第105話 君への想い(芽衣子Ver.)

「俺の事ばっかり心配してくれるけど、芽衣子ちゃんは、大丈夫なの?

真柚ちゃんと亮介を見送った後ぐらいから、ずっと手が震えてるよ?」


「え?あ、あれ、本当だ…。」


京ちゃんに言われて、両の手のひらを目の前にかざすと、確かにフルフル震えている。


今まで、トラ男や、真柚さんへの怒りや、京ちゃんを守りたいという使命感に支配されて、麻痺していた、もし、失敗したらどうしようという不安と、人を傷付け、傷付けられることへの恐怖が今頃になってやって来た感じだ。

自覚すると、一層震えは大きくなって、困った。

な、情けない…。こんなところで動揺していてはいけないのに。

まだ、嘘コク6人目と7人目が残っているのに…!


私は焦って、心配そうな京ちゃんに笑顔を見せた。


「い、いやいや、別に怖かったとかじゃないんですよ?トラ男くん、あーちゃんや、静くんよりも全然弱いし…。ただ、京先輩や、真柚さんをちゃんと守ってあげられるか心配で…。

全部終わってなんかホッとしちゃったっていうか…、それだけなんで全然大丈夫です。」


うまく、言い訳できたかな?


私は、両手同士を握り、震えを抑え込んだ。


「芽衣子ちゃん…。」


「は、はい…。」


「お祓い…していい?」


「はい…って、え、えええっ??!」


私は、返事をしかかって、頬を朱に染めて、驚いて京ちゃんを見上げた。


京ちゃんも顔を朱くしている。


「芽衣子ちゃんは、何やらとーっても暗くてどんよりした気に取り憑かれているようなので、かなり、強めのお祓いが必要かも。」

「つ、強めのお祓いぃっ?!」


この間私がしたお祓いは、ほっぺにチューだったけど、強めというと、まさか、く、唇に…?


私は湯気が上がりそうな程、顔がかーっと熱くなった。

心臓がうるさいぐらいドキドキ言ってる。


何これ?ホントに起こってること?まさか、

夢じゃないよね?


「あっ、今なら初回無料サービス期間中で、お金は取らないから、安心してね?

まぁ、無理にとは言わないけどさ…。」


「いい、いえ…。ぜ、ぜひぜひぜひ、お、お願いしますすっ。」


「お、おうっ。」


無理にとは言わないとちょっと引かれて思わず、前のめりにカミカミに返事をしてしまった。


これが、たとえ夢だとしても、このチャンスを逃す選択肢はない…!


京ちゃんは、私に少しずつ近付き…。



「(きゃああああ…っ!!)」



私はギュッと目を閉じ…。


その決定的瞬間を待った。





やがて、温かくて、気持ちいい感触が訪れた。


待ち構えていた唇ではなく、私のに…。



「(あれ…れ??)」


優しく頭をヨシヨシと撫でられながら、私が驚いて固まっていると、京ちゃんに問われた。


「芽衣子ちゃん、なんで、口尖らせてるの…?」


!!


目を開けると、心底不思議そうに目を瞬かせている京ちゃんがいた。


強めのお祓いってキスじゃなくて、髪を撫でるのをいつもより長めにしてくれるって事だったのね?!


ううっ…、やっちゃった!!すっごい恥ずかしい勘違い…!!


「(グスン…。多くを望み過ぎました…。)い、いえ、これは、そ、そう、タコです!」


私は涙目になり、アタフタしながら、更に唇を尖らせた。


「ナデナデして癒やしてくれる京先輩に、私もせめてものエンターテイメントを提供すべく、タコの真似をしてみたんです。どうです?そっくりでしょう?」


「ぶふぅっ!!ほ、本当にタコみたい…!」


自分でもひどい顔をしているだろうとは思ったけど、誤魔化す為に必死の思いだった。


そんな私のタコ顔を見て、京ちゃんはお腹を抱えて笑った。


「アハ、アハハハッ!お、お腹いてーっ!

ハハハハハッ!!」


京ちゃんが、笑っている…。

いつもの困ったような笑顔じゃなくて、

その顔は、まるで、真柚さんの部屋の写真で見たような屈託のない、可愛い笑顔で…!


それを見て私は胸がいっぱいになって、泣きそうになった。


ああ、もう私、三枚目でもピエロでもいい。ブスでもいい。

京ちゃんが私の側でこんな風に笑ってくれるなら…。何よりのご褒美だよ…!


「ヘヘッ。そんなにおかしかったかな…。」


笑い転げる京ちゃんを見て、私もちょっと笑っちゃった。


「ありがとう。芽衣子ちゃん…。」

「…!」

京ちゃんに、再び髪を撫でられながら、お礼を言われた。


「クゥンクゥン…。」


京ちゃんの指に優しく撫でられ、心地よさを感じながら、私は真剣な表情で紡がれる彼の言葉を聞いた。


「芽衣子ちゃん。

俺のために、怒ってくれてありがとう。

力を貸してくれてありがとう。

芽衣子ちゃんがいてくれたから、今回、魁虎から真柚ちゃんを助ける事ができたんだ。

真柚ちゃんを、俺の心を…俺の中のめーこを守ってくれてありがとう。


真柚ちゃんとの事は、君のせいじゃない。


むしろ、君のお陰で真柚ちゃんと、ちゃんと向き合って話ができたんだ。

その結果が、ハッピーエンドでなかったとしても、それは、俺と真柚ちゃんが向き合うべき痛みだ。誰のせいにもするべきじゃない。


だから、自分がいなかったらなんて、そんな事は言わないでくれよ…。」


「京先輩…。」


京ちゃんの真柚さんを受け入れてあげれなかった痛みを思った。

受け入れてもらえなかった真柚さんの痛みを自分の事のように思った。

胸が痛みながらも、この場所を譲ることが出来ない、自分の業の深さを思った。


「気付かない内に、ずっと芽衣子ちゃんの優しさと強さに甘えてた。頼ってた。

今まで本当にありがとう…。


でも、これからは俺、もっと、強くなるよ。


だから、芽衣子ちゃんはもう、俺の為にそんなに怒らなくていい。俺の為に危険な目に遭わないでいい。」


?!

京ちゃんにそう言われ、私は嫌な予感に身を強張らせた。

も、もしかして、京ちゃん、私から距離を置こうとしている…?


「わ、私…、もう、迷惑…ですか?いらない…ですか?

もしかして、トラ男くんにあんな風に暴力を振るったから、怖くなりました?」


私は、ふえっと半泣きになった。


「京先輩が嫌うなら、私、もっとお淑やかになるから。もう人を蹴らないから。だからっ!!」


必死に言い募る私に、京ちゃんは慌てて否定した。


「ち、違うよ。芽衣子ちゃんはそのままで、側にいてくれればいい。」


よ、よかった…。嫌われたワケじゃないみたい。私はホッと胸を撫で下ろした。


「君が俺の事を守ってくれたように、これからは、俺も君を…。き、君を…。」


「…?」


京ちゃんは何を私に伝えようとしてるんだろう?

言い辛そうにしている京ちゃんの困ったようなお顔をじっと見詰めた。

睫毛結構長いな、京ちゃん…。


「き、君の大事なものを守りたいんだよ。う、嘘コクとかさ…。」


!!


私が大事なものを守りたいと言ってくれる京ちゃんをたまらなく愛おしく思った。


京ちゃん?私が大事なのは、あなた…。

そして、嘘コクを通したあなたとの関係なんだよ?


私はいたずらな笑みを浮かべた。


「ふふっ。ありがとうございます。でも、いつも、京先輩には守ってもらってますよ?

今日だって、嘘コクに協力してもらったし。」

「へ?いつ??」


「トラ男くんに対峙しているとき、

『芽衣子は俺の番犬だ』って言ってくれたじゃないですか!」


「え。アレ、嘘コクだったの?!!」


愕然とする京ちゃんに、私は悪ノリして答える。


「はい!『芽衣子』って呼び捨てだし、

『俺の番犬』なんて、独占してる感じで、究極の嘘コクじゃないですか?

私、もう背中がゾクゾクしちゃって!!」


「全く君は…。」


「へへっ。」


呆れたような視線を向けられつつも、

高校で再会してから、今、この瞬間程京ちゃんを近くに感じたことはなかった。




ねぇ、京ちゃん。


あなたのその屈託のない笑顔がー。


キラキラした真っ直ぐな瞳がー。


哀しみと苦しみに震えるその肩がー。


曲がった事を許せないその強さがー。


自分が傷付いても、人を守ってしまうその優しさがー。


あなたの全てがー。


大好きですっっ……!!


今や、体中から溢れ出してしまいそうな程の強い想いを胸の奥で叫んでいた…。




「芽衣子ちゃん、手見せて?」


「?? はい。」


言われるまま、私は京ちゃんの前に両手を差し出した。


「手の震えは止まったみたいだね…。」


「あっ。本当だ!お祓いのお陰ですね?京先輩、スゴイ!!」


力を入れなくても、手の震えは、ピタリと止まっていた。


流石京ちゃん!

頭ナデナデの力は万能です…!


京ちゃんは何やら複雑そうな顔をして、私に注意をした。


「あと、一つ言い忘れていたんだけど、他の人に同じようなお祓いをしてもらうと、今のお祓いの効果は消えちゃうんで、気をつけてね?」


「え?そうなんですか?じゃあ、マキちゃんにもう髪を撫でないよう言わなくちゃ!!」


「あっ。いやぁ〜、笠原さんは大丈夫だと思うけど…。」


京ちゃんは、ポリポリ頭を掻きながら言い淀んでいる。


ん?マキちゃんは大丈夫??

マキちゃんと京ちゃんの共通点…なんだろう?


「あっ。分かりました!誰にでも尻尾を振って懐いていては番犬として失格ですもんね。

元飼い主のマキちゃんと、今の飼い主の京先輩限定のお祓いって事ですね?」


「そそ、そう…かな?」


やった!正解!!


私は言い当てられて、嬉しい私は思わずニンマリドヤ顔をしてしまった。


「ふふっ。京先輩、私の飼い主なんですから、責任とっていっぱいお祓いしてくださいね?」


「あ、ああ…。」


少し照れているのか、頬をピンクに染めた京ちゃんは頷き…。


「二人だけのお祓いか…。若いっていいのう…。」


突然割って入った、見慣れた人影に驚いた。


「うわぁ!鷹月さん?!」

「鷹月師匠?!い、いつからそこに…!」


「うん…。お祓いしてもいい?って矢口くんが芽衣子ちゃんの頭をナデナデし始めたあたりからかの…。」


「「〰〰!!」」


私達は揃って真っ赤になった。


鷹月師匠は人差し指で空中にのの字を書きながら、寂し気に言った。


「二人の世界に入っとって、なかなかワシ、視界に入れてもらえなくて寂しかったわい…。ま、まぁ、二人共話(イチャイチャ)は尽きんかもしれんが、今日のところは、もう遅いし、そろそろ君達のお家に送らせてもらっていいかの…?」


「「は、はいぃっ!すみません!ありがとうございますっ!!」」


慌てて起き上がりこぶしのように、ペコペコ頭を下げる私達だった。

        

        

         *

         *



「あっ。もうすぐ満月ですね…!」


鷹月師匠の車に向かう途中、まだ少し明るめの東の空にまんまるに近い月が浮かんでるのを見付け、私は歓声を上げた。


「京先輩!今日は月が綺麗ですね?」


綺麗な景色を共有できて嬉しい私は、京ちゃんを振り返った。

京ちゃんもはしゃぐ私に笑顔を向けてくれる。


「そうだね。今の嘘コクも風流でいいね?」


京ちゃんの言葉に、私は目を丸くした。


「??嘘コクって…?」


「え。あ、ご、ごめん!何でもない!」


京ちゃんは何だかすんごく慌てて手を振って否定した。


??何だろ?


京ちゃんがどこが嘘コクだと思ったのかは、よく分からなかったけど、好きな人と見る景色はいつもの何倍も綺麗に思えるよね。


私は慌てている可愛い京ちゃんのお顔と、綺麗な月の浮かぶ夜空を目に焼き付けた。


ふふっ。この絶景、お値段プライスレス!!


「ふぅっ。最近の若者は、車に乗り込むまでのちょっとの間もイチャイチャを我慢できんのかね…。」


呆れたように後ろから声をかけられ、私はまた鷹月師匠の存在を(すっかり)忘れてしまっていた事に気付いた。


うう…、ごめんなさい。師匠…。

でも、イチャイチャって何だろう??

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