第128話 不意に零れたもの

その後、大山さんづてに聞くには、小谷くんは順調に回復していっているようで、

「潮ったら、おかゆ溢しちゃって子供みたいなんだよ。」とか、「潮に体を拭いてあげようとしたら、凄い拒否られちゃって。何だろね?」とか、聞くに耐えないような惚気話を聞かされて、返答に困る事もしばしばだった。


まぁ、でも、二人の仲の良さは充分伝わってきて、白瀬先輩が気を揉む必要もなく、近い内にこの二人はくっつくのではないかなと、この時は思っていた。


大山さんも、他の風紀委員女子も、俺に対して程よい距離感で、好意的に接してくれたし

風紀委員の仕事も特に問題なく順調にこなしていった。


ただ、白瀬先輩に出くわすと、こちらを探るような視線を受けたり、わざわざ『真実の井戸』に連れて行かれて、風紀委員で辛い思いをすることがないかとか、熱血教師よろしく聞かれたりして、それだけは困ったけど…。


俺は、あの黒い大きな瞳でじっと見詰められると、何だか心の動きがおかしくなるようで、白瀬先輩の事をちょっと苦手だと思った。


そうこうする内、約束の一週間が過ぎ、

小谷くんは無事復活し、昼休み、生徒指導室に姿を現した。


「皆さん。ご迷惑おかけしました!

小谷潮、ただ今戻りました!!」


背が高く糸目の男子生徒が、ペコリと頭を下げる。


「小谷くん。全快おめでとう!」

「体の具合はもういいの?」

「おかえり。小谷くん!」


風紀委員の女子達は口々に温かい言葉をかけている。

大山さんは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、白瀬先輩は全体の様子を見て満足そうに微笑んでいる。


俺は小谷くんとは初対面だったが、大山さんや、白瀬先輩、他の風紀委員の女子に聞き及んでいた通り、彼は誠実で好感の持てる男子だった。


帰って来てくれて本当によかった。これで、俺の役割も終わりだ。


生活指導室の会議室テーブルには、美味しそうなパウンドケーキや、クッキーなどのスイーツがところ狭しと並べられている。


これから、彼の全快祝いでも行われるのかな?こりゃ、異分子の俺は早めに退散した方がよさそうだ。


「それじゃ、俺はこれで…。今までお世話になりました。」


風紀委員の女子達と小谷くんが、わいわい話をしている中、俺は白瀬先輩に軽く頭を下げて、その場を去ろうとしたが…。


「待ち給え、矢口少年!!」


白瀬先輩にはっしと腕を掴まれた。


「白瀬先輩?!」


「主役がどこへ行くつもりだ?これから、

ありがとう会を始める予定だというのに!」


「??ありがとう会?」


「そうだよ。姫華達お茶班が君の為にと準備したスイーツやお茶を無為にするつもりかい?」


「ええ?だってこれって小谷くんの全快祝いで用意したものじゃ…。」

「矢口くんっ!!」

「うおっ?!」

俺が驚いて目をパチクリしていると、突然大柄なガッチリした体にタックルされて、視界が塞がれた。


「一週間俺の代わりに風紀委員手伝ってくれたんだってね?ううっ。ありがとうっ、ありがとうっ!!」

「ぐ、ぐるぢい…!!」


ガタイのいい体にぎゅうぎゅう締め付けられて悲鳴を上げると、近くで大山さんが諫める声がした。


「こら、潮!矢口くん苦しがってんでしょうが…!」


「あっ。ご、ごめん。つい、感極まっちゃって…。」


「ふぅっ…。」


ようやく離してもらえてひと息つくと、目の前の小谷くんは、輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。


「雅からよく矢口くんの話を聞いていたんだ。会えて嬉しいよ。風紀委員の仕事、大変だったろう?俺なんか雅に怒られながら、やっと最近慣れてきたばかりだったのに、矢口くんは初日から問題なくこなして、その上、

雅に気遣いまでしてくれたんだってね。君は本当に凄い奴だよ!」


「いやいや、そんな事ないよ。俺なんか大山さんにフォローしてもらったから、やっとこなしていけただけで…」


小谷くんに絶賛されて、俺が慌てて手を振りつつ否定していると、間髪入れず大山さんに

否定された。


「そんな事ないよっ!私、最初は潮の代わりの男の子と組んで仕事するって聞いて不安だったんだけど、矢口くんが真面目でいい人だから、安心して一緒にお仕事やっていけたんだもの。フォローしてもらったのは私の方!一週間ホントにありがとうね!!」


「大山さん…。」


涙さえ浮かべてお礼を言われ、面食らった。


俺が呆然とする中他の風紀委員の女子達からも口々にお礼を言われた。


「矢口くん。持ち込み禁止のものを預かるのを拒否してた生徒にすごくうまく言ってくれて説得してくれたよね?あの時は助かったよ?ありがとう!」


「矢口くん、服装チェックや、校内の見回り報告書、丁寧に分かりやすく書いてくれてて見易かった。ありがとう!」


「「「「「「「矢口くん、本当にありがとう!!」」」」」」」


!!!!


「一週間のせめてものお礼に、今日は、ドライフルーツ入りのパウンドケーキとジンジャークッキーを焼いてきたのだけど、矢口くんよかったらこっちで…。や、矢口くん…?」


雨宮姫華先輩が、テーブルの真ん中の席を手で差し示したが、俺の顔を見て、クールな彼女が珍しく慌てたような声を出した。


そりゃそうだ。

俺は溢れてくる涙と鼻水をボトボト床に零していたんだから…。


「ちょ、ちょっとずびばぜん…。」


驚いている風紀委員の人達を残して

思わず、俺は生徒指導室を飛び出していた。




❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇



「ずっ…。ふっ…。」


風紀委員の皆の前でみっともなく涙を見せてしまった俺は、生徒指導室を飛び出した後、屋上前の踊り場まで走ると、鼻水をすすり、涙を肘で拭いた。


ったく、何なんだよ俺は…?


何故泣いてしまったのか自分でも分からず、混乱しながら、これからどうしようかと途方に暮れていた。


せっかく風紀委員の皆が感謝の気持ちを示してくれたのに、興ざめするような反応をしてしまったな…。


目にでっかいゴミが入ったとでも、誤魔化して戻るか?それとも、急に腹が痛くなったとでも言って保健室にでも逃げ込むかな?と、

考えあぐねていた時、この一週間ですっかり聞き慣れた、凛と張りのある声が響いた。


「矢口少年、ここにいたのか…!男子トイレとかじゃなくてよかった!!」


「白瀬先輩…!」


見れば階下から、白瀬先輩がホッとしたような笑顔を浮かべてこちらにタタッと走り寄って来た。


「し、白瀬先輩…、あの、急に出て行ってすみませんでした…。」


白瀬先輩と向かい合って、俺は気まり悪い思いで頭を下げると、彼女はブンブンと首を振った。


「いや。こちらこそ急にすまなかった。

今の君にとっては、人の純粋な感謝と好意をぶつけられるのは、暴力に近い程の衝撃だったよな。

もっと考えるべきだった…。」


白瀬先輩は、鼻の頭を掻いて気まずそうにしている。


「白瀬先輩が何で謝るんです…?悪いのは俺で…。」


「いや、実を言うとな、鈴音(美化委員長)から、君の事で、特別に言付かっていたんだ。

潮の代わりに、うちで一番真面目に仕事をしてくれる男子を派遣してやる。その代わりにその子の気持ちを汲んで、やった事の対価をちゃんと与えてあげて欲しいと。」


「委員長が…?対価って…?」


「うん。まぁ、風紀委員というのは情報が集まり易いところでな、私は、君が貸し出されるずっと前から、嘘コク関連の噂や、君の生活態度、美化委員での仕事ぶりを多くの人から聞き及んでいたんだ。

君は人の為に尽くす真面目で気高い人間だという事は最初から分かっていた。」


「そんな…。買いかぶり過ぎですよ!」


「いや。私が見聞きした情報から、そう判断したんだ。間違いない。

ただ、君が人の為にと一生懸命してきた事に対して受ける対価はあまりにも少なく、理不尽な事が多過ぎたんじゃないか?」


「……。」


「皆が君の優しさに甘え、擦り切れてしまっている…。最近の君を見ていて、鈴音はそんな風に思っていたらしい。

あ。君も知っているだろうが、鈴音は、一つ下に妹、鈴花(同じ美化委員)がいるんだが、更にその下に弓弦ゆづるという弟がいてな。妹は姉同様、ハッキリ物を言う性格で、分かりやすいんだが、弟は溜め込むタイプらしく鈴音はいつも心配らしいんだ。

弓弦に似た性格の君の事も、他人事とは、思えなかったみたいで、鈴音は放っておけないと思ったらしい。口下手な自分の代わりに、私に矢口少年を元気付けてあげて欲しいと頼まれていたんだ。」


「し、知りませんでした…。委員長がまさかそんな風に…。」


いつも、クールな美化委員長が、俺の事をそんなに心配してくれていたとは思いも寄らなかった。


っていうか、俺周りの人にそこまで心配されるほど、おかしくなっていたんだと思うと、情けないやら、恥ずかしいやら、顔から火が出そうだった。


しかも、そんなやり取りがあったのに、俺ときたら、白瀬先輩に八つ当たり気味に辛辣な意見を言って泣かせるとか…。どんだけ恩知らずなんだよ…。


「白瀬先輩。本当にすみません…!!

そんな事も知らず、俺、見当違いで、生意気な事を言ってしまって…。」


額に手を当てて、ひたすら謝るしかない俺に、白瀬先輩は、手を振って否定した。


「いやいや。あれは、矢口少年に事情をちゃんと伝えず、誤解させてしまった私達が悪い。それに、あの意見は私の胸にとても響くものだった。感謝している。


君は、この一週間、私が期待する以上の成果をあげ、風紀委員に貢献してくれた。


お願いだから、私の君に対する最高の評価を、私達風紀委員のお礼を対価としてちゃんと受け取ってくれないか…?」


「白瀬…先輩…。」


めーこや、真柚ちゃんに何もしてやれなかった俺なんかでも、人から対価を受け取っていいのだろうか…。


そんな思いもあったが、キラキラと輝く笑顔でそう言う白瀬先輩は眩しくて、俺には断れる事などできそうになかった。


ただ、胸が詰まってしまって、泣くのを必死に堪えていると…。


「あとな…矢口少年。見当違いだったら申し訳ないんだが、もしかしたら、君は私を好いてくれている…かな?」


「はあ?」


白瀬先輩は、ほんのり頬を染めて思いがけない事を言い出し、俺は瞬間涙が引っ込んでしまった。










*あとがき*

次回で過去編の最終話になります。


あと、他作品の宣伝ですみません💦

1/30(月)12:00〜

新作の「紅糸島の奇祭」を投稿する予定となっています。

ジャンルは、現代ファンタジーにしています

生き神様のヒロインとその贄に選ばれた主人公のイチャイチャラブコメを目指しています。

ご興味ある方は、読んで下さるとと嬉しいです。


色々よろしくお願い致しますm(_ _)m💦





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