第89話 別れの後に残るもの

南さんと、芽衣子ちゃんが去った後、

俺達は、南さんの衝撃の事実を知り、暫くその場に呆けていたが、一早く我に返った

真柚ちゃんが、努めて明るい声を出した。


「さ、騒がしい人達だったわね?

別にあの人達に助けてもらう必要はないわ。元々私が相談していたのは、矢口さんだったんだし…。」


そう言うと、真柚ちゃんは、嬉しそうに俺の腕に両手を絡めてきた。


「真柚ちゃん…?」


「ねぇ、矢口さん。今日は、久々に三人で、食事でも…。」

「真柚、ちょっと黙っとけ。」

亮介が、真柚ちゃんを冷たく睨んだ。


「なっ!何よ、お兄ちゃん!」


「京太郎。氷川さんの事、追いかけろ…!」


文句を言う真柚ちゃんを無視して、亮介が真剣な表情を俺に向けたが、俺は小さく首を振って項垂れる事しかできなかった。


「無理だ…。あの子をあんなに傷付けておいて、今更どの面下げて…。」


芽衣子ちゃんの傷付いたような瞳が、ポロッと零した涙が忘れられなかった。


「なに言ってんだ。お前、彼氏なのに、彼女をあんな感じで帰してしまっていいのかよ?

お前と、氷川さん、あんなラブラブだったのに、今日はちょっとギクシャクしてて、変だったぞ。間に、真柚と南さんがいたからじゃないのか?」


「……。」


「真柚がお前に馴れ馴れしくした事は悪かったし、よく言い聞かせておくよ。南さんの事はちょっとビックリしたけど、氷川さんにとっては姉のような存在で、お前が心配するような間柄じゃないんだろ?誤解だったなら

早く追いかけて仲直りを…。」


「芽衣子ちゃんは彼女なんかじゃない。

ただ、理由があって、一時的に一緒にいるだけの間柄なんだ…。」


「え?照れてるとかじゃなくて本当にそうなのか?」


俺の言葉に、亮介は驚いて聞き返した。


「ああ。少ししたら、あの子はもっと自分にふさわしい相手を見つけるよ。

それなら、今、気まずくなって、離れてしまっても同じ事だ。

別れが、今になるか、少し先になるかの違いだけで…。」


「だとしたって、お前はそれでいいのかよ?お前、今死にそうな面してるぞ?」


「…!」


「別れてもどうでもいい相手だったらそうはならねーだろ!彼女じゃなかろうと、お前にとって氷川さんは大切な人なんじゃないか?」

「それは…っ。」


俺が芽衣子ちゃんをどう思っているのか?

今まで考えないようにしてきた事を親友に突きつけられ、俺は言い淀んだ。


そこへ、真柚ちゃんが、亮介に噛み付くように言った。


「お兄ちゃん、余計なこと言わないでよっ。芽衣子さんは私にひどい事を言うような人なのよっ。矢口さんあんなキツい人から、離れて正解だわ。」

「それは、真柚の氷川さんへの態度が悪かったからじゃないのか?」

「お兄ちゃんひどいよっ!」


二人の言い合いを聞きながら、確かに、芽衣子ちゃんは時々、キツい時があると思い返していた。


いつも、おっとり天然の芽衣子ちゃんが、

時に俺に思いがけない激しさや、厳しい表情を見せる事がある。


校内放送で、自分の評判も省みず、嘘コク動画を放送委員の田橋に渡した時ー。


俺の悪口を言った剛原を、サッカーボールでぶっ飛ばした時ー。


でも、考えてみれば、それは、いつも人の為…、いや、じゃなかったか…?


真っ直ぐな彼女は、いつも俺の為に怒り、一生懸命になり過ぎるせいで、足元が疎かになる。

ちょっと危ういところのある彼女の笑顔を俺はと…、そう思っていたのに…。


「俺と真柚のせいで、また京太郎を不幸にすることがあったら、俺はもうお前に顔向けできねーよ!

頼むから!俺の為にも、氷川さんと仲直りしてくれ!!」


泣きそうな顔で訴える亮介に俺ははっとした。


亮介も、真柚ちゃんも、南さんも、芽衣子ちゃんも、皆自分の守りたいものの為に必死に生きている。


逃げているのは、俺だけだ。

このまま、逃げ続ける事は、誰の為にもならない事を今更ながらに悟った。


「ごめん。亮介。俺、行くわ。」


「ああ。」


「えっ。いや!矢口さん、行かないで!!

なんで?あのひと彼女でも何でもないんでしょ?」

「真柚ちゃん…。」

「真柚、やめろっ。」

真柚ちゃんが俺を引き留めようと取り縋ってきたが、亮介が、その体を引き剥がした。


「いやっ!矢口さん!!お兄ちゃん、離してよっ!!」


「早く行け!京太郎!!」

亮介は、真柚ちゃんを取り押さえながら、必死に叫ぶ。


「ごめん。亮介。真柚ちゃん。また連絡する。」


急いで靴を履きながら、二人に別れを告げると、玄関を出た。


ドア越しに、真柚ちゃんの俺を呼ぶ声が聞こえてきたが、俺はもう、振り向かずに真っ直ぐ前だけを向いて走った。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


小4の時、同じアパートの二階に越してきたた一つ年下の女の子=「めーこ」は、生まれついての茶髪で、長い前髪が顔の上半分を覆い隠していた。


めーこが同じ登校班のいじめっ子、トラ男にいじめられているところに、助けようと向かっていった(注:結局トラ男に負けて、二人共いじめられるようになったから助けられてはいない。)後、えらく懐かれ、今まで一人で過ごしていた放課後の多くの時間をめーこと過ごす事になった。

親同士も仲がよくて、一緒に出かける事も多く、いつしかめーこは俺の妹のような存在になっていた。


仲良くなってから、ずっと気になっていた長い前髪の事をめーこに聞いてみると、前の学校で、クラスメート(女子)に「目が大き過ぎて、気持ち悪い。宇宙人みたい。」と笑われたのを気にして、それ以来前髪を伸ばして、目を隠すようにしたらしい。


「京ちゃんに、気持ち悪いと思われるの嫌だから、めーこの目は絶対見ないようにしてね。」


と必死に頼み込まれた。

からかったクラスメートみたいに、

めーこを気持ち悪いと思う事など、絶対ないと思ったが、めーこの頼みだったから、

○ンダーマンかよと突っ込みを入れる事もなく、俺は真剣な顔で大きく頷いた。


でもその後…。


休日のある日、一日一緒に遊ぶ予定で、俺の家に遊びに来ていた芽衣子が、朝から遊び倒していたら、途中で床に寝転がって、うとうとし始めた。

(おばさんによると、どうやら、一緒に遊べるのを楽しみにし過ぎて、昨日の夜あまり寝れてなかったらしい。)


親達は微笑ましくその様子を見守って昼食を作りに台所へ移動した為、俺はその場に取り残される事になった。


陽の光が部屋に差し込む中、カーペットの上で幸せそうにスースー寝息を立てているめーこの姿は、さながら一枚の絵のように美しかった。


俺は金色の陽の光に照らされて、キラキラ光るめーこの髪はあまりにもキレイで、

恐る恐る手を伸ばして、撫でてみると、とても柔らかくてサラサラしていた。


めーこは妹みたいなものなのに、何故かその時すごくドキドキしていたのを覚えている。


そして、その時にふとした出来心で、

幼い彼女の茶色い前髪をふわっと手で掬い上げてみると、めーこの寝顔が露わになった。


長いまつ毛と閉じられた大きな目。


うーん、顔とのバランス的にも全然変じゃないと思うけどな…。


その時、めーこが目を覚まし、大きな瞳が、パチッと開かれた。


!!!


「うん…?きょー…ちゃん…?」


めーこは、寝ぼけた様子で、美しい二つの瞳で俺を見返してきた。


気持ち悪いどころか、美少女と言っていいぐらい、綺麗な顔立ちの少女がそこにいた。


ああ、めーこは、こんなに可愛い子だったのか…!


めーこが起き上がった勢いで、前髪は元のように、綺麗な目を覆い隠した。寝ぼけていたせいか、目を見られた事には気付いていないようだった。


「あれ?めーこ寝ちゃったのかぁ…。もう、お昼になってる。もっと、京ちゃんと遊びたかったのに残念だな…。」


「ひ、昼ごはん食べた後、またいっぱい遊べるよ…。」


俺が動揺しながら、そう言うと、めーこは嬉しそうに微笑んだ。


めーこがとても綺麗な瞳を持っていること、前髪を切ったら、可愛くなって、きっと皆の人気者になることを、その後何度も伝えようとしたが、出来なかった。


めーこが前髪を切って、可愛くなったら、きっと他に遊ぶ友達が出来て、わざわざいじめられっ子の俺と遊ぶ必要はなくなるかもしれない。


一人になるのが怖かった俺はめーこにその事を伝えられないままでいたが、お天道様はそんな小狡い俺を見ていたんだろう。


その後、すぐにめーこが転校する事を母から知らされた。


卑怯だった俺から、神様は容赦なく、たった一人の幼馴染みを奪って行った。


めーこが最後に俺に残したのは、頬に柔らかい唇の感触と、宝物のような言葉。


『京ちゃんは、私のヒーローでした…!これからもずっとそうだよ!!』


別れのあと、身を切るような寂しさを感じて、俺は初めて分かった。

めーこへの想いが、幼な過ぎる俺の初恋だったという事を…。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇          

     

俺は駅までの道を駆けながら、昔の事を思い出していた。


そうだ。あの時も、俺はめーこの力になってやれず、後で自分の気持ちに気付いて、後悔するだけだった。


そして、今回も…。


どうせ釣り合わないからと諦めて、去って行く彼女を追いかけもせず、やがて会えなくなってから、その時に初めて彼女への気持ちに名前が付き、後悔するんだとしたら…、

いつも真っ直ぐな好意をぶつけてくる彼女に対して、俺は、なんて、なんてカッコ悪いんだろう…!!


君にとって、俺は、所詮趣味の嘘コクミッションに協力するだけの相手かもしれない。


この関係も、近い内に解消され、君とは縁もゆかりもない他人に戻るのかもしれない。


それでも、そうだとしても…。


とにかく今、君に会って伝えたいことがある…!


俺は、はにかんだような笑顔の茶髪美少女を思い浮かべながら、駅まで徒歩15分…距離にして1キロ強の距離をひたすら走った。


「うおっ?!」


道すじの三分の一程の距離のところで、道路の脇に、おしゃれげな服装の男が座り込んでいて、驚いて声を上げてしまった。


某名探偵推理アニメの探偵のように、目を閉じたままいい感じに姿勢を保っている姿を遠巻きに通りながら、俺は首を傾げた。


寝ている…のか?こんなとこで?


そして、また、道すじの三分の二程の距離のところに差し掛かると、何かにぶつかりそうになった。


「うわっ?!」


今度はサングラスをかけたホストのようなチャラい服装をした男が、大仏のポーズをとって電信柱にもたれて座り込むように寝ていた。


今日は、なんで道端に座り込んで寝ている人が多いんだ?


俺はその男も遠巻きにしながら、通り過ぎると、駅へと急いだ。


やっとこさ、駅に辿り着くと、交通系ICカードを出して、駅の改札口へ入って行こうとする彼女の後ろ姿を見つけた。


「まっ…、待って、待ってくれっ!!」


ゼエハア息を切らしながら後ろから必死に呼び止めると、彼女は改札の前でピタリと止まった。


彼女は、こちらに振り向きざま、スカートを翻して、懐かしいくまさんパンツをチラ見せしながら、蹴りを構えた。


「もう、今日はしつこいナンパが多いですね…!!本当にサンドバッグにしてあげましょうかっ?」


「!!!」


猛々しく俺を威嚇するその姿に可愛らしい笑顔を浮かべていた彼女のイメージは霧散した。


そ、そうだ…!

彼女は可愛いだけじゃない…。

とっても強い子だったんだ…!!


へなへなとその場に座り込む俺を見て、芽衣子ちゃんは目を丸くした。


「え。きょきょ…、京先輩?!」


俺は恐怖に、彼女はやっちまった後悔に青褪めながら、共に引き攣った笑いを浮かべた俺達だった。






*あとがき*


もうすぐ最終回のような雰囲気ですが、まだかなり続きます(;´∀`)


折り返し地点は過ぎていますが…。


嘘コク5人目はもうこれで最終回でもいいんじゃないかと思うような内容でお届けして行きたいと思います。


嘘コク6人目以降、話のネタや盛り上がりがあるのかと作者も心配です…(;_;)

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