第118話 嘘コク6人目は無罪確定?

「こ、この紅茶、美味しいね?」


「そ、そうですか?お母さんが、行きつけの紅茶専門店で、買ってきたダージリンの茶葉なんですけど、お口に合えばよかったです。ステラ姉さんのクッキーもよかったらどうぞ?」


「あ、ありがとう。」


リビングテーブルに向かい合って座った俺と芽衣子ちゃんは、紅茶とお菓子を前にぎこちない会話を交わしていた。


ちなみに、紅茶を買ってくれた(馬の面の)芽衣子ちゃんママは仕事で、この家には今俺と芽衣子ちゃんの二人きりで、余計に緊張感が増していた。


お互いにさっきの出来事はなかった事にしようという事で合意して、照明がついて明るくなったリビングで、お茶でも…という事にしたのだが…。(正にお茶を濁すだ…。)


俺は、芽衣子ちゃんを見る度に、さっきのパンチラ姿を思い出してしまい、赤面してしまうのだった。芽衣子ちゃんも、俺を見て赤くなっていたので、さっきの見せてしまった俺の元気な息子の姿を思い出しているのかもしれない。


邪な思いを振り切るように、俺は別の話題を切り出した。


「め、芽衣子ちゃん、島での生活はどうだった?」


「え、ええ。それが、スタッフとして参加する予定だった筈が、島に着いたら何故かキックボクシング修行プロジェクトの特待生扱いになっていて、トレーニングに強制参加させられてしまって、大変でした。」


「ええっ!?そうなの?トラ男もいるんだよね?芽衣子ちゃん、大丈夫だった?」


「ええ。まぁ島での修行は慣れてるんですが、大乱闘のイベントでは、優勝者に与えられる特権=島で唯一の電話権をかけて、トラ男くんや、静くんと毎夜死闘を繰り広げて、大変でした。」


「そそ、そうだったんだ。大変だったね。」


芽衣子ちゃん、島にいる間、毎日のように電話くれてたけど、あれって毎回優勝して電話権獲得してくれたってこと!?すげーな、芽衣子ちゃん…!


感心していると、芽衣子ちゃんは、ちょっと小悪魔な笑顔を見せた。


「フフッ。これを機会にトラ男くん、ここぞとばかりに、叩きのめしてやりましたけどね?

でも、そんな事ばかりしていたら、

島に召喚された最初は、可愛いとか天使が来たとか、ちやほやしてくれた他の参加者の方

も、「今まで、ここのトレーニング、地獄だと思っていたけど、甘かったよ。」とか、「君が来てから、本当の地獄がどんなものか分かったよ。」とか言われて、悪魔か何かのように恐れられるようになっちゃって…。

帰る時は、私が島から去るのを皆で涙を流して大喜びしていました。ひどい話ですよ…。」


芽衣子ちゃんはふうっとため息をついた。


「それは辛かったね…。」


と、口では言ったものの、いやいや、他の参加者から、そんなに恐れられるなんてどんだけ暴れたのよ?芽衣子ちゃん…。と心の中では青褪めながら突っ込んでいた。


「京先輩も、もしかしたら私のような騒がしいのがいなくて、ホッとしていたかもしれないですが…。」

「そんな、それは絶対ないよ…!!」


しゅんと俯く芽衣子ちゃんに、俺は間髪入れず、否定する。


本心だった。このがどんだけ、周りに恐れられるようなキックボクシングの達人であろうが、危うい嘘コクミッションで振り回してこようが、俺にとって、芽衣子ちゃんは今誰よりも側にいて欲しい女の子だった。


会えない間の淋しさに、自分の気持ちをよりハッキリ自覚させられたのだった。


真剣な俺の表情を見ると、芽衣子ちゃんはパアァッと笑顔の花を咲かせた。


「そ、それなら、いいのですが…。私はこの2週間京先輩がいなくてとても寂しかったです。お会いしたかった…ですよ?」


頬をピンクに染めて自分の気持ちを真っ直ぐに伝えてくる彼女に、カミカミながら、自分の今の気持ちを言葉にした。


「お、俺も、芽衣子ちゃんがいない間、さ、寂しかった。だから、今日、呼んでくれて、会えて嬉しい…よ…?」


「京先輩…♡♡」


甘っ苦しい空気が俺達を包む。

くぅっ!恥ずかしくて、口がモショモショする。


こんなイケメンしか似合わないようなセリフ、本当は柄じゃないんだけど…、でも、フツメンで何の取り柄もないような俺だからこそ、自分の気持ちを素直に伝えなければ…。せめて、そのぐらいの努力はしなければとも思っていた。


勇気を出してもうひと頑張りだ!


「あ、あのさ、母がいつも、お弁当の事で、お世話になってるから、芽衣子ちゃんに家に遊びに来て欲しいって言われてて…。芽衣子ちゃんのお母さんにもお礼を言いたいって…。」

ガタタッ! バシャーン!

「め、芽衣子ちゃん…!?」


ふと見ると、芽衣子ちゃんは、目の前のカップを倒し、中身を見事に全部テーブルの上にぶちまけてしまっていた。


「あわわ…!ごめんなさい!!」


芽衣子ちゃんは慌てて、ふきんで、テーブルの上を拭いた。

やらかしてしまったせいか、ものすごい動揺して、カミカミで芽衣子ちゃんは確認してきた。


「い、いや、もう、ほほ、ホントそそっかしくて、すす、すみませんでした…。え、えっと、それで、きょきょ、京先輩のお母様に、お家にさ、誘って頂けるって事ですよね?」


「あ、ああ…。その…。気が乗らなかったら、無理にとは言わないけど…。」


弱気になった俺に、芽衣子ちゃんは、プルプルと首を振った。


「い、いえ、気が乗らないなんて事はありません!気分はノリノリ、波乗りジョ○ーです!!」


何言ってるんだ?この子。ちょっとテンションおかしいぞ?


「そりゃもう、京先輩のお家にお呼ばれして、お母様に会いたい選手権でトライアスロンとかあれば、優勝できるぐらい強い気持ちです!それだけは間違いないんです!!」


芽衣子ちゃんは、俺の方に身を乗り出して、両手拳を、振り回して熱く語ったが…。


いや、どんな選手権よ、それ?それで優勝して証明できるのは、単に芽衣子ちゃんがトライアスロン強いって事なんじゃ…。


「ですが、物事にはお日柄というものがありまして…。この私めに一ヶ月の猶予をくれませんでしょうか。」


「あ、ああ…。日にちは、芽衣子ちゃんの都合のよいときで全然大丈夫だけど…。」


「は、はいっ!目標が出来てよかったです。

では、私、その日の為に一日一日を精一杯生きていきたいと思いますっっ!!」


「い、いや…、そこまでの事…か…?」


なんか、悲壮な覚悟を決めた様子の芽衣子ちゃんに、首を傾げる俺だった。

        

         *

         *


何だかんだと、夕方まで話し込んでしまい、

流石にもうそろそろお暇しようと申し出ると、芽衣子ちゃんは、いつものように

マンションのエントランスまで、見送りに来てくれて、ペコリと頭を下げた。



「京先輩。今日はありがとうございました。こき使ってしまった上、

転倒させてしまって本当に申し訳なかったです。本当にどこか、体を痛めたりしてませんか?何かありましたら、言って下さいね?24時間誠心誠意看護させて頂きますんで!!」


「いやいや、どこも痛めてないし、大丈夫だって、芽衣子ちゃん。転んじゃったのは、(息子の反応含め)もう忘れてよ。

蛍光灯換えただけなのに、余計な心配かけちゃって、ごめんね。普段から他の人からもいっぱいこき使われてるから、こんなのなんでもないって。」


芽衣子ちゃんは心配そうな顔をすると、躊躇いながら、聞いてきた。


「京先輩のお体大丈夫なら、いいんですが…。えーと、今までに人手不足で、誰かにこき使われて、嫌な思いした事があったんですか?」


「んー、まぁ嫌な思いという程ではないけど、母親を始め、担任の先生やら、クラスの女子やら、風紀委員長やら、用事を頼まれる事はよくあるかな?」


「お母様や、先生、クラスの女子は分かりますが、風紀委員長?京先輩、私と同じ美化委員ですよね?なんでです?」


芽衣子ちゃんは、不思議そうな顔で尋ねてきた。


そう。実は芽衣子ちゃんとは、委員会が一緒

なのだ。清掃の担当場所が違うので、全体の集合の時や、校庭清掃の時しか、顔を合わせる機会はないのだが。


「まぁ、話せば長くなるんだけど、昨年の秋、風紀委員の男子が、一気にインフルエンザにかかった事があって、人手が足りないからって、美化委員から風紀委員に俺が一週間貸し出された事があってね…。」


「ええ〜!?そんな事しちゃっていいんです?」


芽衣子ちゃんは、驚いた様子で目を丸くした。


「うん。この学校、生徒に自主性を求める校風だから、先生達あんまうるさい事言わないし、当時の美化委員長と、風紀委員長が仲良かったからっていう経緯もあってね。

まぁ、それ以後も、貸し出しまではないけど、たまに荷物運ぶとか、用事頼まれる事はあるかな?」


「美化委員の仕事もあるのに風紀の仕事まで…。大変ですね。」


「ああ、でも、風紀委員長から頼まれるのは、そんな大した用事じゃないし、終わると、進路指導室で、お茶を奢られて、近況とか聞いてくるんだよね。

生徒(特に女子)や、先生からの人望も厚くって2年も風紀委員長やってるすごい人なんだけど、実際会ってみると、気さくでおかしな人だよ。」


『おっ。矢口少年!いいところに通りがかったな。この荷物、一緒に生徒指導室まで運んでくれないか?まぁまぁ、ついでに君の最近の悩み事など聞いてやろうじゃないか。いやいや、遠慮はいらないぞ?この愛に溢れる柑菜様に全て任せ給え!!』


俺は風紀委員長の白瀬柑菜のいつもの口調を思い出し、口元を緩めた。


「芽衣子ちゃんに頼まれた用事が終わった後、お茶とお菓子をご馳走してくれたからさ、なんか風紀委員長に頼まれ事したときの事、思い出しちゃったよ。」


「へ、へ、へぇ〜。そうなんですね。京先輩が、そう言うなら、風紀委員長さん、とってもいい方なんですね。私もお会いしてみたいなぁ…。」


「ああ。もしかしたら、芽衣子ちゃんと気が合うかもしれないよ?」


俺がそう言うと、芽衣子ちゃんは、何故かちょっと切なそうな顔をして笑った。


「それは、お会いできる時が楽しみですね…。」



❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


京ちゃんに換えてもらった電球の明かりの下で、リビングテーブルの上に夏休みの宿題を広げながらもなかなか身に入らず、今日久々に会えた京ちゃんの様子を思い出してポーッとしていた。


私と会えなくって寂しかったって、エヘエヘ…♡会えて嬉しいってエヘヘへ…♡♡


京ちゃんの言葉を何度も思い返しては、顔がニヤけてしまう。


嘘コク5人目の件以来、京ちゃんとの距離が何だかぐんと縮まった気がする。


京ちゃんのおばちゃんにも私の事話してくれてるみたいだし、お家に呼んでくれる話も出たし、私の事、女の子として、全く何とも意識してないって事は…ない…よね?多分…?


京ちゃんのおばちゃん、懐かしいし、とっても会いたいけど、私のお母さんに連絡とられたら、身バレ確定だな。


もはや、一刻の猶予もない。


ハプニングはあったものの、

6番目のミッション「人手不足のため、こき使え!」は終わったし、

次の7番目のミッション「付き合っているフリをして、後日皆の前で、ドッキリでした…とバラす!」の内容を少し変えて、

京ちゃんに、嘘コクではない、マジ告をしようと思う。同時に私が幼馴染みの「めーこ」

である事を告白しよう。


期限は、今から一ヶ月…!


京ちゃんに、お家にお呼ばれのお返事を猶予されている期間内にダブル告白をする!!


いつもは嘘コク女子達に向ける熱い闘志を今は告白に向けて燃やし、両拳を握り締めた。


嘘コク6人目については、無罪ほぼ確定で、打倒する必要もないし、今回は、告白する事に集中するって事でいいよね…?


以前の柳沢先輩の話を思い出していた。


『嘘コク6人目は、3−Dの白瀬柑菜先輩。身長175センチの黒髪ポニーテールの美人。

文武両道。闊達で面倒見のよい性格で、先生、生徒からの人望も厚く、特に下級生女子からの人気は絶大よ?

皆の強い要望で、通常一年任期の風紀委員長を2年連続で務めていて、進路は、有名大学に推薦確実と言われているの!』


『そ、そうなんだ。すごい人なんですね…!』


柳沢先輩にいきなり物凄い情報量を渡されて、私は目をパチクリさせた。


『私も、知ってる!風紀委員長がオ○カル様みたいな人で、女子の風紀委員の倍率高いって皆言ってた。生徒会指導室の近くで

一度チラッと姿を見たことあるけどキラキラオーラ凄まじかったよ✨✨』


マキちゃんも、興奮した様子で、語り出した。


『うんうん。カッコイイよね〜?白瀬先輩!!』


『いや、あの…、嘘コクの方は…?』


盛り上がる二人に、置いてきぼりになりながら、私が聞くと柳沢先輩は、はっと気付いて慌てて説明した。


『ああ、ごめんごめん。そうだった。

その先輩、ちょっと変わってて、口癖が「愛してるぞ?」とか、「大好きだ!」なんだよね。ありがとうの代わりに使ってる感じなのかな?


しばらく、矢口が、風紀委員の仕事を手伝っていた時期があって、白瀬先輩と、一応噂にはなったけど、嘘コクと言っても、あれは皆に言ってるからね。

矢口も本気にしていないと思うよ?

今でも白瀬先輩とは、普通に話してるみたいだし。

だから、この件に関しては、白瀬先輩はほぼ無罪。ざまぁをする必要はないと私は思うよ?』


『そう…なんですね?』


柳沢先輩の迷いのない口調に押されて、私も思わず頷いた。

マキちゃんはホッと胸を撫で下ろした。


『よかった〜。風紀委員のオ○カル様を蹴り倒しちゃったら、芽衣子、学校中の女子を敵に回す事になるかと心配しちゃったよ。打倒すべき敵が一人減ってよかったね?芽衣子?』


『う、うん…。』


その時は、二人にそう言われて納得していた。


けど…。


「ああ、でも、風紀委員長から頼まれるのは、そんな大した用事じゃないし、終わると、進路指導室で、お茶を奢られて、近況とか聞いてくるんだよな。

生徒(特に女子)や、先生からの人望も厚くって2年も風紀委員長やってるすごい人なんだけど、実際会ってみると、気さくでおかしな人だよ。」


京ちゃんは、その人の事を語るとき、いつもより饒舌になり、とても柔らかい笑みを浮かべていた。


柳沢先輩の言う通り、嘘コク6人目の風紀委員長=白瀬柑菜先輩は、いい人で、京ちゃんは、風紀委員の仕事を手伝ったものの、

その人に関わって、特に嫌な思いをしたり、トラウマを負うような体験をしたりすることはなかったみたい。


それは、本当によかった。

よかったのだけど…。



まるで憧れの人の事を語るようにキラキラした京ちゃんの笑顔に、一抹の不安を拭い去れない私がいた…。

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