第87話 その髪に触れる資格
真柚ちゃんは、勢いよく居間に飛び込んできたところに、慌てて芽衣子ちゃんが後を追って来た。
「ま、真柚さんっ。」
真柚ちゃんは、わぁっと亮介に泣きついた。
「芽衣子さんに部屋の中を見せたら、そんなんで、自慢してるなんて可哀想って言われたぁっ!そりゃ、芽衣子さんのところは、両親が揃った裕福な家庭だから、もっといいお部屋に住んでるでしょうよ。
貧乏な家の子だから、私を見下してるんだぁっ。ううっ。悔しいよぅっ。」
「は、はぁ?真柚、落ち着けって。芽衣子さんがそんな事言うワケないだろ?お前の被害妄想じゃねーの?」
泣いて取り乱している真柚ちゃんを、亮介は、諌めるように言うが、真柚ちゃんは収まらなかった。
「お兄ちゃん、私が嘘ついたって言うの?
ぬいぐるみを見せたら、そんなんで自慢して可哀想って芽衣子さん、言ったよね?」
「ええ?!そ、そりゃ確かにぬいぐるみを見せてもらいましたし、可哀想とは言いましたが、そんな理由と文脈ではなかったですよね?」
真柚ちゃんに睨まれ、芽衣子ちゃんが目を剥いた。
「魁虎に撮られた画像を見せたら、まるで蔑んだ目で、汚いって言ったよね。」
「そ、それは嵐山魁虎に対して怒ってそう言ったんです!」
「矢口さんもひどいです。
勇気を出して矢口さんに相談したのに、ただでさえ苦しんでいる私を、嘲笑う為に彼女さんを呼んだの?
また私を傷付けるつもりなんですか?」
…!!
涙ながらに訴える真柚ちゃんの言葉に、
去年の真柚ちゃんとのやり取りを俺は苦々しく思い出した。
「真柚!!お前いい加減にしろよ?」
「お兄ちゃんも、私の味方をしてくれないの?うわぁぁっ!!誰も私の気持ちなんてわかってくれないんだぁっ。」
さめざめと号泣する真柚ちゃんにその場にいる皆が呆気にとられていた。
芽衣子ちゃんが悪意のある言葉を言ったとは思わない。だけど、目の前で真柚ちゃんが、傷付いて泣いている事もまた事実だった。
俺は拳を握り締めて、芽衣子ちゃんに言い辛いことを伝えた。
「め、芽衣子ちゃん…。そんなつもりはなかったと思うけど…。真柚ちゃんは、今、嵐山魁虎の件で、苦しんでいて、デリケートになっているから、不用意に彼女を傷付けるような発言はしないようにしてね?」
「きょ、京先輩…!!」
芽衣子ちゃんは傷ついたような瞳で俺を見た。
その青褪めた顔に、ズキリと胸が痛んだ。
「わ、分かりました…。」
芽衣子ちゃんは、真柚ちゃんにゆっくりと向き合った。
「ま、真柚さん…。さっきはあなたを傷付けてしまって本当にごめんなさ…。」
「謝るな、芽衣子!!」
その時、鋭い制止の声がかかった。
「あ、あーちゃ…、あきらくん…?」
皆驚いて、眉間に皺を寄せて、怒り心頭の様子の南さんを見ている。
「本当は悪いとお前も思っていないだろ?
真柚さん…。俺は芽衣子との付き合いが長いからね。この子が、立場の弱い人間に対してそんな見下したような発言ができるような子じゃないってのをよく知ってる。
この子が何か相手に対してキツイ事を言うとしたら、その何倍ものひどい事を相手が言った場合か、もしくは…。」
そこで、南さんは、真柚ちゃんに向けていた厳しい視線を一瞬俺に移した。
「大切な誰かを守る為なんだよ。」
「!!」
「真柚さん。嵐山魁虎の事、矢口くんに相談したのは、本当に助けて欲しかったからかい?」
「そりゃ…、もちろんそうですよ。」
「俺にはとてもそうは思えない。魁虎の事を口実に、君が矢口くんに近付きたかっただけに見えるけど…?」
「………。」
「もしそうだったら…、俺は芽衣子を泣かせてまで、この件について協力出来ない。」
そう言うと、南さんは、芽衣子ちゃんの
頭をポンポンと叩いた。
「ポンコツな奴だけど、これでも一応大事な妹弟子なんでね…。」
「…っ!あきらくん…。」
芽衣子ちゃんの目からポロッと涙が零れる。
俺はその様子を重苦しい気持ちで見ているしかできなかった。
あの柔らかい綺麗な髪に触れる権利や資格はヒロインを守ったヒーローにだけに与えられるものだ。
この場面において、ヒロインを傷付ける悪役でしかない俺にはない。
芽衣子ちゃんが、守られた時に安心して零した綺麗な涙が俺の胸を強く締め付けた。
「ま、お兄さんとよく話し合ってみて?
そしたら、俺は予定があるので、ここで失礼するわ。じゃ、皆さん、邪魔したね。」
「えっ、あきらく…」
「南さ…。」
バタン…。
南さんは、手早く帰り支度をしたと思うと、
芽衣子ちゃんと、亮介が呼び止めるのも聞かず、足早に玄関に急ぎ帰ってしまった。
4人の間に気まずい空気が漂っている。
南さんが帰って、少し固まっていた芽衣子ちゃんが、恐る恐る俺達に振り向いた。
「えーと、私も帰ります…。場を荒らしてしまってすみませんでした…。」
芽衣子ちゃんは、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「最後に、真柚さんに一つ聞いて欲しい事があります。
そりゃ、今でこそ、生活は落ち着いていますが、私だって、今まで何も考えずぬくぬくと生きてきたワケではありません。
昔は人見知りで、再婚相手のお父さんや、義弟になかなか馴染めず、毎日泣いてました。貧乏でも、部屋が狭くても、お母さんと二人きりで、大好きなきょ…お友達がいた前の暮らしがどれだけ恋しかったか分かりません。
でも、またいつか大好きな人が出来たときに、その時は胸を張って会える自分でいたいと思って、歯を食いしばって、色んな事に耐え、新しい暮らしにも努力して慣れていこうと思えたんです。
真柚さんのように、弱い時に誰かに頼りたくなってしまう気持ちが分からないワケではないです。それだけはお伝えしておきます。」
「なら、矢口さんじゃなくて、あなたの事を大好きで、よく分かってくれてそうな南さんに頼ればいいじゃない。二人も男を侍らすなんて、不潔なんじゃない?」
真柚ちゃんの非難の言葉が、俺の胸にも突き刺さったが、
芽衣子ちゃんは、不思議そうに首を傾げた。
「??何を勘違いしているか知りませんが、あきらくんは、私に…というか、女性に興味はありません。」
「「「へっ?」」」
俺、亮介、真柚ちゃんの声がハモった。
「あきらくんは、キックボクシングの会場鷹月師匠と一緒にいた人と同一人物です。あの時は南アキさんと名乗って女性の姿をしていましたが…。」
「え?あの時、キックボクシングの会場にいた南アキさんが南晶さん??」
俺は芽衣子ちゃんと気まずかった事も一瞬忘れて、聞き返してしまった。
「はい。あーちゃん、時々、性別を偽って、自己紹介して、人を混乱させるんですよね。本当にすみません。」
「え?え?南さんが女装してたって事?」
その場で、南さんの女性の姿を見ていない亮介は目をパチクリさせていた。
「あの時の強い女の人が南さん…?女に興味ないって…?もしかしてオ、オカマ…!?」
真柚ちゃんが漏らした言葉に芽衣子ちゃんは顔を顰めた。
「その言い方はあんまり好きじゃないです。
あーちゃんがどういう趣向であれ、私の頼れる先輩弟子である事に変わりはありません。
それでも、誰が近くにいても、誰が理解してくれても、私が本当に側にいて欲しいのは、理解して欲しいのはいつもたった一人…ですから。」
芽衣子ちゃんは俺に視線を合わせると、切なそうな笑顔を見せた。
「芽衣子ちゃん…。」
「今日は皆さんのお役に立てなくてすみませんでした。」
「いや、氷川さん。来てくれてありがとう。俺達の方こそ今日は嫌な思いさせてごめん。」
申し訳なさそうに謝る亮介に芽衣子ちゃんは、小さく首を横に振る。
「では、失礼します。」
丁寧にお辞儀をして、芽衣子ちゃんは部屋を出て行った。
*あとがき*
暗い展開が続いていて、本当にすみません
💦💦
来週からは、流れが変わる予定ですので、見捨てずに見守って頂けると大変有り難いです。
どうかよろしくお願いしますm(_ _;)m💦
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