第104話 君への想い(京太郎Ver.)

それから間もなく、南さんの仲間のサブさんの車がアパートに到着し、憔悴した様子の真柚ちゃんと、それを支える亮介を先に家まで送ってもらう事になった。


「鷹月師匠の車も、あと少しで着きますから、氷川さん、矢口くん、もうちょっと待っててね?」


「ハイ。ありがとうございます。すみませんが、二人をよろしくお願いします。」


「ん。任しときな?」

頭を下げると、サブさんは、気のいい笑顔で親指を立てた。


別れ際、フロントガラス越しに真柚ちゃんと一瞬目が合った。

赤く泣き腫らしたその瞳で、縋るように俺を見ていた。


真柚ちゃん、ごめん…。


俺がもっと大人だったら、彼女をこんな風に傷付けずに、うまく対応できたのだろうか?


でも、今の俺では、これが精一杯だった。


彼女を乗せた車を見送りながら、

今まで、無自覚に彼女を傷付けてきた事、

そして、今回、意識して彼女を傷付けた事を

胸の痛みと共に心に刻んだ。


今度は絶対に忘れないように…。


残された俺と芽衣子ちゃんは、7月半ばの生暖かい夜風に吹かれながら、取り壊される予定で、もともとボロかったのが、更に芽衣子ちゃんによって半壊状態となったアパートの前で、鷹月さんの迎えを待っていた。


「京先輩…。よかったんですか?」


隣に佇む芽衣子ちゃんが、遠慮がちに声をかけてきた。


「私は…正直、真柚さんを好きではないですけど、京先輩にとっては、親友の妹さんで、大事な人だったのではないですか?


何だか、私が原因で縁を切ることになってしまったみたいで…。


真柚さんが道を踏み外してしまったのは、

本当に、キックボクシング会場で、京先輩の

隣に私がいるのを見た瞬間だったのではないでしょうか。


私が、静くんの試合に京先輩を誘わなければ。


そもそも、私が、いなければ。


もしかしたら、京先輩は、真柚さんの事でこれ以上苦しむ事はなかったかもしれないのに…。」


俺は目を丸くして、目の前で長いまつ毛を伏せて俯く茶髪美少女を見詰めた。


驚いた…!


芽衣子ちゃんの思考、ちょっと前の俺にそっくりだ。

S級美少女で、カースト上位の彼女と共通点などないと思っていたが、案外

俺達は性格が似ているのかもしれないな…。


でも、今の俺ならよく分かる。


芽衣子ちゃんのその落ち込みが、的外れであることを…。


誰かと関わる事で、知らず知らずの内に、相手を傷付けてしまったり、他の誰かとの縁を切ってしまったりする事がある。


でも、人と関わるというのは、そういう事だったんだ。俺が、今まで臆病にもその事を受け入れられなかっただけ。俺にその覚悟が足りなかっただけ。


それでも、誰かと関わりたいと強く願ったのなら…。


俺は顔を上げられない彼女の様子をじっと観察すると、フウっと息をついた。


「俺の事ばっかり心配してくれるけど、芽衣子ちゃんは、大丈夫なの?

真柚ちゃんと亮介を見送った後ぐらいから、ずっと手が震えてるよ?」


「え?あ、あれ、本当だ…。」


芽衣子ちゃんは、両の手のひらを自分の目の前にかざして、フルフル震えているのに今初めて気付いたようだった。


「い、いやいや、別に怖かったとかじゃないんですよ?トラ男くん、あーちゃんや、静くんよりも全然弱いし…。ただ、京先輩や、真柚さんをちゃんと守ってあげられるか心配で…。

全部終わってなんかホッとしちゃったっていうか…、それだけなんで全然大丈夫です。」


笑顔で言い訳をして、無理に、両手同士を握り、震えを抑え込む芽衣子ちゃんの様子を

痛々しく思った。


「芽衣子ちゃん…。」


「は、はい…。」


「お祓い…していい?」


「はい…って、え、えええっ??!」


芽衣子ちゃんは、返事をしかかって、頬を朱に染めて、弾かれたようにこちらを見上げた。


俺も顔を朱くして、いつぞやの芽衣子ちゃんの口調を真似てみた。


「芽衣子ちゃんは、何やらとーっても暗くてどんよりした気に取り憑かれているようなので、かなり、強めのお祓いが必要かも。」

「つ、強めのお祓いぃっ?!」


芽衣子ちゃんの顔は、湯気があがり、真紅に近い色になった。


「あっ、今なら初回無料サービス期間中で、お金は取らないから、安心してね?

まぁ、無理にとは言わないけどさ…。」


「いい、いえ…。ぜ、ぜひぜひぜひ、お、お願いしますすっ。」


「お、おうっ。」


カミカミに返事をした芽衣子ちゃんに少しずつ近付き、俺は…。



「(きゃああああ…っ!!)」





その茶色の髪の毛をゆっくり撫でた。

ああ。やっぱりこの子の髪の毛は、柔らかくて、極上の手触りだな…。


この何日かの緊張と疲れが一気に癒やされていくのを感じた。


これじゃ、芽衣子ちゃんの為のお祓いと称して、自分のためのリフレクソロジーの為にやってるみたいじゃないか。


「(あれ…れ??)」


どうしたんだろう?

俺に髪を撫でられながら、芽衣子ちゃんが、目を閉じて変な顔したまま固まっている。


「芽衣子ちゃん、なんで、口尖らせてるの…?」


「(グスン…。多くを望み過ぎました…。)い、いえ、これは、そ、そう、タコです!」


不思議そうに聞くと芽衣子ちゃんは、

涙目になり、アタフタしながら、更に唇を尖らせた。


「ナデナデして癒やしてくれる京先輩に、私もせめてものエンターテイメントを提供すべく、タコの真似をしてみたんです。どうです?そっくりでしょう?」


先程の真柚ちゃんとのビンタ合戦により、ピンク色に腫れたほっぺと、尖らせた唇を見て、俺は吹き出した。


「ぶふぅっ!!ほ、本当にタコみたい…!」


美少女台無しの表情を浮かべる芽衣子ちゃんに、俺はお腹を抱えて笑った。


「アハ、アハハハッ!お、お腹いてーっ!

ハハハハハッ!!」


「ヘヘッ。そんなにおかしかったかな…。」


芽衣子ちゃんは笑い転げる俺を見て、ちょっと恥ずかしそうに、笑っていた。


「ありがとう。芽衣子ちゃん…。」

「…!」

俺は、芽衣子ちゃんの髪を撫でながら、礼を言うと、彼女は気持ちよさそうな声を出した。

「クゥンクゥン…。」



「芽衣子ちゃん。

俺のために、怒ってくれてありがとう。

力を貸してくれてありがとう。

芽衣子ちゃんがいてくれたから、今回、魁虎から真柚ちゃんを助ける事ができたんだ。

真柚ちゃんを、俺の心を…俺の中のめーこを守ってくれてありがとう。


真柚ちゃんとの事は、君のせいじゃない。


むしろ、君のお陰で真柚ちゃんと、ちゃんと向き合って話ができたんだ。

その結果が、ハッピーエンドでなかったとしても、それは、俺と真柚ちゃんが向き合うべき痛みだ。誰のせいにもするべきじゃない。


だから、自分がいなかったらなんて、そんな事は言わないでくれよ…。」


「京先輩…。」


「気付かない内に、ずっと芽衣子ちゃんの優しさと強さに甘えてた。頼ってた。

今まで本当にありがとう…。


でも、これからは俺、もっと、強くなるよ。


だから、芽衣子ちゃんはもう、俺の為にそんなに怒らなくていい。俺の為に危険な目に遭わないでいい。」


そう言うと、頭を撫でられている、芽衣子ちゃんが、身を強張らせたのが分かった。


「わ、私…、もう、迷惑…ですか?いらない…ですか?

もしかして、トラ男くんにあんな風に暴力を振るったから、怖くなりました?」


芽衣子ちゃんはふえっと半泣きになった。


「京先輩が嫌うなら、私、もっとお淑やかになるから。もう人を蹴らないから。だからっ!!」


必死に言い募る彼女に、俺は慌てて否定した。


「ち、違うよ。芽衣子ちゃんはそのままで、側にいてくれればいい。

君が俺の事を守ってくれたように、これからは、俺も君を…。き、君を…。」


「…?」


君を守りたいんだよ…。そう言おうとして、

こちらを見上げる純粋な瞳を前に、ヘタレな俺は躊躇してしまった。


「き、君の大事なものを守りたいんだよ。う、嘘コクとかさ…。」


ちょっと、いや、大分、日和ってしまった…。


芽衣子ちゃんの表情がパアッと明るくなった。


「ふふっ。ありがとうございます。でも、いつも、京先輩には守ってもらってますよ?

今日だって、嘘コクに協力してもらったし。」

「へ?いつ??」


「トラ男くんに対峙しているとき、

『芽衣子は俺の番犬だ』って言ってくれたじゃないですか!」


「え。アレ、嘘コクだったの?!!」


衝撃の事実に俺は愕然とした。


「はい!『芽衣子』って呼び捨てだし、

『俺の番犬』なんて、独占してる感じで、究極の嘘コクじゃないですか?

私、もう背中がゾクゾクしちゃって!!」


いや、「俺の犬」って言われてゾクゾクしちゃうの、芽衣子ちゃん大分性癖ヤバくない?


あんな、危険で修羅場な状況で、まさか

嘘コクをぶっ込んでいたとは、芽衣子ちゃん、恐れ入ったぜ…!!


「全く君は…。」


「へへっ。」


満面の笑みを向ける茶髪美少女に、呆れたような視線を向けつつも、強く思った。


でも、芽衣子ちゃん。


俺はそんな君の花咲くような笑顔がー。


君の純粋な怒りがー。


君の綺麗な涙がー。


君の突拍子もない嘘コクがー。


□□□です……。


今はまだ形にできない想いを胸の奥でそっと呟いた。


「芽衣子ちゃん、手見せて?」


「?? はい。」


芽衣子ちゃんは不思議そうな俺の前に両手を差し出した。


「手の震えは止まったみたいだね…。」


「あっ。本当だ!お祓いのお陰ですね?京先輩、スゴイ!!」


嬉しそうにはしゃぐ芽衣子ちゃんに、なごみつつ、ふと、南さん(男性Ver.)が芽衣子ちゃんの頭をポンポンしていたシーンを思い出した。

今回は、南さんが女の子に興味がない人だから、よかったものの、芽衣子ちゃんが他の男子に頭を撫でさせていたら、ちょっとモヤモヤするかも…。


邪だとは思いながらも、俺は牽制せずにはいられなかった。


「あと、一つ言い忘れていたんだけど、他の人に同じようなお祓いをしてもらうと、今のお祓いの効果は消えちゃうんで、気をつけてね?」


「え?そうなんですか?じゃあ、マキちゃんにもう髪を撫でないよう言わなくちゃ!!」


「あっ。いやぁ〜、笠原さんは大丈夫だと思うけど…。」


俺はポリポリ頭を掻きながら言葉に詰まった。

男子だけダメって言ったら、あからさまに焼き餅になっちゃうよな…。


「あっ。分かりました!誰にでも尻尾を振って懐いていては番犬として失格ですもんね。

元飼い主のマキちゃんと、今の飼い主の京先輩限定のお祓いって事ですね?」


「そそ、そう…かな?」


ズバリ言い当ててやったぜ!というようなキラキラした瞳に負けて、なんか、そういう事になってしまった。


「ふふっ。京先輩、私の飼い主なんですから、責任とっていっぱいお祓いしてくださいね?」


「あ、ああ…。」


ふんわりと嬉しそうに笑う芽衣子ちゃんに、頬を染めた俺は頷き…。


「二人だけのお祓いか…。若いっていいのう…。」


突然割って入った、ガタイのよい老人に驚いた。


「うわぁ!鷹月さん?!」

「鷹月師匠?!い、いつからそこに…!」


「うん…。お祓いしてもいい?って矢口くんが芽衣子ちゃんの頭をナデナデし始めたあたりからかの…。」


「「〰〰!!」」


俺達は揃って真っ赤になった。


鷹月師匠は人差し指で空中にのの字を書きながら、寂し気に言った。


「二人の世界に入っとって、なかなかワシ、視界に入れてもらえなくて寂しかったわい…。ま、まぁ、二人共話(イチャイチャ)は尽きんかもしれんが、今日のところは、もう遅いし、そろそろ君達のお家に送らせてもらっていいかの…?」


「「は、はいぃっ!すみません!ありがとうございますっ!!」」


慌てて起き上がりこぶしのように、ペコペコ頭を下げる俺達だった。

        

        

         *

         *



「あっ。もうすぐ満月ですね…!」


鷹月師匠の車に向かう途中、まだ少し明るめの東の空にまんまるに近い月が浮かんでるのを見付け、芽衣子ちゃんが歓声を上げた。


「京先輩!今日は月が綺麗ですね?」


こちらを振り返りにっこり微笑む芽衣子ちゃんに俺も笑顔になった。


「そうだね。今の嘘コクも風流でいいね?」


俺の言葉に、芽衣子ちゃんは今日の月のようなアーモンド型に目を丸くした。


「??嘘コクって…?」


「え。あ、ご、ごめん!何でもない!」


俺は慌てて手を振って否定した。


しまった。俺の勘違いだったらしい。

ヤベ。スゲー恥ずかしくていたたまれない!!漱石先生助けて…!!


「ふぅっ。最近の若者は、車に乗り込むまでのちょっとの間もイチャイチャを我慢できんのかね…。」


ため息をつく鷹月さんに、


「イチャイチャ…?」


と、首を傾げる芽衣子ちゃん。


「あ、いやぁ〜。」


そのどちらへの対応も困るばかりの駄目な俺は、二人に目を合わせられず、綺麗な夜空を見遣るのだった。

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