、私はこれからも真っ直ぐで公正な風紀委員長でいよう。

だから、君も、君を動かす運命の女の子と会うまでは、どうかその髪の色のままで…!

お互いに折れずに自分の信じた生き方を貫いていこう。」


「白瀬先輩…。」


「さっ。長い間語ってしまったな。生徒指導室で皆が待ってる。

皆には私から上手く言ってやるから、戻るぞ?せっかくのありがとう会をブッチするなんて許さんからな!ホラ、早く!!」

「うわっ。」


俺の背中を両手でグイグイ押して先を急がせる白瀬先輩は、もう、いつものカッコいい風紀委員長の顔で…。

俺はその事に、胸の奥が小さくズキリと痛むのを感じた。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


その後、風紀委員に歓待を受けた後、無事(?)美化委員に戻った俺だが…。


「嘘コクの矢口。今度は風紀委員長に嘘コクされたらしいよ?」

「いや、冗談ででしょ?風紀委員長って、挨拶みたいに「愛してる」って言うらしいじゃん?」

「風紀委員長は、カラカラ笑って本コクで矢口に振られたって言ってるけど、絶対噓だよね?」


「でも、嘘でもあんな美人に告白されてみてーよな…。」

「矢口いいなぁ。俺も風紀委員に借り出されてぇ…!」


校内で光の速さで嘘コク6人目の噂が流れていた…。



「白瀬先輩!嘘コクの噂流したのあなたですよね?!なんちゅうことしてくれんですかっっ!!」


俺が生徒指導室へ駆け込むと、白瀬先輩は、

子供のような得意満面な笑顔になった。


「おっ。矢口少年、よく気付いたな。 

前の噂よりはましなのを流しといたぞ?

これぞ嘘コクをもって、嘘コクを制す!!

いやいや、礼はいらないぞ。私からのせめてものプレゼントと思ってくれ給え!!」


「いや、こっちは文句言いに来てんだよ…。」


脱力する俺に、雨宮先輩が俺に紅茶を給仕してくれる。

「まぁまぁ、矢口くん。お茶でもどうぞ。

私は止めたんですけどね。委員長聞いてくれなくて、ごめんなさいね。断り切れなくて、私も、2年生に噂流しちゃいました。」


「あっ。矢口くん。ごめんね、私も1年生女子に噂流しちゃった。」

「俺、一年生男子に噂流しちゃったけど、まずかった?ごめんね。矢口くん。」


慌てて謝ってくる、大山さんと小谷くん。


「あんたら、全部クロかよ!!

風紀委員が風紀乱してどうすんだよ…。」


その場に崩れ落ちた俺の肩に手を置いて白瀬先輩は、慰めるような口調で言った。


「まぁまぁ、矢口少年。気にするなよ。

人の噂も79日というじゃないか。」


いや、それ何かと混じってないか。余計長くなっちゃってるよ!

大体あんたのせいだろが!


とは、思ったが、俺にはもはや突っ込む気力さえなかった。


          *           

          *


生徒指導室から、疲れて教室に戻った俺

の顔を、心配そうに覗き込んでくる女子がいた。


「矢口…。」

「な、何だよ。柳沢…。」


柳沢は、小首を傾げてしばらく何かを考えている様子だったが、やがて満足そうに頷いた。


「ううん。何でもない。今回は大丈夫みたいだね。さっすが白瀬先輩っ!」


「え?」


何やら分からないが、柳沢は勝手に納得して自分の席に去って行った。


続いて、スギとマサが俺の近くにやって来た。

「おっ、京太郎。今回は落ち込んでないみたいだな!」

「なんだぁ?もしかしてあの噂、本当だったりしないよな?詳しく話聞かせろっ!!帰り、ラーメン行くぞ、京太郎!!」

「ラーメンいいな!今度は断らせないからなぁ、京太郎!!」


二人に肩を叩かれたり、揺すぶられたり、もみくちゃにされ、俺は悲鳴を上げた。


「うわぁっ。何もねーよ!分かった分かった!ラーメン行くから、揺すぶるのやめろぉ!!」



俺、そんな顔に出んのかな…。

自分の事をちょっと恥ずかしく思いながら、

皆の好意を有り難いと今は素直に思えた。



そして、あの陰惨な嘘コクの噂の一つに、白瀬先輩の嘘コクが混じった事にほんの少しだけ…ほんの少しだけ、和んでしまったことは否定できない…。

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