第98話 知りたくなかった事実

今の状況を端的に説明すると…。


部屋の壁際で、引っ付いている二人の男性


 男(攻)=「ケツの穴を見せろ」と俺の

      ズボンを脱がそうとする南さん

 男(受)=やめてくれと懇願する俺


突然部屋に乱入してきた目撃者の女性

 

 女 = 怒りのオーラに包まれた芽衣子

     ちゃん



「め、芽衣子ちゃん…!」

「め、芽衣子…。」


俺達は思わぬシーンを芽衣子ちゃんに見られ少なからず動揺してしまった。


「あーちゃん…。私に、嵐山魁虎の不良仲間の狩りについて行けと言ったのは、こういう

事だったの…?

嫌な予感がしたから、速攻で全員ぶっ倒して急いで戻って来たら、こんな…!!

あんなに、京先輩には手を出さないようお願いしたのに…!!」


怒りに青褪めながらも、ゆっくり俺達に近付いてくる芽衣子ちゃんに、南さんは、慌てて

弁解をした。


「い、いや。芽衣子、落ち着いて!話せば分かるわ。これは違うの、ちょっとふざけてただけで…って、何でアタシ、浮気現場を押さえられた間男的な立ち位置に…!?」


「問答無用!許しません…!!」


芽衣子ちゃんは、そんな言い訳を一蹴すると、怪しく目を光らせ、南さんに飛びかかっていった。


「うわっ。やっ!はっ!!め、芽衣子、やめっ!うぐぁっ!」


ドゴオッ!


激しい攻防が始まり、芽衣子ちゃんの蹴りが南さんに決まり、部屋の壁に弾き飛ばされた。

「痛〜っ!」

「み、南さんっ!」


顔を顰めて、脇腹を抑える南さんを見て、慌てて俺は芽衣子ちゃんに呼びかけた。


「芽衣子ちゃん!違うって!南さん、本当にふざけていただけで…。」


「庇わなくていいです。京先輩。危険な目に遭わせてしまってごめんなさい。あなたのおしりの穴は私が必ず守りますから!!」


「め、芽衣子ちゃん…♡」


凛々しい表情で、俺にウインクする芽衣子ちゃんは、とってもイケメンで不覚にも一瞬胸がキュンとしてしまった。


「ってそんな場合じゃない!本当にやめ…!」

「痛いわね!この話が通じないガキが!

新築の部屋で暴れんじゃないわよ!!上等よ!目にもの見せてやるわ!!」


俺の声はマジ切れした南さんの怒声にかき消

された。


それから、目の前で繰り広げられた二人の戦いは今だに忘れられない…。

実際の時間にしたら、10分程だったろうが、体感として一時間近くにも感じられた。


後からやって来た南さんの仲間と連行されてきた不良共は、その戦いを目の当たりにすると、お互い抱き合って震え上がっていた。


南さんの強さはもちろんだが、芽衣子ちゃんの人間離れした強さは凄まじく、

正直、一般人なら数秒で殺られているだろう

と確信させられるぐらいのものがあった。


健闘していた南さんだが、時間が経つに従い、少しずつ芽衣子ちゃんに押され気味になってきた。


そして…。


ガッ!


「っ…!!しまっ!!」

戦いによって、ボロボロになったフローリングの床の木のささくれに足をとられて、一瞬無防備になった南さんの隙を芽衣子ちゃんは見逃さなかった。


った!」


すかさず、右足のキックを南さんの首元に叩き込もうとする芽衣子ちゃんに俺は絶叫した。


「芽衣子ちゃん、ダメだ!!止めないと、絶交だぞ!お・あ・ず・けーーっ!!」


「キャフン!!」


その途端顔色を変えて、ピタリと攻撃をやめた芽衣子ちゃんは、南さんに背を向けて、

泣きながら俺の方に走り寄って来た。


「うえぇんっ。絶交やだーーっ!!

京先輩、謝るから許して下さいっ。

ごめんなさぁいっ!!わぁーんわんっ!」


ワンワン号泣する芽衣子ちゃんの気持ちを鎮めるように、俺は彼女の頭をポンポンした。


「ヨーシヨシ。芽衣子ちゃん、俺の為に戦ってくれたんだよね。やめてくれたら、それでいいよ。俺は大丈夫だからとにかく落ち着いて。」


「ふぇ〜ん。京先輩が無事でよかったよぉ。」


「あ、あんたね…。アタシにも謝りなさいよ。どうしてくれんのよ?この部屋ぁ…!」


南さんが、ゼエハア荒い息をしながら、文句を言った。


見れば、部屋の壁やフローリングの床は、何ヶ所もバキバキに壊れ、カーテンは破れ、なんとも悲惨な状態になっている。


「ううっ。部屋を壊したのは悪かったけど、あーちゃんが京先輩を襲うから…。」


「ふざけただけって言ってんでしょ?あんたから男奪うなんて、誰がそんな命知らずな事やりますかっての!大体坊やも、芽衣子を止められるんだったら、もっと早くやって欲しかったわ…!」


「あ、いや、まさか本当に止められると思わなかったもんで…。」


南さんに責められ、俺はポリポリ頭を掻いた。


「いよーう、晶!打ち合わせとやらは、ここでやるんでよかったかの?」


部屋の中に結構な大人数がいながら、さっきの恐ろしい戦闘により、気まずい空気の中、陽気な声を上げ現れたのは…。


芽衣子ちゃんと、南さんのキックボクシングの師匠、鷹月さんだった。


「た、鷹月勇夫だ…。」

「とうとう、師匠の方まで…。お、俺達どうなるんだ…?」

連れて来られた不良達は、青褪め、不安気にざわめいた。


鷹月さんは、荒れた部屋をぐるっと一望し、南さん、芽衣子ちゃん、俺、南さんの仲間と不良達に順に視線を送ると、パチパチと目を瞬かせた。


「ありゃ?なんじゃ、この部屋は?獣にでも荒らされたのか?」


「ええ、師匠。部屋に入って5秒でバトルを始める狂犬が入り込みましてね…。」


鷹月さんに答えながら、南さんは芽衣子ちゃんを睨み付けた。


「いや、あの、その、だって…。」


芽衣子ちゃんは、気まずそうに俯き、人差し指同士をちょんちょんしている。

しかし、鷹月さんは、二人の様子を見て、何故か愉快そうに笑い出した。


「ハハッ!!やっぱり芽衣子ちゃんがやったのか!相変わらず暴れん坊さんじゃな!!」


「もう師匠!笑い事じゃないんですよ?補修費用だってバカにならないんですからね?」


ぷんぷん怒って文句を言う南さんの肩を叩いて、鷹月さんは、謝った。


「いや、すまんすまん。じゃが、芽衣子ちゃんの強さは今も健在じゃという事が、嬉しくてな。そう怒るな、アキ。補修費用は全部ワシが払うから、この老いぼれに免じて芽衣子ちゃんを許してやってくれんかの?」


「え〜、もう、師匠は芽衣子に甘いんだから…。」


南さんは、肩を竦め、ため息をつくと、芽衣子ちゃんに人差し指を立てて釘を差した。


「おいコラ、芽衣子。この借りは高くつくからね?」


「は、はい。あーちゃん、ごめんなさい…。

師匠、ありがとうございます。補修費用は後で必ず返しますから…。」

手を擦り合わせて二人に頭を下げる芽衣子ちゃんに、並んで俺も頭を下げた。

「待って下さい。芽衣子ちゃんは、俺の為に戦ってくれたんだから、補修費用は俺が返します…。」

「きょ、京先輩…!そんなワケには…!」


しかし、鷹月さんはそんな俺達を見て、嬉しそうに目を細めながら、静かに首を横に振った。


「いやいや、金はいらんよ。その代わり、キックボクシングのイベントとかで人手が足らんときがあったら、君達に手伝いを頼んでもよいかの?」


「「は、はい。」」


俺達はお互いに目を見交わすと、一もなく二もなく同意した。


         *

         *


「で、お前達、嵐山魁虎の取り巻きらしいな。散々街で悪さをして、中には芽衣子ちゃんや、知り合いの子にまでちょっかい出した奴がいるらしいな。」


「「「「「「っ……!」」」」」」


連れて来られた6人の不良達は、恐怖にブルブル震えながら、裁判の沙汰を待つ下手人のような顔で、鷹月さんの言葉を聞いていた。


鷹月さんは、キックボクシングの権威で、有名人でもあるけど、マフィアとつながりがあるとか、人間兵器を育てているとか、黒い噂

が絶えないんだよな…。


実際に会って、話をする分にはいい人だし、とてもそんな事をするようには思えないが、

捕らえられた不良達は何をされるのかと気が気でないだろうな。


「す、すいませんでしたぁっ!!」

「ゆ、許して下さい。」

「い、命だけはお助けを!」


次々に謝罪と命乞いの言葉を口にした不良達に、鷹月さんは厳かな表情で告げる。


「お前達を殺しはしない。だが…、ワシが新しく立ち上げたプロジェクトの被験者となってもらう。名付けて、“キックボクシングのプロになろう〜3年間みっちり修行in絶海の孤島〜”プロジェクトじゃ!!」


「「「「「「!??」」」」」」


はてなマークが頭に浮かぶ不良達。俺も首を傾げたが、南さんと芽衣子ちゃんは青褪めた顔を見合わせてヒソヒソ話をしていた。


「絶海の孤島って…。」

「もしかして、あの地獄の島合宿をまたやるのかな?しかも年単位で!?」

「えっぐぅ!今度こそ死人が出るんじゃない?」


な、なんか穏やかならぬ事が聞こえてきたような…。


「お前達、調べてみたら、以前は嵐山魁虎と一緒にキックボクシングのプロを目指す仲間だったらしいな。

一度は諦めてしまったその夢を、もう一度やり直して追いかけてみたらどうかと思っての。

いや、まぁ。要するに、全員ワシの弟子になって、自給自足の生活を通して邪な心を浄化し、修行に明け暮れようという計画でな。以前は、選りすぐりの弟子達を集めて夏場の

一ヶ月だけ行っていたんじゃが、トラウマレベルになるキツさで、怪我人も続出し、弟子達から苦情があり、しばらくやめていたんじゃがな。

もう一度キックボクシング初心者用に3年間でプロになる実力を身につけられるようプログラムを組み直したんじゃ。

改心し、実力を身につけたものは、また本土に戻りプロとして活躍することができる。

もし、プロになれなかったとしても、トレーナーや、ガードマン、もしくは島の自給自足部隊など、他の就職先の斡旋まで万全じゃ!

悪い話じゃないじゃろ?」


不良達は何とも言えない表情で顔を見合わせている。


う〜ん、いい話のように聞こえるが、改心せず、実力を身につけられなかった者は、一生島から出られないとも読み取れるような…。


「で、でも、俺ら未成年だし、そんな事勝手に決められねーよ。学校だってあるし…。」


青いモヒカン髪の男が反論すると、鷹月さんはとってもいい笑顔でこう言った。


「ああ、それなら、大丈夫じゃ。

実は、お前達の保護者にはもう許可はとってある。」


「「「「「「!??」」」」」」


「お前達、ろくに学校にも行かず、家にも帰らず、悪さばかりして、親御さんに散々迷惑かけてたじゃろ?

この話を持って行ったら、ほぼ全員こんな息子でも社会の役に立てることがあるならと、泣いて喜んで了承して下さっての。もう手続きの書類もバッチリじゃ。」


鷹月さんは、不良達の前に、保護者が書いた契約の書類を見せると、彼らはみるみる内に蒼白になっていった。


「あ、あの…!魁虎さんはどうなるんですか?魁虎さんの親御さんはこの話流石に了承しないと思うんですが…。」


さっき芽衣子ちゃんが蹴倒した大男が、最後の抵抗をするように聞いてきた。


トラ男の実家は確か、代々政治家を輩出する家系で、父親が国会議員だったよな…。

確かに流石にこんな話は受け入れられないかも…と俺も思ったが…。


「いや、一番あっさり、手続きの書類書いてもらったが…。」


「!!??」


鷹月さんは、大男の前に、トラ男の分の書類を見せた。


「なんか、嵐山魁虎の父親が、マフィアのボスがワシのファンじゃというのを、マフィアに繋がりがあると誤解したみたいでな。

ワシの身内に手を出そうとした事を話したら、下手をしたら自分も消されると思ったらしく、俺に出来ることは何でもするから助けてくれと土下座してきたわ。

まぁ、自分のクリーンなイメージを脅かしかねない魁虎の存在は、前から悩みの種だったらしいからの。自分の命のかかった状態で、

素行の悪い息子を引き取ってくれるというなら、選択肢は一つしかないじゃろう。」


「〰〰〰〰〰」


いつも、悪事を隠蔽してきた頼みの綱の

嵐山魁虎の父親も陥落したと知って、大男はガックリと肩を落とした。


「さぁ、これが、お前達用の契約の書類なんでここに記入してな。」


絶望的な表情を浮かべる不良達に、一人ずつ書類を配っていった。


うわぁ…。自分の黒い噂まで利用してトラ男の親と交渉するとか、スゲーけど、腹黒っ!!

“キックボクシングのプロになろう〜3年間みっちり修行in絶海の孤島〜”

っていうプロジェクトもかなり、ブラックな匂いがするし、鷹月さん、いい人そうに見えて実は恐ろしい方なのかもしれない…。


鷹月さんの勢いに飲まれて、半泣きになりながらも、契約書にサインしていく不良達を俺は思わず同情の目で見ていた。

そこへ、芽衣子ちゃんが笑顔でヒソっと話しかけてきた。


「京先輩。秋川先輩から、連絡来ました。」


と言って、芽衣子ちゃんのスマホの画面に

秋川からのメールが表示されているのを見せてくれた。


『矢口様、氷川様、先程はシマの見回りお疲れ様でした。

今、例の嶋崎真柚って子と親しかったクラスメートの妹に話を聞いてみたんですが、その子も周りの子も特に何か被害を受けた事はないみたいです。

下校時、嶋崎真柚が金髪の男と一緒にいるところを目撃した事があったそうですが、その翌日からほぼ教室に来なくなって、心配で連絡したら、「私に関わると危険だから、もう連絡しないで。」と言われて、それっきり連絡が繋がらないそうです。その子は嶋崎真柚が何か大変な事に巻き込まれたんじゃないかってすごく心配してました。

取り急ぎご報告致します。

あなた様方の忠実な下僕  秋川栗珠より』


最初と最後ちょっと何言ってるか分からないが、文面から言って、やはり、真柚ちゃんは、学校の友達を巻き込むまいと、不登校を続けており、嵐山魁虎や、他の不良達の悪事には直接関わっていないらしい。


「不良達の悪事には真柚さん、関わっていなさそうでよかったですね?すみません。真柚さんを疑わせるような事を言ってしまって…。

辛かったですよね?」


ホッとした俺に、芽衣子ちゃんが申し訳なさそうに手を合わせる。


「い、いや…。芽衣子ちゃんが、心配に思っている事を打ち明けてくれてよかったよ。

もし、真柚ちゃんが本当に道を踏み外そうとしているなら、俺も知りたいし、事前に止めてやりたいと思ってたから…。」


そう言った矢先に、書類にサインした不良同士で不平を漏らしているのが耳に入った。


「あの娘に手を出そうとしたってんなら、あの女だってそうじゃん。

俺達ばっかり、こんな目に遭うの不公平じゃね?」

「お、おいバカやめろよ!」

「だってよ、嵐山さんは、あの女に唆されあんな計画を…。」

「バカ、言うなって…!それはまだこいつらにバレてない事なのに…。」


「計画って…?あの女って誰の事だ?」


聞き捨てならない事を耳にして、俺が思わず

聞き返すと、不良達は、しまったと言うように口元を押さえた。


「私も気になります…!教えて下さい。」


隣で芽衣子ちゃんも、いつでも戦えるよう、ファイティングポーズをとりながらそう聞いてきたので、不良達は青くなってすぐに洗いざらい喋った。


その内容を聞いて、俺はしばらく言葉が出なかった。


「京先輩…。」


芽衣子ちゃんが哀しい瞳で、そんな俺を覗きこんできた。


「芽衣子ちゃん…。ごめん…。巻き込んでごめん…。」


俺には頭を抱えて謝ることしかできなかった。


「いえ、私は大丈夫ですが、これからどうしましょう…。」


「とにかく、亮介にもこの事を伝えないと…。」


途方にくれた様子の彼女に、重苦しい気持ちでそう呟いた。









*あとがき*


次回、時間軸が現在に戻りまして、

真柚ちゃんサイドでのお話になります。


今後もよろしくお願いしますm(__)m


また、近況報告にも書かせて頂きましたが、

カクヨムコンに参加させて頂く事にしました。

本作品においては、既に過分な程評価を頂いていると思うのですが、応援下さると有り難いです。

どうかよろしくお願いしますm(_ _)m


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