第127話 カリスマ風紀委員長 白瀬柑菜の光と影

「おや。生徒会長ともあろう人が、こんな軽率な事をするとはね。早坂圭三郎はやさかけいざぶろうくん。」


風紀委員長、白瀬柑菜先輩はイケメン男子に男子に告白されたにも関わらず、何の動揺もなく、おかしそうな笑みを浮かべていた。


っていうか、あのイケメンどっかで見た事あると思ったら、生徒会長じゃねーか。

さすが、カリスマ風紀委員長様。寄ってくる男もカーストトップなんだなと感心していると、生徒会長の早坂先輩は、首を傾げた。


「軽率とは?僕が君に告白した事が軽率というのかい?」


「そうだ。生徒会長の君が、風紀委員長の私に告白する意味を考えなかったのかい?

私と君が付き合うと言う事は、生徒会と風紀委員の癒着が疑われ、生徒の信頼を失うことになりかねない。」


「はっ!い、言われて見れば…!」


早坂先輩は、衝撃に目を見開いた。


「私に告白した時点で、君は相当迂闊な性格ということを晒してしまっている。

私は完璧な人間は苦手だが、迂闊で、何も考えない人間にはそもそも興味がない。だから、その告白は謹んで辞退させて頂く。」


「そんな…。俺は君に釣り合う男になる為に、生徒会長になったのにそれで振られるなんて…!盲点だった…!!」


生徒会長の早坂先輩は、ショックを受けて、その場に四つん這いになっている。


うわぁ…。早坂先輩、白瀬先輩に釣り合う男になる為に、生徒会長になったのか…。


行動する前に確かにもうちょっと考えた方がよかったと思うが、その結果、振られているとか辛いな…。

俺はいたたまれない気持ちになった。


「すまないな。話がそれだけなら、私はこれで。迂闊な君を生徒会長にしてくれた生徒や、生徒会役員を大切にしてくれ…。」


白瀬先輩は、打ちひしがれている早坂先輩に背を向けて、その場を後にしようとして…。


「!!君は…。」


近くで固まっていた俺と目が合った。


「あ、あのっ。すみません。俺…!えっ?ちょっ!?」


盗み聞きするつもりじゃなかったと言おうとすると、白瀬先輩は、俺の腕を掴んでグイグイ引っ張って歩いて行った。


「ちょっと、白瀬先輩。どこまで行くんですか?」

「いいから、こっちへ!」


白瀬先輩は、ゴミ捨て場の横をすり抜けて、植木に囲まれて空間ができている場所へ俺を連れてくると、そこでようやく手を放してくれた。


「し、白瀬先輩。すみません!盗み聞きするつもりじゃなかったんですが、校内見回りをしている途中で、偶然居合わせてしまって…。」


手を合わせて謝る俺に、白瀬先輩は特に怒った様子もなく、俺に向かい合った。


「そっか、見回り、お疲れ様。

こっちこそ、変な場面を見せてすまなかったな。報告書に、風紀委員長が、生徒会長の告白をこっぴどく振って、風紀を乱していたとでも書いといてくれ。」


「いや、それは流石に…!」


書けるワケないでしょう!と突っ込もうとしたが、自嘲的な笑みを浮かべている白瀬先輩は、いつもとは違って少し疲れた雰囲気に見えて、何も言えなくなった。


「嫌な奴だと思っただろう。自分でもそう思う…。」


「そんな事は…。白瀬先輩は、風紀委員長という責任ある立場だし、他の風紀委員や、生徒の事を思えば、ああいう風にしか言えないのは仕方がないんじゃないですか?」


口に出してはそう言った。


だけど…。

さっきのあれは、自分が一度も人から拒絶された事がない、選ばれた者だからこそできる断り方だと密かに思った。


「矢口くん。本当にそう思っているかい?」


!!


だから、白瀬先輩に苦笑いしてそう言われたとき、ドキッとしたんだ。


「矢口くんは、結構顔に出るからな。嘘をついてもすぐバレてしまうぞ?」

「………。」


俺は冷や汗を垂らして気まずく目を逸らしていると、白瀬先輩は、俺に別の事を聞いてきた。


「雅は、どうした?見回りは彼女と組んでいただろう?」


「あっ。大山さん朝から小谷くんと連絡がつかないって、すごく心配していて…。俺も何かあったらと思って、今、家まで様子を見に行ってもらっています。」


「そうか。それは心配かけてすまなかったな…。潮の事だから、たぶん寝ていただけだと思うが、私からも雅に連絡してみるよ。

ちょっと待っててな?」


そう言って、白瀬先輩は、スマホで電話をかけた。


「あ、雅?今、潮の家か?うん。それは気にしなくていいよ。潮の様子はどうだ?

うん…。ああ、それならよかった。」


白瀬先輩が肉親に向けるような心配と親しみと込めた眼差しで電話しているのを聞きながら、大山さんと潮くんは幼馴染みで、仲がいいのはすぐ分かるが、白瀬先輩も二人と距離が近いのかなと思った。


大山さんと小谷くん、白瀬先輩のお父さんの道場で空手やってるって言ってたし、その関係で交流があるんだろうか?


「うん。授業には差し支えないように戻って来るんだぞ?ああ。それじゃ…。」


「小谷くん大丈夫そうでした?」


電話を切った白瀬先輩に俺が聞くと、白瀬先輩は、幾分安堵した様子で頷いた。


「ああ。やっぱり、潮、ずっと寝ていただけみたいだ。今は食欲も戻って、雅がおかゆやら野菜スープやら食べさせていたから、大丈夫だろう。」


「それはよかったです。では、見回りも終わったので俺はこれで…。」


俺もにこやかに頷いて、この場を去ろうとしたが…。

「待ち給え!!」

「!?」


白瀬先輩に再びガシッと腕を掴まれ、引き止められた。


「いや、あの…?」


戸惑う俺に白瀬先輩は、ニッコリイケメンスマイルを浮かべた。


「矢口少年。私は君が気に入った。もう少しここで話をしよう!」


「はあ?」


「さぁさぁ、こっちに来てくれ、矢口くん!」


白瀬先輩は、囲いのようになっている植木の隅っこのすぐ下の辺りに、土から、薄汚れた石造りの四角い煙突のようなものが突き出ている辺りを指差して、俺を手招きした。


「これは…。井戸の跡…ですか?」


外枠が少し残るだけで、中は土で埋め立てられているそれの中を覗き込んで、俺が問うと、白瀬先輩は大きく頷いた。


「ああ。数十年前まではちゃんとここから出る湧き水を利用していたらしいが、

もう枯れてしまって、今は跡が残るだけだ。」


白瀬先輩はイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「ふふっ。ここは、『真実の井戸』と言って、生徒達の間で、ちょっとした話題になっていてな?ここを覗きながら話す事は嘘が言えないと言われている。

告白スポットとしてもよく使われているみたいだぞ?」


「へぇ…。」


全然知らなかった。

嘘コクばかりされる俺にとっては、真実を告げる場所など無縁だなと思っていると…。


「矢口少年。ここを覗きながら、君から見て、今の風紀委員についてどう思ったか私に聞かせてくれないか?」


「白瀬先輩…。」


俺を真っ直ぐに見据えてそう言う白瀬先輩に、いつにない真剣さと熱を感じて、俺は戸惑った。

当たり障りない事を言ってもよいのだが、

今のこの雰囲気ではそういうのは求められていない気がした。


「失礼な事を言ってしまいますよ?」


「構わんよ?どんと来いだ。」


一応、念押しすると、白瀬先輩が軽く胸を叩き、力強く頷いたのに、後押しされて、俺はポツリポツリと話し出した。


「俺が偉そうに言うのも、何なんですが、

いい…組織だと思いますよ。カリスマ性のある委員長に、それに惹きつけられた優秀な人材を適材適所につけて。

こういう人達に風紀を取り締まってもらえば、生徒達も大きな不満や問題もなく、言う事聞くんだろうなーって思いました。けど…。」


「けど…?」


「けど、当たり前かもしれませんが、全員がそう思うワケじゃないですよね?

強い光には必ず影が差す。その影の一つが、今男子の風紀委員が足りないという問題なんじゃないですか?


カリスマ的な風紀委員長や、周りの優秀な女子達に萎縮して、男子の委員が居辛くなる。そして、その人員が足りない分が他の委員会の余り物の男子から補充される。


まぁ、言ってみればしわ寄せが来るのは末端のどうでもいい人間なんで、風紀委員長がそんな事を気にする必要もないのかもしれませんが…。」


そこまで言って、流石に白瀬先輩を怒らせたかと、彼女の表情を窺うと、白瀬先輩は、肩を落として、叱られた子供のようにしゅーんと首を項垂れていた。目には涙がたまり、今にも落ちそうになっている。


「ええ?!」


やっべ!風紀委員長泣かしちまった。これ、大山さんを始めとする風紀委員の武闘班の方々にフルボッコにされるルートじゃね?


「え、えーと、白瀬先輩?す、すいません。流石に言いすぎましたね…。」


「い、いいんだ…。」


震えながら必死に謝る俺に、白瀬先輩は、右手で溢れてくる涙を拭って、ぶるぶると首を振った。


「や、矢口少年…、き、君にそんな思いをさせてしまっていたとは、本当に申し訳ない…。でも、余り物とか、どうでもいい人間とか、どうして自分の事をそんな風に…。鈴音(美化委員長)はなんて言って君をここに送り出したんだ?」


「え。いや、男子の風紀委員がインフルになって、人員が足りないから、風紀委員長から補充要員の要請があった。今から風紀委員会行ってくれとしか…。」


「そ、そうか…。あの子も言葉少なで、不器用なタイプだからな。私もよく説明すればよかったな。うぅっ。と、とにかく、申し訳ない…。」


風紀委員長にペコリと頭を下げられ、その間も、下の地面に涙の雫らしきものがどんどん落ちていく様子に俺は慌てた。


ホントヤベー!天下のカリスマ風紀委員長

ガン泣きしてるよ…!


「い、いや、そんなカースト底辺の陰キャの戯言なんかそんな本気に受け取らないでくださいよ。ただのお門違いのやっかみでしかないんですから。頭上げて下さいよ!あと、頼むから泣くのやめてください!!」


俺も半ば泣きそうになりながら、俺も頭を下げると、鼻をすすりながら白瀬先輩は笑顔になった。


「ああ、ビックリさせてすまん。

いや、ショックなのもあったが、それだけじゃないんだ。私の回りには、そういう辛辣な意見を言ってくれる人はいないから。


私も風紀委員のあり方が少し歪になっているのではないかと思っていたのを見事に言い当てられてしまって、変な話、何だかホッとしてしまったのだ。」


「白瀬先輩…。」


「聞いてくれるか?矢口少年。雅と潮は、二人が父の道場で柔道を習っている関係で

幼い頃からのつきあいなんだ。」


「はいはい。大山さんと小谷くんですね。三人仲良さそうですよね。」


とにかく、白瀬先輩が泣き止んで、別の話題

をしてくれた事にホッとして、俺はウンウンと大げさに頷いた。


「そうなんだ。雅と潮はな、どう見ても、相思相愛なんだ。」


白瀬さんは、嬉しそうに顔を輝かせる。


「そうなんですね。」


そうなんじゃないかとは俺も思っていた。

大山さんの話は、半分以上が潮くんに関する事で、占められていたから。潮くんも大山さんに対してそんな感じなら、2人は想い合っているのだろう。


「だがな。私に対して二人共変に萎縮してるみたいで、想いを伝えるのを躊躇っているんだ。」


「ん?どういう事ですか?」


「面倒臭い話なんだがな。雅は、潮が私に片思いしていて、潮は、雅が私に片思いしていると思っている。」


俺は目を丸くした。


「何故そんな事に?」


「いや、小さい二人から私と結婚したいと言われた事はあったのだがな。今もそれを引きずっているみたいで、二人共、私には到底敵わないと思って自分の気持ちを相手に伝えられないでいる。」


「それは…見事に勘違いしていますね。

本当の事をやんわりと、二人に伝えてみたらどうですか?」


「それを何度かやってみたのだが…、『そんな事ありません!私(俺)を慰めるのはやめて下さい。柑菜さんみたいな選ばれた人間には、所詮私(俺)の気持ちなんか分からないんです』と言われてしまって、却って拗れてしまってな…。もう私的には手詰まりの状況なんだ…。」


白瀬先輩は、お手上げというように、困った顔で両手を上げた。


「これも君がさっき言った私の影の部分では、ないかと思ってな。幼馴染みの幸せを後押ししてやる事もできず、ただ障害になるばかり…。無能な情けない姿だが、これも確かに私だ。」


「白瀬先輩…。」


「いっそ、誰か他の奴と交際してみるかとも思ったのだ。そうしたら、相手を慰める為という口実で、二人が近付き、うまくいくかなと…。こう見えても、結構モテるのでな?」


「いや、どう見ても、モテると思いますよ?」


ポニーテール美人でスタイルのよい白瀬先輩が、目の前で前髪をかき上げる仕草をしているのを見遣りながら、俺はさもありなんと頷いた。


「だけど、告白された相手に向かい合うと、やっぱり違うと思ってしまうんだ。

相手の求めるものと自分の求めるものがあまりにも違い過ぎて…。

それに、恋愛というものは、視界を狭くするという。今まで私なりに培ってきた、正義、公平さ、そういったものに対する目が曇って正しい判断ができなくなってしまうかもしれないという恐ろしさもあった。今までの自分を捨てる事になって本当にいいのかと…。

気付くと、相手の事をキッパリバッサリ切ってしまっている。」


「……。」


白瀬先輩は、そこまで一気に話を続けると、ふーっとひと息ついた。


「私の情けない話をしたので、今度は矢口くんの話を聞きたい。その茶髪は、染めているのか?」


「ええ。何度も、聞きますけど、なんですか?校則で、髪を染めるのは禁止されてないですよね?」


「ああ。風紀委員長としてではなく、私個人として聞きたいんだ。どうして、髪を染めているのか。」


一瞬躊躇ったが、さっき、白瀬先輩が打ち明けてくれた話は誰にでもする話ではないだろう。正直に話す事にした。


「まぁ、恥ずかしい話ですが、身の程を知らずにも好きな子が出来て、高校デビューをしようとしたんですよ。外見も恋愛も見事に失敗しましたけど…。」


「いや、髪は似合っていると思うけど…。

恋愛、まぁ、そうか…。」


風紀委員でも、俺の噂は聞き及んでいるのだろう。何かを察したように、白瀬先輩は気まずそうに言葉を濁した。


「でも、それなら、何故君は


「え?心を抉りにきてます?」


大してカッコよくもならず、失恋もして、どうして、そのみっともない姿のままでいるのかと言われているのかと思ったが、

白瀬先輩は真剣な顔で首を振った。


「そうではない。君が、髪を染め続けるのは他に理由があるのではないかと思って。」


「え?」


「最初から不思議だったんだ。君みたいな

真面目で、失礼ながら、オシャレに興味がある訳でも特別な主張がある訳でもなさそうな

子が髪を染め続けるのは、何故だろうと。」


白瀬先輩の黒曜石のような大きな瞳でじっと見詰められ、吸い込まれそうな気がして焦った。


「や、そんな大した理由はないですよ。今更変えるのもまた、何か言われるし、ただ、惰性でこのままでいるだけで…。」


そう言ったものの、胸の痛みと共に一人の少女の姿が浮かんでいた。


彼女は、面白いおもちゃを見つけた子供のようにニヤッと笑って人差し指で俺を指差した。


「いや。これは、私の勘だが、何か特別な理由がある筈だよ。よし、決めた!この一週間のうちで、私は君の謎を解き明かす事にする。」


「そんな勝手に…!」


「ふんっ!君に拒否権はない。君だって、私の事を勝手に解き明かしたんだからな!やられてばっかりは癪に障るんでな!」


赤くなってぷんぷん膨れる白瀬先輩は、いつもの凛々しい彼女の様子とは違って、子供のようで、

瞬間的に、可愛いと思ってしまった。


なんだ?!今のナシ!!


俺が頭を振って邪な気持ちを振り払っている間に、白瀬柑菜先輩は、いつものキリッとした風紀委員長の顔に戻った。

 

「じゃな。矢口少年。委員会の打ち合わせがあるから、また放課後にな!」


そう言って彼女は颯爽と去って行った。


呆気に取られている俺をその場に残してー。



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