第103話 彼女達の強さと弱さ
気付くと、玄関口に青褪めて震えている
真柚ちゃんと、その傍らに顔を強張らせている亮介が立っていた。
いつからそこに居たのだろう?
もしかして、今までのトラ男とのやり取り全部見られていた…?
芽衣子ちゃんと視線が合うと真柚ちゃんは、肩をビクッとさせ、一層ガタガタと体を震わせた。
「め、め、芽衣子さん、ごご、ごめんなさい…!!ゆゆ、許して…下さい…!!ここっ、殺さ…ないで…!!」
歯をガチガチ言わせて、涙目になりながら、手を擦り合わせて謝っているところを見ると、芽衣子ちゃんのさっきの立ち回りからトラ男への制裁までを見ていたな…。
悪巧みの片割れがあんなボロ雑巾みたいにされたら、そりゃ、次は自分かと恐怖だよな…。
真柚ちゃんへの対応をどうするかという事については、俺達の間でも散々悩んだところだった。
真柚ちゃんは、トラ男からの被害者であることは間違いないが、芽衣子ちゃんに対しては明らかに加害者であったから。
最初は、トラ男をやっつけて、真柚ちゃんの画像を消してもらうというだけの計画であったものを、守る対象であった真柚ちゃん自身が芽衣子ちゃんに危害を加える計画を立てていたとなると…。
真柚ちゃんに対して今度は制裁を加える必要があるのか?
本来なら真柚ちゃんを守ろうと立てた計画が、彼女を傷つけ、罰する事になるとしたら、本末転倒になのではないか?
でも、彼女が、芽衣子ちゃんに対してしようとした事は到底許される事ではない。
何のお咎めもなしでは、真柚ちゃんの為に協力してくれていたのに、裏切られた芽衣子ちゃんに対してあまりに理不尽だ。
思い悩む俺と南さん、泣いている亮介の前で、芽衣子ちゃんはこう言った。
「どちらにするか、決めるのが難しいなら、真柚さんの事は、私に一任させてもらえないでしょうか?
心配しないでください。真柚さんに足は一切使いませんから…。」
その時の芽衣子ちゃんの悲しそうな笑顔を忘れられない。
多分、彼女は自分の気持ちを押し殺して、
全てを許すつもりなのだろう。
いつも、いつも、俺は彼女の優しさに甘えてしまう…。
本当にそれでいいのだろうか…?
俺は血が出るほど強く自身の拳を握り締めた。
芽衣子ちゃんはゆっくりと真柚ちゃんの前に進み出た。
「ひぃっ…!ごめんなさい!ごめんなさい!お願い、許してえぇっ…!!」
泣きながら、頭を下げ、懇願する真柚ちゃんに、芽衣子ちゃんはまるで聖母のような優しい微笑を浮かべた。
「怖がらなくていいんですよ?
いくら私でも、女の子に蹴りを入れるなんてそんな事しません。
真柚さん、顔を上げて下さい。」
「め、芽衣子さん…!許してくれるんですか?」
芽衣子ちゃんは、顔を上げて目を潤ませた
真柚ちゃんに向かい合って、にっこり微笑み…。
バッチーンッ!!パァンッ!!
「キャッ!!いった!!」
その右頬に、強烈な平手打ちをかまし、返す手で今度は左頬を打った。
「「!??」」
目の前で、あまりにもキレイに決まった往復ビンタに俺と亮介は、止めることも忘れて、思わず見入ってしまった。
「な…、な…、何すんのっ?痛いじゃないっ!!マリア様のような慈愛に満ちた微笑みで何もしないって言ったくせに、嘘つきっっ!!」
両頬を真っ赤に腫らして抗議する真柚ちゃんに芽衣子ちゃんは、
「甘えないで下さい。蹴らないと言っただけで、何もしないとは言ってません…!
マリア様だって、何でも許すわけじゃありません。聖書でも、
『誰かが右の頬を打つなら,左の頬をも向けなさい。』って、言ってるじゃないですか!
罰はちゃんと受けないと…!」
「「「!?」」」
め、芽衣子ちゃん…。そ、それ、違う…!!
確か、逆に悪人に手向かわないで、許し、愛しましょうみたいな趣旨だった筈…!
聖書は別に、往復ビンタの罰を推奨してる訳じゃないから!!
芽衣子ちゃんの斬新過ぎる聖書の解釈に俺は戦慄した。
聖書ってそんなんだっけ?って感じで真柚ちゃんも亮介も首を傾げている。
「真柚さんは、人の痛みに鈍いようだったので、叩かれたら痛いという事を教えてあげました!
真柚さん、あなたのしたことは謝って許される事じゃありません。
もう少しで、何人もの人の心を壊してしまうところでした。」
「な、何人もって…、そりゃ、芽衣子さんにはひどい事をしたと思ってるけど…。」
「私だけじゃありません!!あなたが罪を犯して人を傷つける事で、悲しむ人がいます。まず、お兄さんの嶋崎さん。
そして、自分が原因で私が嵐山魁虎に傷付けられたと知ったら、私と真柚さんの事で、京先輩がどれだけの苦しみを負うか、分からないんですか…!?
今でさえ、あなたと、魁虎の事で死ぬほど悩んでいる優しいこの人に、あなたは、一生残る傷を付けるところだったんですよっ!?」
「わ、私はそこまで、矢口さんを傷つけるつもりじゃっ…!」
「それが想像できない時点で、あなたは自分の事しか考えられていないんですよ。
あなたの
「芽衣子ちゃん…。」
俺は涙を浮かべながら、真柚ちゃんを激しく責立てる彼女の姿に俺の胸はズキンと痛んだ。
俺のせいで、彼女は嵐山魁虎に立ち向かい危険に晒されたというのに。
こんな時まで君は何で俺の事をそこまで…!
せめて、自分の事で怒ってくれよ…。
「な、なによっ…!あなたはいっつも上から目線で、偉そうに!!何が自己愛で暴力よ?そんなら、あんたは何なのよ?こんの暴力女がっ!!」
パァン!
「いった!!」
「「!!」」
真柚ちゃんは、泣きながら、芽衣子ちゃんの右頬を打った。
「あんたなんか大嫌い!!矢口さんの彼女でもなんでもないくせに、ベタベタ引っ付いて、嫌らしい!!
いい人ぶって、私を助けたいなんて、言ってたけど、本当は私の事なんかどうだっていいくせに!ただ、矢口さんに取り入りたかっただけのくせに…!」
パァン!
「「!!」」
今度は芽衣子ちゃんが再び真柚ちゃんの頬を打った。
「いったーい!何すんのよ?」
「やられたので、やり返しただけです。
さっきの2発は、今までやった事の罰ですからね?」
芽衣子ちゃんは怒りのあまり、顔を真っ赤に染めて、叫んだ。
「私だってあなたなんか大っ嫌いです!!
自分勝手に散々京先輩を傷つけたくせに、いきなりキスするし、誘惑するしっ。
でも、京先輩が過去大事に思っていた人だからと、我慢して守ろうと思ったんです!!
それなのに、あなたは、再び京先輩を裏切るような事をっ!!」
「私だって、あんたに会うまでは、自業自得だから、トラ男にどんな仕打ちを受けても、
仕方がないと思ってた!!
矢口さんの為にも、近付かないようにしようとも思ってた!!
こんな恐ろしい企みをしようなんて思い付きもしなかった!!
けど、あのキックボクシングの試合会場で、
幼馴染みと同じ名前を持ったあなたが、昔の私のように矢口さんに仲睦まじく寄り添っているのを見た時、私の中で何かが弾けた。
矢口さんが幼馴染みの影を見ているのは同じだろうに、
どうして私はトラ男の隣で惨めな姿を晒して、あんたは矢口さんの隣で幸せそうに笑っているのかと…。
憎悪と嫉妬が抑えきれなかった…!
私と同じところまで堕してやりたかった…!!
矢口さんを奪ってやりたかった…!!」
「ま、真柚さん…。」
「全部あんたのせいよ…!!
あんたなんか、いなきゃよかったんだ!!」
そう言って、再び芽衣子ちゃんを平手打ちしようと振りかぶるところで、
「同情はしますが、京先輩はあなたのような人には壊させませんっ!!」
芽衣子ちゃんも同時に平手打ちの構えを見せた。
パァン!
パァン!
「いったーっ!この、カマトト女!」
「いったーっ!腹黒女に言われたくありません!」
カウンターで両者お互いに平手打ちが決まると、そのまま、もつれ合い、争う二人を見て、あまりの修羅場に圧倒されていた俺と亮介は目を見交わし頷き合った。
(さすがに、止めよう…!)
「ま、真柚、やめろ!」
「離してよ、お兄ちゃん…!」
「芽衣子ちゃん、どうどう、落ち着いて!」
「ガルルル…!」
亮介と俺はそれぞれ両頬が真っ赤に腫れた荒ぶる乙女達を羽交い締めにして、両者を引き離した。
「どうして、矢口さんはその女の方に行っちゃうんですかっ!?
その女は大した努力もなしに、何でも持ってるじゃないですかっっ!
嵐山魁虎を平気でボッコボコにできるぐらいの化け物じみた強さも、賢さも、優しい裕福な家庭も、協力してくれる人脈もっ!
その女は強いから京先輩がいなくても、充分やっていけますっっ!!
でも、私は違うっっ!!
私は弱くて愚かで、キラキラしたものなんて矢口さんとの思い出以外何もないっ!!それなのに、どうして私の側にいてくれないのっ!!」
泣き叫ぶ真柚ちゃんに、同情しながらも同時に怒りを抑えきれなかった。
「真柚ちゃん、それは違うよ…!
芽衣子ちゃんが今持っているものは、血の滲むような努力で、身に付け、築き上げたものだ。
いくら強いからって、人を傷付けるのが、平気なワケないだろっ…!!真柚ちゃんの…、俺の為にやってくれたんだよっっ!!
頼むからっ、彼女が必死の思いで守ってくれた君のその手を、二度と他人を傷付けることに汚さないでくれっ!!」
「や、矢口さん…。」
「京…先輩…。」
「京太郎…。」
感情を昂らせて、真柚ちゃんを怒鳴り付ける俺を皆目を見開いて見ていた…。
「以前は…真柚ちゃんにちゃんと向き合って、気持ちを汲んであげられなくて申し訳なかった。
真柚ちゃんが何も持ってないなんて、そんな事はない。
君はちょっと毒舌だけど、真面目で、優しくて、頑張り屋さんで、キラキラしたものをいっぱい持ってる可愛い女の子だった。妹のように大事に思っていた…。」
「うぅっ、矢口…さ…。」
ポロポロと涙を零す真柚ちゃんに、胸が痛みながらもキッパリと伝えた。
「けど…、これからは、君のいいところを見つけるのは、俺の役割じゃない。
もう俺達は関わらない方がいいと思う。」
「そんな…、嫌だっ!矢口さん!」
絶望的な表情で俺の方に、手を伸ばす真柚ちゃんを、亮介が止めて、首を横に振った。
「ダメだ、真柚…。」
「ううっ、どうしていつも私には何も残らないの?うわあぁっ。なんで、なんでぇっ。」
その場で泣き崩れる真柚ちゃんを抱き締めて宥めながら、亮介は、涙を流しながら俺達に告げた。
「ありがとう…、芽衣子さん、京太郎…。ひどい事をした真柚を助けてくれて…。本当にごめん。もうこれ以上真柚を二人に関わらせないようにする。約束するよ。」
「亮介…。」
「嶋崎さん…。」
俺達は、身も世もなく泣き続ける彼女の泣き声を後味の悪い思いで聞いていた。
*あとがき*
真柚ちゃんとの決着は、スッキリしない終わりでしたら、申し訳ないです…m(_ _;)m💦
聖書の下りは、どちらからか抗議のお声が上がりましたら、即座にその部分削除させて頂きますので、何かありましたらお知らせ下さいね(;_;)💦💦
いつも読んで頂きまして、フォローや応援、評価下さってありがとうございます。
カクヨムコン読者選考期間につき、格別に配慮下さった読者様がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございました✨🙏✨
(ランキング154位までいけました!感謝です✨✨)
今後もよろしくお願いしますm(_ _)m
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