第88話 抗いがたい誘惑

私は、亮介さん、真柚さんのアパートから最寄り駅までの道をとぼとぼと歩いていた。


ああ。今日は、やらかしてしまった…。

京ちゃんに信頼して相談してもらったというのに、相談者である真柚さんと喧嘩をして、険悪な雰囲気のまま帰って来てしまった。


真柚さんがあまりにもひどい態度だったとはいえ、もっとうまい言い方が他にあったかもしれないのに、事故とはいえ、京ちゃんにキスをした事、過去京ちゃんを傷付けた事などを思うと、口が止まらなかった。


京ちゃんの失望したような私への視線が胸に痛かった。


嫌われちゃったかな…。


今頃、邪魔者がいなくなって真柚さん、京ちゃんにまたベタベタしてんのかな?


嫌だなぁ…。


ハァッと大きなため息をついたところ、スマホからライン電話の着信音が鳴った。


京ちゃん?と一瞬期待したが、あーちゃんからだった。


「あーちゃん?」

『ハーイ、芽衣子。今、まだ、嶋崎兄弟の家なの?あの優柔不断な坊やとはどうなった?』


「どーもこーも。雰囲気険悪なまま、京ちゃん達には、さよならして、今、帰ってる途中だよ…。」


もう女言葉に戻っている電話口のあーちゃんに、私は力なく告げた。


『あらあら。私が雰囲気悪くしちゃったかしらね?出しゃばって悪かったわね。』


「ううん、そんな…!私を庇ってくれてすごく嬉しかったよ。

せっかく来てくれたのに、私が真柚さんと喧嘩したせいで、変な事になっちゃってごめんね。」


『いえ、そんなのはいいんだけど、あの坊やには、あのワガママっ子にもうちょっと毅然とした態度を取って欲しかったわね…。』


フーッと電話口の向こうであーちゃんはため息をついた。


「…京ちゃんは、どうして真柚さんをあんなに気にかけているんだろう…?以前自分を裏切って、傷付けた相手なのに…。」


最初は、真柚さんに対して特別な感情があるのかと心配していたのだけど、京ちゃんの真柚さんを見る目は、とても辛そうで、好き…というより、何か罪悪感を抱えているような感じだった。


『うーん、坊やの中に何か拗らせているものがあるのかもね…。

ともあれ、あの真柚って子の、芽衣子に対する敵意と、坊やに対する執着はちょっと尋常じゃないわね。

芽衣子、しばらくは身辺に気を付けた方がいいわよ?』


「え。なんか怖いな…。」


深刻そうなあーちゃんの口調に、私は顔を強張らせた。


『ま、あんたなら、大概の場合心配はいらないと思うけどさ。

とにかく、嵐山魁虎については、鷹月師匠に徹底的にやれと言われているから、対策が決まったら、すぐまた知らせるからね?』


「あーちゃん、ありがとう。あっ。それと、真柚さんが、私とあーちゃんの仲を誤解していたようだったから、あーちゃんが、南アキと同一人物で女には興味ないって、言っちゃったからね?」


『ああ、それはいいけど…、男子二人の反応はどうだった?喜んでたりしなかった?』


畳み掛けるように、あーちゃんに問いかけられ、私は目をパチクリさせた。


「え?驚いてはいたけど、よろ…こんだりはしてなかったと思うよ?」


『チッ。二人ともノンケか…!』


「ねぇ。何の確認をしているの…?」


私が、呆れたように言うと、あーちゃんは切羽詰まった様子で、喚いた。


『うるさいわね!こっちだって、パートナー獲得に必死なのよ!!まぁ、ノンケでも転向させちゃえばいい話なんだけどね。じゃ、芽衣子、またね〜ん。』


「あ、あーちゃ…。」


呼びかけるも、もう電話は切れていた。


全くもう、あーちゃんったら、庇ってくれて感動していたのに、最後の不穏な発言で全て台無しだよぅ…。


私は苦笑いしていたところ…。


「ねぇ、君!ちょっといいかな?」


「はい…?」


後ろから呼びかけられ、振り向くと、すらっと背の高いおしゃれな服装の男の人が立っていた。


「いや、怪しいもんじゃないんだけどさ。

さっきから君、メッチャ可愛いのに、何かすごーく悲しそうな顔してたから、気になっちゃって…。ちょっとそこのカフェで話でも聞こうか…?」


男の人は、私の全身を舐め回すように一瞥すると、可愛らしい雰囲気のカフェを指差してにっこり笑顔を浮かべた。


どうしよう…。

こんなのいつもなら、きちんと冷静に対処できるのに…。


今の私の心は寂しく傷付き、ささくれ立っていて、目の前の抗いがたい誘惑に気持ちが大きく揺れてしまった。





どうしよう…?



この人…!!






*あとがき*


NTRフラグを秒で叩き割る芽衣子ちゃんでした…(;_;)

芽衣子ちゃん、恐ろしい子…!!


いつも読んで頂き、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後も、よろしくお願いします。

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