第99話 嶋崎真柚 悪事の露呈

「芽衣子ちゃんっ…!!」

あの女が、魁虎に連れ去られてから、矢口さんは絶望的な表情で、その場に崩れ落ちた。


「矢口さん…。」

私はそんな矢口さんを寄り添い、その背中に手を置いた。


可哀想な矢口さん…。

あんな清純ぶったカマトト女に入れ込むから余計な傷を負う事になるんだよ?


焚き付けたものの、女に恐怖心を持っているらしい魁虎が、あの女にどこまでの事ができるかは分からないが、あの勢いでは、私にした事以上の悪さをするに違いない。もしかしたら、写真とか動画も撮られちゃうかもね。


あの女は、矢口さんの幼馴染みの面影を抱え込んだまま、一緒に汚れて矢口さんから

嫌われてしまえばいい。


傷付いた矢口さんを、私が癒やしてあげる。

私は、矢口さんに見えないように、僅かに歪んだ笑みを浮かべた。


「あ〜あ、あっちはお楽しみなのに、こっちは見張りだけってつまんないよな…。」


魁虎の仲間の一人が、ボソッと不平を零した。


最近仲間になったという新入りのナンという

長髪の陰気そうなメガネの男だった。

メンバーの中で一番年長で、車が動かせる

という事で、重宝され、今回参加することになったというが、何故か、他の仲間達が彼に対して妙に萎縮してるような気がした。


ナンという男にあまり好印象を抱いていない私は、目を逸らしていると、その男は私を見て愉快そうな笑みを浮かべると、身の毛もよだつような提案をしてきた。


「そうだ!こっちはこっちで、この女で楽しませてもらうってのはどうよ?」


「なっ…!何バカな事言ってんの!?」


「い、いやいや、そいつは魁虎さんの女だし、そ、それは流石にまずいんじゃ…。」


銀次が青いモヒカンを揺らして、首を横にふった。


「あ、あぁ。魁虎さんにバレたら殺されるぜ?」

仲間の中で最強と言われる、大柄の金太も青くなって止めているのに、ホッとして私は

ナンに喚いた。


「そ、そうよ!魁虎が知ったらあんたなんか八つ裂きにされるわよ?キャッ!!やめっ!!」

言うなり、ナンに腕を掴まれ、押し倒され、床に押さえつけられた。

「真柚ちゃん!」

後ろで、矢口さんが叫んでいる。


細身の身体からは想像もつかないくらいの強い力で押さえつけられ、私は恐怖に震えた。


「い、いやぁっ!離してぇっ!!」


「立場の分かってないお嬢ちゃんだな?

あと、お前ら、ビビリ過ぎ…。大将は、あの芽衣子って女に乗り換えたんだから、この女はもう用済みだろ?俺らが再利用しても、文句はねーだろが?」


「で、でもよぉ…。」


「ビビリは、そこで黙って見てな。俺が見本見せてやるぜ…?」


そう言って顔を近付けてきたナンから、必死に顔を逸らした。


こんなの嫌だ!しかも矢口さんの目の前で…!


「いやあぁっ!!矢口さん、助けてーーっ!!」


「真柚ちゃんっ!!」


顔に息がかかるほどの距離で、ナンは囁いた。


「こんなの理不尽だと思うか?あんたも芽衣子に同じ事をしようとしたんだよ。」

「え…?」


その男の顔に浮かんでいたのは、獲物に対する烈情ではなく、静かな怒りの表情だった。


「それはやり過ぎです!台本にない事しないで下さい。」


鋭い非難の声と共に、奴の肩に手をかけ、私から引き離したのは、矢口さんだった。


「矢口…さん…?」


矢口さんを縛っていたロープは、いつの間にか解けて、床に落ちている。

まるで、最初からきちんと結ばれていなかったかのように。


ガタン!


「ま、真柚!!大丈夫かぁっ!?」


?!!


部屋の奥のクローゼットから、数人の男と共に、いきなり、お兄ちゃんが飛び出て来て、包帯が巻かれた腕を広げて、私を庇うように前に立った。



「お、お兄ちゃん、なんで…?!」


目をパチクリさせている私に構わず、お兄ちゃんは、私を襲おうとした男に必死で頭を下げた。


「妹がこんな恐ろしい事を仕出かしてしまい、すいませんでしたっ!俺がよく言い聞かせて、こいつを反省させます。代わりに罰を受けますから、どうか真柚には手を出さないでやって下さい…!!」


「ちょっと脅かしただけよ。女に興味ないって言ってんでしょうが!ったく、二人共甘いわねぇ…。」


!!


呆れたように言いながら、メガネをとって、髪を解いたその男は…、いや、は、キックボクシングの会場で魁虎に蹴りを入れた女性=休日に嵐山魁虎の件で、相談役として家に来た男性、だった。


「南…さん…?」


「もし、芽衣子が普通の女の子で、被害にあっていたら、この子は犯罪の教唆犯よ?謝って許される事じゃないわ!

まぁ、今回は、こっちも大分非合法な事してるし、何より芽衣子の望みで罪に問われないだけって事、忘れないでちょうだい!!」


厳しい叱責の声に、矢口さんは、辛そうに私から顔を背け、お兄ちゃんは、声を詰まらせ、泣いていた。


「は、はい…。分かっています…。ホ、ホント、す、すみませ…。」


怒濤の展開についていけない私は、混乱しながらも目の前の南さんに文句を言った。


「ど、どうしてここに南さんとお兄ちゃんがいるの?芽衣子さんを襲っているのは魁虎でしょ?

魁虎に脅されて協力しているだけで、私何にも悪くないのに、犯罪者呼ばわりして、こんな事するなんて、ひどい…!!」


「何も悪くない…ね…?聞いて呆れるわ。」


南さんは、ため息をつき、携帯のスマホを取り出し、画面をクリックすると、ザーッという雑音と共に、音声が流れてきた。


『魁虎!約束が違うじゃない!!』


「な、なんで…!?」

聞いた瞬間、サーっと青褪めた。

少しくぐもっているが、声の主は私だとハッキリ分かる。


『身内には絶対手を出さないって言ったくせに、お兄ちゃんをよくも怪我させてくれたわね?』


これは、昨日魁虎へ電話をしたときの音声データ…?

ど、どうして南さんがこんなものを持っているの?

私は冷や汗をかきながら、呆然と次に続く音声を聞いていた。


『ああ?あいつが画像消せって詰め寄ってきたんだから、しょーがねーだろが。よけて、ちょっと転ばせてやっただけで、怪我するんだから、ホント弱えーな。お前の兄貴。受け身ぐらいとれよな。』


男性の野太い声がした。魁虎の声だ。


『お兄ちゃんは、あんたみたいな乱暴者とは違うのよ!早くあんたとはおさらばしたいわ。あいつら、もう明後日の夕方には、魁虎を襲撃する計画を立てているのよ?その前にとっとと、あの芽衣子って女をモノにしちゃってよ!』


!!

「や、やめて、違うの!私、脅されて…。」


『っせーな!今、車動かせる新入りが入って、計画をいい感じに立て直してる途中なんだよ。お前もちっとは協力しろよ!』


「や、やめて!!お兄ちゃん。矢口さん。その先は聞かないで!!お願い!やめてーーっ!!」


私が泣きながら絶叫すると、南さんは、一度音声データを中断させて、顰めっ面を近付けてきた。


「お嬢ちゃん、不良達からあんたの企みを聞いても、亮介くんは信じられないって言ってたの。アタシ達も確たる証拠がある訳じゃなかったし、一日だけという約束で、亮介くんに、部屋に盗聴器を仕掛けてもらった。魁虎の部屋にもね…。」


「う、嘘…。お兄ちゃんが…?まさか、魁虎の部屋へ行ったのは…!」

「お前の身の潔白を証明してやりたかった。信じてやりたかった。けど…。」


お兄ちゃんは、私から気まずそうに目を逸らした。

「お兄…ちゃん…?」


「真柚さん?これ、もう、亮介くんも、京太郎くんも、芽衣子も、皆既に聞いているの。」

「そ、そんな…!嘘でしょ!?ち、違うんです。こんなの私じゃない!たばかられたの!信じて、矢口さん…!!」


「俺も信じていたかったよ。真柚ちゃん…。」


必死に矢口さんに呼びかけたが、辛そうに俯く彼とは、もう視線が合わなかった。


「や…ぐちさ…。」


「あんたも自分の罪にちゃんと向き合う為に聞きなさい!!」

「や、やめ…。」

南さんは、容赦なく、再び残りの音声データを再生した。


『あの女をおびき出すのは、私がやるわ。あいつ世間知らずのお嬢で、お人好しそうだから、私が悩み相談したいって言ったら、飛んで来ると思うわ。』


『ハッ。怖えー女だな…。嫉妬の為にそこまでするかよ…。ま、こっちは有り難いけどな。』


『るっさいな。それより、あの女をモノにしたら、私の画像を消去する約束忘れないでよね?』


『ああ。約束してやる。だが、あの女、鷹月の身内の女って事はそれなりに強いんじゃねーか?お前、俺の事謀っているってるんじゃねーだろな。』


『大丈夫よ。あの女、多少キックボクシングかじってはいるけど、大会で優勝するような実力者には到底太刀打ちできないって、兄弟子の南って人が言ってたから。』


『なら、いーけどよ。ま、多少反抗されるぐらいの方が余計燃えるけどな。とにかく、明日には仲間集めて動けるようにしとくから、お前の方も、うまくやれよな?』


『任しといて。』


ブツッと電話の切れる音がして、音声はそこで途切れた。

「あ、ああっ…。う、ううっ…。」

私はその場に崩れ落ち、すすり泣くことしか出来なかった。


「ちなみに、言っとくけど、魁虎の仲間は既にこちらの支配下にあるから、頼ろうとするなら無駄だからね?」


ああ、だから、いつも威勢のいいこいつらが、萎縮していたのか…。


見れば、魁虎の仲間は皆青い顔で項垂れていた。


ここに来る前に既に勝負は決まっていた。


氷川芽衣子を陥れる筈が、罠にかかったのは、私と魁虎だったという事…。


絶望の内に、ようやく、事態を認識した私だったが、一つの疑問が拭えなかった。


でも、それなら、何故、この人達は…?


ドゴゴオーッ!!


その時、隣の部屋から、轟音が響いた。


「い、今の音は…?」


「おっ。芽衣子が暴れ出したみたいね?」


南さんが、ニヤリと笑ってスマホでタイマーの設定をかけた。


「芽衣子には7分のサービスタイムをあげている。いつでも、突入出来るようにしといて?」


「分かりました。」


矢口さんは、南さんに返事をすると、近くにあった小さなショルダーバッグを肩にかけると、中から鍵を取り出した。


「あんたも、後ろから見てたら?あんた達がどんな奴に手を出そうとしたのかその目に刻みつけて、思い知るといいわ…!!」


「??!」


隣の部屋からは、ドゴゴオン!!ガゴン!!

バキバキッ!ドガァン!!

と絶えず不穏気な轟音が鳴り響いていて、私の体は得体の知れない不安に震えていた。





*あとがき*


来週3話分、トラ男ざまぁ回になります。


芽衣子ちゃんが、大立ち回りをするのは、

恐らく本作品では、最後になると思います。

(今後もちょいちょいぐらいはあるかもしれませんが。)


京太郎くん&芽衣子ちゃんとトラ男の闘いを見届けて下さると嬉しいです。


今後もよろしくお願いしますm(_ _)m

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