第96話 嶋崎真柚の素行調査

京ちゃんと、共にトラ男と戦う事を決意したその翌日、私と京ちゃんは、真柚さんの学校遠愛高校に向かった。


私は嘘コク5人目(ほぼ確定)の真柚さんがどういう人物なのか、もっとよく知りたかったのだ。


京ちゃんの語る真柚さん。亮介さんの語る真柚さん。私が関わった限りで知り得る真柚さんの姿だけでは、判断できなかった。


トラ男の被害者であるとされている真柚さんは、本当に誰の事も加害していない被害者なのか。


京ちゃんが全部をかけて救うべき価値がある人物なのか。


京ちゃんを挟んでライバル関係にある私に敵意を持つのは当然として、それを差し引いても、真柚さんの言動に、道を踏み外してしまっても構わないような危うさを私は感じていた。


それは、あーちゃんも、感じていたらしい。


「あの子、何か良からぬ事を企んでいるような嫌な目をしているのよね。不良仲間で、ああいう目をした子が何人かいて、それからすぐに仲間を裏切ったり、家族を刺してしまったりって事があったのよね…。

もし、彼女が何か企んでいるなら、それを

突き止めて、事前に阻止しないと、嵐山魁虎をやっつけただけではすまない事になってしまうわよ?」


そう言われて、私は真柚さんに対して第三者から意見が欲しいと思い、真柚さんの学校の生徒に話を聞いてみたいと思ったのだ。


真柚さんが被害者と信じているであろう京ちゃんには伝え辛かったが、私とあーちゃんが真柚さんに対して若干の不信感を持っていること、独自に調査をしたいと思っていることを伝えると、意外にも、京ちゃんは、理解を示してくれ、私に協力、同行してくれることになった。


京ちゃんから、真柚さんが、遠愛高校に通っていると聞いて、驚いた。以前柳沢先輩から聞いていた、秋川先輩の転校先の学校だったから。


彼女の情報収集力は恐るべきものがある。


以前の確執から、秋川先輩は私達によい感情を抱いてはいないだろうが、ダメ元であたってみたが…。


「一年の嶋崎真柚…?ああ、今、不登校で、すごい噂になってる子ですね?」


ファミレスのテーブル席で、私の真向かいの席に座り、緊張した様子でいちごオレを飲んでいた秋川先輩は、京ちゃんに真柚さんについて聞かれ、すぐに思い当たる事があったようでコクコクと頷いた。


「なんか、不良と付き合ってるとか、援交やってるとか、カツアゲしてるとか、今、学校中がその子の悪い噂で持ち切りですよ。」


京ちゃんは、辛そうに顔を歪めた。


「そ、そうなのか…。実際その子から、何か被害を受けた生徒っているのか?」


「いや、なんせ本人が不登校なんで、それはないと思いますけど…。最近、ここら辺治安が悪くて、帰り道で不良にカツアゲにあった生徒はいるみたいです。噂では、その嶋崎真柚って子も不良達の仲間じゃないかって話ですが…。その子、矢口様に何かご関係があるんですか?」


聞き返されて、京ちゃんはこめかみをピクピクとさせた。


「ああ。友達の妹だ。」


ああ、そうだ。恐らく秋川先輩がそれを聞くのは、自分を断罪してくれって言ってるようなものだろうな。私も、秋川先輩に厳しい視線を向けた。


「秋川もよく知ってるんじゃないか?

お前が噂を流した、嘘コク5人目の子が嶋崎真柚ちゃんだけど…。」


「えっ。あのコンビニ店員のお友達の妹がっ…!あっ、いやっ、そのっ。」


秋川さんは慌てて、口元を押さえたが、もう遅い。


ほぼ分かっていた事だけど、

嘘コク5人目が嶋崎真柚さんだという事、

その噂を流したのが秋川さんだという事が

この瞬間に確定になった。


怒りにより、細い三日月のように細められた私の目を見て、秋川さんは怯えて悲鳴を上げた。


「ひぃっ!!も、申し訳ございません!!

この上は、お詫びに肝臓でも腎臓でも差し上げますので、どうか心臓だけはご勘弁を…!」


頭をファミレスのテーブルに頭をゴンゴン打ち付けながら、謝り倒してくる秋川先輩に、京ちゃんは呆れ顔だった。


「おい、ちょ、止めろって!秋川は何を言ってるんだ?そんなのは、前から分かってた事だし、今更その事で、お前を責めるつもりはない。大体臓器とるとかそんな事できるワケねーだろが…。」


「ハァハァ。ゆ、許して下さるんですか?」


髪を乱して縋るように見てくる秋川先輩に京ちゃんは大きく頷いた。


「ああ。少しでも悪いと思ってるなら、その子についての悪い噂を煽ったり広めたりするなよ?」

「しないで下さいね?」


京ちゃんが注意した事を、私もウンウン頷きながら釘を刺した。


本当に京ちゃん、優しいんだよな…。

秋川さんに自分がされたひどい事を許してあげた上、真柚さんの事まで気遣ってあげて。

少しは自分の事も考えて欲しいのだけど。


私は隣の京ちゃんの優しい横顔を見守りながら、なんだか胸が痛むような気がしていた。


「は、ハイ!それはもちろんです!!あっ、

そう言えば、最近L○NEを交換したクラスメートの子の妹が、その真柚って子の友達だったみたいなんで、後で話を聞いてみましょうか。」


「ああ。悪いけど、出来たら頼む。」


「で、では、後で、連絡をしますので…。えっと……。」


「「………。」」


3人で微妙な顔を突き合わせ、なんと、秋川先輩、京ちゃん、私のL○NEグループを作る事になった…。


無事、連絡の交換が済むと、私は大事な事を思い出した。


「そう言えば、私、知り合いの先輩づてに、2−Dの清路雪さんという方から、秋川先輩宛てにメッセージを預かって来ていたんでした!」


「えっ、雪が??」

「はい。」


秋川先輩は、驚いて急にソワソワし出した。


「(な、なんで…アイツには散々嫌がらせしたのに…。)」


「お伝えしますね?

“栗珠。遠愛高校に転校したそうだな。お前の事だ。新しい環境に慣れたら、今までやらかした事もすっかり忘れて、また新しい悪巧みを考えているに違いない。だがな、そうは問屋が下ろさない。遠愛高校には、私の親友がいて、逐一お前の行動を報告して私に状況を報告してくれる事になっている。場合によっては、お前の幼馴染みである私が責任を持って成敗しに駆けつけるからな。

分かったら、下手な事を考えるんじゃない。

お天道様は見ているぞ?

        by 清路 雪 “

いやぁ。流石お友達!友情に溢れた胸に響くメッセージでしたねぇ!」


私はメッセージを伝え終えて、感嘆の声を上げると、京ちゃんは声を出さずに肩を揺らして笑っており、秋川先輩はガタンと立ち上がって、怒りを露わにした。


「どこが…!あんな奴、友達じゃない!!

転校してまで、傷口に塩塗るような真似をしやがって…。」

「……。」


ジト目で見ると、秋川先輩は、蒼白になってファミレスのテーブルに頭を擦り付けて謝ってきた。


「ハッ。すみません、氷川様!つい感情が高ぶってしまいまして、乱暴な口を…!

指詰めだけはどうかご勘弁を!!」


「しませんて…。」


一体秋川先輩は私を何だと思っているのだろうか。


「ちなみに、清路さんの親友の方とは、秋川先輩と同じ学年の、星川スミレという方だそうですが、ご存知で…?」


ゴガンッ。


言い終わらない内に、秋川先輩は、脱力して、ファミレスのテーブルに思い切り頭をぶつけた。


「「あ、秋川(先輩)?大丈夫(です)…か…?」」


「わ、私の学校生活…オワタ…。」


京ちゃんと私が恐る恐る声をかけると、額から湯気を出しながら、生きる屍のようになった秋川先輩の姿がそこにあった。


         *

         *

ファミレスを出たところで、京ちゃんと秋川先輩にその場で少し待ってもらい、私はあーちゃんに事の次第を電話で報告していた。


「うん。あーちゃん。今、知り合いで真柚さんの学校に通っている人に話を聞いたところ。その人が、真柚さんのお友達に接触して、後から情報を教えてくれるって。」


『分かったわ。そしたら、あんた達、計画について、一度打ち合わせをしたいから、開店予定のうちのジムの建物まで来られるかしら?』


「あ、うん。学校の最寄り駅から近いんだよね?」


『そうね。地図を送っとくわ。それから、あんた達が今いる辺り、嵐山魁虎の不良仲間達が徘徊してるらしいから、気を付けてね?

今、昔のアタシの仲間が数人そいつらを狩りに行ってるから、何かあったら、その仲間達に連絡して?

仲間の連絡先と不良達の顔写真の情報L○NE

に一緒に送っとくから。』


「分かった。色々ありがとう、あーちゃん。今から、そっちに向かうね?」


と、電話を切ると、京ちゃんと秋川先輩に向き直った。


「あーちゃんから、計画の打ち合わせをするから、ジムに来るよう言われました。

京先輩、一緒に来てもらっていいですか?」


「あ、ああ…。もちろん。」


京ちゃんは、ちょっとぎこちない表情で頷いた。


「ありがとうございます。あと、ここら辺は治安があまり良くないそうなので、秋川先輩、よかったらお送りしますよ?M駅まで一緒でよかったです?」


私はニッコリ笑ってそう言ったのだが、秋川先輩は急にアワアワし出した。


「え?ええ…。ああっ、でも、私、この近くの本屋に寄る用事があったのを今唐突に思い出しました!」


「えっ。そうなんですか?」


「はい。ですので、ここで解散という事でいいですか?では、さようなら〜!」


「あっ。秋川、前…!」


私達から逃げるように去ろうとした秋川先輩は、前方に人がいるのに気付いていなかった。


ドカッ。


「キャッ!!」

「痛っ!」

京ちゃんの呼びかけにも止まれず、いかにも不良っぽい鼻にピアスをした大男にぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!…!!」


必死で謝る秋川先輩だったが、大男は、秋川先輩の腕を掴んだ。


「きゃあっ!離して!!」

「ははっ。ごめんで済んだら警察いらないんだよ。可愛い嬢ちゃん。その体でたっぷり慰めてもらうから、こっち来いや。」


そう言って、秋川先輩を引きずっていこうとする大男の腕に京ちゃんが手をかけた。


「秋川!やめろ、謝ってるだろうが!!」

「ヒョロイのは引っ込んでろ!」

 

いけない!反撃される!!


大男が京ちゃんにパンチを繰り出そうとした瞬間、私は近くの壁を蹴って跳躍すると、

大男の後ろから後頭部に右足を思い切り蹴り下ろした。


ドッゴオオッ!!


「ギャッ!!」


私が着地すると同時に、大男は、膝をつき、気絶していた。


「きゃーっ!きゃーっ!きゃーっ!!」


秋川先輩は、目の前の大男が泡を吹いて気絶しているのを見て、悲鳴を上げている。


「め、芽衣子ちゃん。す、スゲー!!!」


京ちゃんは、私を見て、ちょっと青褪めていた。


ううっ。女の子がはしたなかったかしら?


「い、いえ、風に吹かれてよろけて、たまたま当たっちゃっただけですよ。」


「や、今風吹いてないし…。」


赤くなって私が言い訳をすると、京ちゃんに苦笑しながら、突っ込まれた。


「にしても、この人、どこかで会ったことがあるような…。」


考え込んでいると、京ちゃんが答えを教えてくれた。


「!! こいつ、キックボクシングの試合会場で嵐山魁虎の近くにいた奴じゃないか?」


「…!そう言えば…!!」


あーちゃんから送られてきた、嵐山魁虎の不良仲間のリストを見ると、確かにこの男の写真があった。


再びあーちゃんと、あーちゃんのお仲間さんに連絡を取り、大男を引き取ってもらうようようお願いした。


その場にへたり込んでいた秋川先輩に声をかける。


「秋川先輩、ありがとうございます。

あなたのおかげで、この辺りに巣食っている悪者を捕らえる事ができましたよ?大丈夫ですか?立てますか?」


「……。」


無言で首を横に振る秋川先輩に、私は首を傾げた。


「秋川先輩?どうしました?腰が抜けちゃいました?」


秋川先輩は目に涙をためて、首を振り、小さく呟いた。


「ううっ。ちょっとだけ漏らしちゃった…。」

「またですか…。」


私は額に手を当てて大きくため息をついた。

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