第101話 その少女(時々ワンコ)凶暴につき

ドッゴオーーッ!ドオンッ!メキメキッ。


腹に再びの攻撃を喰らった俺は、気付いたら壁に叩きつけられていた。


「ぐ、ぐはぁっ…。ゲエェーッ!ゲホゲホッ。」


なんだ、今の蹴り。速すぎて足元すら見えなかった。

速さ、パワー、今まで戦ったどんな強い対戦相手と比べても異次元の強さ。

培ったキックボクシングの技術は、防御にすら碌に使えなかった。

四つん這いになり、胃の中の内容物を吐き散らしながら、奴がゆっくり近付いてくる気配を感じ取っていた。


「小3の頃、京ちゃんがあなたに殴られる度に何度も何度も思いました。

私にもっと力があればいいのにと。

そしたら、京ちゃんを助けてあげられるのにと…。」


「や、やめろ、来るな!来ないでくれ!」


しかし、俺の叫びなど、まるで聞こえなかったかのように、めーこは歩みを進め、俺を壁際まで追い詰めた。


「キックボクシングを習い始めたのも、そんな思いがあったから…。


鷹月師匠の元で 血反吐を吐くような修行にも耐えました。


そうして得た私の力は、今この時の為に…!


トラ男くん。あなたを倒す機会が与えられて私嬉しい。」


めーこはニィッと笑うと、蹴りの連続蹴りを繰り出した。


ガゴン!!バキバキッ!ドガァン!!


「ひっ!!ヤッ!ハッ!」


すんでのところで、躱したが、当たった壁の

ところが、そのままの形に抉られている。


「ば、化け物っ…!!」


あんなの当たったらひとたまりもねぇっ。

死の危険を感じて、俺は戸口に向かって逃げ出した。


「あれっ?私を襲おうとしてたんじゃないんですか?逃げたら目的達成できませんよー?」


後ろから、めーこが場違いに呑気な呼びかけをしてくるのが余計に恐ろしい。


バカ野郎!お前みたいな怪物女恐ろしくて誰が抱けるか…!アレが何本あっても足りねーぜ!!


追ってくるめーこから、死ぬ思いで逃げた。


震える手で、ガチャガチャと内鍵を開けると、アパートの廊下部分に出て大声で叫んだ。


「だ、誰かーーっ!!助けてくれーーっ!!!」


しかし、次の瞬間、部屋の壁を蹴って、廊下の壁を跳躍し、めーこが凄い勢いでこちらに向かってきた。


ドガァン!


俺を再び部屋の中に蹴り戻した。


「があぁっ…!!」 


俺は顔面から着地して、顔を思い切り擦りむいた。


「トラ男くん、頭大丈夫ですか?

この辺は周りに何もない人気ひとけのないところだから、助けを求めて叫んでもムダだって自分で言ってましたよね?」


腰に手を当てて呆れたようにため息をつくめーこに、俺は反論してやった。


「ち、ちげーよ!隣の部屋の仲間に言ったんだ。この俺様にこんな暴力振るいやがって、ただで済むと思うなよ?

お前みたいな化け物、衆議院議員の親父にも言いつけて、社会的に抹殺してやる!!」


「ふふふっ。あはははっ。」


さも可笑しそうに笑うめーこに不気味さを感じて、俺は後ずさった。


「な、何がおかしい。気でも狂ったのか?」


「この期に及んでまだ状況が分かってないんですか?

そんな可哀想なトラ男くんの為に1から説明して差し上げますね?

まず、あなたの仲間は既に制圧済みです。

こんなに隣の部屋がドッタンバッタンやってるのに、誰も様子見に来ないなんておかしいと思いませんでした?

皆さんには、私達の指示に従って大人しくしてもらっています。

それからナンという新入りの仲間がいたでしょう?あれは、私の先輩弟子の南晶=先日、キックボクシングの試合会場で、あなたに回し蹴りを食らわせた女性と同一人物です。


皆あなたと、真柚さんの計画に途中まで付き合って、演技してあげていたんですよ。」


「な、何だと?」


俺は稲妻に打たれたようなショックを受けた。

あのいけ好かない、新入りが、試合会場で俺を蹴りやがったあの女だと…?


仲間も全て制圧済みだと…?


「う、嘘だ、そんなの…!」


「ふふっ。じゃなかったら、京ちゃんを人質に取られている状況で、わたしがあなたに攻撃できるワケないじゃないですか。

今頃、京ちゃんも私の先輩弟子もこちらに

加勢する準備をしてくれているところです。

最後に、あなたのお父様ですが、あなたの身柄を確保することに全面協力してくれるそうですよ?」


「?!!何で、衆議院議員の親父がお前ごときに協力してくれんだよ?」


「鷹月師匠が、お父様に交渉して下さったんですよ。クレジットカードが使えなくなっていたでしょう?それも、師匠がお願いしたからです。」


!?


コンビニでさっき、カードが使えなくなったのは、まさか、鷹月が親父に頼んだせいだと?


動揺しながら、俺は喚いた。


「う、嘘だ…!俺は信じねーぞ!!」


「そう言われると思って、鷹月師匠から、あなたのお父様のメッセージを頂いてきました。(私、最近こういう役回り多いなぁ…。)」


めーこは、最後何かボヤキながら、自分のズボンのポケットから、細長い機械のようなものを取り出した。


機械の液晶画面の下のボタンを奴がカチッと押すと、音声が流れて来た。


『…か、魁虎…。お前大変な事を仕出かしてくれたな!あの、恐ろしい、鷹月勇夫の身内に手を出すとは…!!』


!!


間違いなく、親父の肉声だった。


その音声を信じられない思いで聞いた。


『今まで、散々お前の悪さの尻拭いをしてやったが、もう面倒見切れん。

あいつに目を付けられたら、俺達一族は身の破滅だ…!!

悪いが、俺達一族の恥にならないよう、一人静かに死んでくれ!!!』


「なっ…!!!」


『“キックボクシングのプロになろう〜3年間みっちり修行in絶海の孤島〜”プロジェクトとやらにサインしてやった。


あとは、鷹月に煮るなり焼くなり好きなようにされてくれ!お前の撒いた種だからな?恨んでくれるなよ。では、永遠にさらばだ。』


音声は、そこで途切れた。


「な、なんだよ、これ!あのクズ親父…。

一人で死ねだと…!?

俺を鷹月に売ったっていうのか…?

“キックボクシングのプロになろう〜3年間みっちり修行in絶海の孤島〜”プロジェクトって、一体何なんだよ…!!」


俺はその場に四つん這いになり、床に拳を叩きつけた。


そんな俺に同情的でさえある口調でめーこが語りかけてきた。


「流石、トラ男くんのお父様。自己保身の強い酷い方ですね?

“キックボクシングのプロになろう〜3年間みっちり修行in絶海の孤島〜”プロジェクトとは、鷹月師匠の弟子として、師匠所有の孤島で自給自足をしながら、キックボクシングのプロになるべく、修行を行うというものです。

壮絶なトレーニング内容で、最初の何日かはゲロ吐き続けで、何度かは死線を彷徨ったりすることがあるかと思いますが、確実に強くはなれますよ?」


「な、何だよ、ソレ…?」


死線を彷徨う事もあるって、あまりにブラックすぎるだろーが!


俺はめーこから語られるプロジェクトのあまりに過酷な内容に愕然とした。


「なお、このプロジェクトにはトラ男くんのお仲間さんも参加予定となっております。

トラ男くんの希望通り、鷹月師匠の弟子になれて、キックボクシングのプロも目指せるし、本当によかったですね。」


にこやかに微笑んでくるめーこを俺は怒鳴りつけた。


「どこがいいんだバカ野郎!!俺は島なんか行かないぞ!!」


「あら、もうお父様には契約書にサインして頂いているんですけどね。どちらにしろ、そのプロジェクトは、トラ男くんが、罰を受けた後のお話になりますから、まずは、生き残る事を目標にした方がいいんじゃないですか?」


「…!!」


「あーちゃんからもらった貴重なサービスタイムをもう5分も無駄にしてしまいました。あと、2分。命ある限り戦いましょうね?」


ポケットから取り出した懐中時計を確認すると、再びめーこの瞳が凶暴な輝きを持ち始めた。


ヤ、ヤバイ!


このままだと、殺される…!!


考えろ。どうしたらこの場を切り抜けられるか、考えるんだ。

俺は、折りたたみナイフをケツの右ポケットの上から触れて確認すると、めーこの前で、土下座をした。


「め、めーこ!こんな真似をしてすまなかった!!許してくれ!!俺は、お前の事がずっと前から好きだったんだ!!」


「はあ?」


「小4で最初に会ったときから、俺はめーこの事が好きだったのに、お前は京太郎とばっかり仲良くしたがるから、俺は悔しくて、それでお前らをいじめていたんだ。

真柚や、お前を奪おうとしたのも、めーこの事がずっと忘れられなかったからだ。


本当に申し訳なかった。

これからは、もうお前達に二度と手出しをしないと約束する!」


涙を流しながら顔を上げると、めーこは呆気にとられた顔をしている。


俺は右ポケットに手を忍ばせ、ナイフを手に取った。


「だから、どうか…。」


死んでくれっ!!


俺は渾身の力を込めてナイフを突き上げようとした瞬間、頭の上に奴の蹴りが降ってきた。


「へぶうっ…!!」


衝撃に、ナイフを取り落とし、床に這いつくばった俺を見て、めーこはため息をついた。


「こんな事だと思いましたよ。」


床に落ちたナイフを遠くに蹴飛ばすと、

めーこは壁際に俺の体を蹴り上げた。


「ぐふっ!」


「あなたの腐った性根は知り尽くしています。トラ男くん?あなたの謝罪にはゴミ程の価値もありませんので、もう黙っててもらっていいですか?

あなたは、ただ罰を受けて下さればそれでいい。私達に手を出すという事がどういう事なのか、その心と体に刻み付けてください。」


それからは、俺は文字通り、奴のサンドバックにされた。


「こんな人の為に…京ちゃんは何度も何度も苦しめられて…。」


めーこは怒りのあまり、目が据わっていた。


こ、殺される…。


血だらけになりながら、俺は自分の死すら予感した。


畜生、こんなところで…。


あと、一瞬…。一瞬のスキさえあれば、逃げられるのに…。

左ポケットに手を伸ばしながらも、段々気が遠くなってきたとき…。


ガチャガチャッ。


「芽衣子ちゃん!無事か?」


突然部屋のドアが開き、京太郎が部屋の中に飛び込んできた。


「!!」


京太郎は、血だらけの俺に目を丸くすると、まさにめーこが、俺の首に致命的な一撃を食らわせようとしているのを止めようと叫んだ。


「芽衣子ちゃん、殺しちゃダメだ!そいつは生きて罪を償わせる。

お・あ・ず・けーっ!!」


「キャフン!!」


その言葉に、めーこは固まり、一瞬動きが止まった。


フッ。バカめ…!!


俺はその一瞬を見逃さず、左ポケットから取り出したナイフを渾身の力でめーこの胸に突き立てた。


つうっ…!!」


めーこは苦悶の表情を浮かべてその場に崩れ落ちる。


「芽衣子ちゃんーっっ!!!」


俺は京太郎の絶叫を聞いて、ニヤリと笑みを浮かべた。

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