第106話 嵐山魁虎 大人の階段を登る

?!

ぼんやりした視界に知らない天井がある。


気が付くと俺は薄暗い部屋のベッドに、仰向けに寝かされていた。


っ…!!」


起き上がると、体中がズキズキ痛む。

見れば、俺は裂傷や痣など全身が傷だらけになっていて、包帯や、絆創膏で手当てされている。


「一体、どうし…。」


『トラ男くん…?』

そう呟きかけて、茶髪美少女の凶悪な笑顔を思い出した。


「ぎゃあああぁーーっっ!!!」


瞬間、胃液が逆流する程の衝撃と恐怖が戻って来た。


「あ、ああぁっ!!俺の、俺の、俺の、俺の…!!」


ブルブル震える手で、股間に手をやる。


「あ、あった…!!よ、よがっだぁぁっ!!ああっ。うわあぁぁっ…!!」


みっともなく涙と鼻水を垂れ流しながら、俺は心の底から安堵した。


「よかったわね?大事なブツが無事で…。」


「?!」


不意に話しかけられ、驚くと、ベッドに寝ている俺を、ロングTシャツ一枚というラフな格好の長身の女が覗き込むようにしていた。


「お、お前は…!!」


その女の顔に見覚えがあった。

キックボクシング会場で俺に回し蹴りをした鷹月勇夫の関係者の女で、かつ名前を『ナン』と偽って仲間に入り俺を陥れた奴だ。


警戒してベッドの上で後退りする俺を首を傾げ、面白がっているような笑顔を浮かべた。


「まぁ。坊やが、警戒する気持ちは分かるけど、少々恩知らずじゃないかしら?あなたのブツを切らないよう進言してあげて、傷を手当てしてあげた、優しいお姉さんに対して…。」


「お前は、あの化け物の仲間だろーが!

何で俺を助けた?」


「んー、助けたのは、そうねぇ…。あんたみたいな乱暴者にも、一回ぐらい真人間に戻るチャンスをあげてもバチは当たらないのかなって思ったから…。」


「チャンスだと…?あの“キックボクシングのプロになろう〜3年間みっちり修行in絶海の孤島〜”プロジェクトっていう訳の分からない計画の事か?俺はそんなの行かねーぞ!」


「ふふっ。既にあんたのお父様には、手続きをしてもらってるわよ?」


「あんのクソ親父!勝手に決めやがって!!これから、親父のとこに行って、すぐに撤回してもらって…。」

「無駄よ。現実を見なさい。ボイスレコーダーの音声聞いたでしょ?あんたはお父様に見捨てられたのよ?」


「うるせぇっ!!」

容赦なく厳しい現実を知らしめてくる女を怒鳴りつけた。


親父が、俺を疎ましく思っているのは前々から分かってた。

優秀な兄達に比べて俺は出来損ないでいらない子供だった。


鷹月勇夫にたてつくような真似をした今、一族の立場を揺るがしかねない俺の存在は、真っ先に切り捨てるべき厄介者でしかないだろう。


畜生…!畜生…!!最後まで俺に冷酷な家族への怒りと悔しさに拳を握り締めた。


「これから、お父様の援助なしにどうやって生きていくの?お金もない。

学歴もない。仲間ももういない。鷹月師匠のプランに乗っかる以外で、あんたの生きていく術があると思う?」


「ぐっ………。」


更に畳み掛けるように言い募る女の言葉に、俺は目を逸らした。


言われなくても、絶望的な状況というのは分かっていた。親父に見放された俺には、金もない。

あんだけ、色々してやった仲間も最後には俺を裏切りやがった。


強さとカリスマ性を身に着け、人々に称賛されていた輝かしい俺の姿は、張りぼてにすぎなかった。


今、俺に残っているものは、京太郎とめーこにボロボロにされた、自分の心身のみ。


惨めだった。


「ううっ…。何だよ。親父には期待外れだったかもしれないが、今まで、俺は俺なりに頑張っていた。周りの奴らの事も俺なりに大切にしていた筈だろ?なのに、なんで…なんでだよ…!!」


蹲って涙を流している俺の肩に、女はそっと手を触れてきた。


「辛いのは、分かるけど、悪い事ばかりじゃないわ。あんたのお父様とは、違い、鷹月師匠はとても温かい方よ。

心を入れ替えて、キックボクシングの技術を磨けば、きっと受け入れて下さるわ。」


そう熱っぽく語る女の瞳に鷹月への憧憬を感じて俺は鼻をすすりながら、問いかけた。


「お前…、もしかして、鷹月の女…なのか?」


「いえ…。選手としては可愛がってもらったけど、私は女としては受け入れてもらえなかった。」


女は、そう言って切なげに瞳を伏せた。


「そうか、お前、寂しい女だな…。」

「ふふっ。坊やと一緒ね…。」


俺達は、寂しい野良猫のようなお互いの瞳を、一瞬見交わした。


そして…。


「ね。坊や、私達、慰め合おうか…?」


女は、いたずらっぽい笑みを浮かべ、俺にゆっくりと近付き…、キスをしてきた。

舌を絡める濃厚なキスをしながら、俺達は、もつれ合うようにベッドの上で抱き合った。


キックボクシングをしているせいか、見た目より、ガッチリしている彼女の体に俺は縋るようにしがみついた。


俺に必要だったのは、こうやって優しく抱き止めてくれる大人の女だったのかもしれない…。


あの恐ろしい『めーこ』に恐怖を刻み込まれた後だというのに、この女に触れていても、恐れていた発作は出ず、不思議な位だった。


ああ…。絶望的な状況だが、この女のおかげで、一筋の希望の光が見えてきた。



「あんた名前…なんていうんだ…?」

「アキよ…。南アキ…。」


「アキ…。いい名だ…。」

「あん…♡せっかちね?」


俺は彼女のTシャツを脱がせ…、その下半身を見て、目が点になった。


そそり立つそのモノは、俺の持ってるモノと全く同じモノで…いや、むしろ大…?


「な、なんじゃ、こりゃあ!お、お前っっ!?何で俺より立派なモンがついてやがるんだよっ?」


「ふふっ。愛にそんな細かいこと、私達の愛にはノープロブレム!!」


悲痛な叫び声を上げる俺に、奴はガッチリと締め上げるように抱き着いてきた。


「問題大アリだよっ!!よせっ!!騙しやがったな?このオカマ野郎!!

やめろっ!!離せぇーっっ!!!!」


「坊やったら、恥ずかしがり屋さん。

さっ。いらっしゃい。今まで坊やが知らなかった新しい自分に会わせてあげる♡」


「嫌だああああぁっっ!!

ぎゃ、ぎゃあああああああーーーーっっ。」















俺はその夜、大人の階段を登った…。

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