第86話 守るべき相手

芽衣子ちゃんが真柚ちゃんの件で相談役として連れて来た南晶さんは、長身でスレンダーながら鍛え上げられた体を持ち、兄妹だけあって、南アキさんによく似た顔立ちのイケメンだった。


そして、南さんは数日前に相談したばかりだと言うのに、トラ男についての情報を調べ上げ、俺達に説明と対策を講じてくれとても有能な人でもある事が分かった。


真柚ちゃんのトラ男との間に起こった事を話し出した時は、俺も亮介も辛い気持ちで聞いていた。


身近にいたのに、力になってやれなかった。彼女の気持ちをもっと分かってあげていたら、話を聞いてあげていれば、こうはならなかったかも知れないという後悔が俺達の中にあったと思う。


加えて俺は真柚ちゃんに言われたように、幼馴染みの影を彼女に重ねる事で、傷付けてしまった。

別れ際にあれだけひどく詰られたのは、

期待に答えられず、裏切られたと感じさせてしまったからだろう。


真柚ちゃんに対して罪悪感が心にずっとあった。


いくら背を向けて逃げようとも、それはなくなるものではないのだと、この間、真柚ちゃんに再会して、メールをもらった時に思い知った。


しかし、俺とは対照的に、真柚ちゃんはあの時の恨みや怒りを忘れたように、好意的な態度を見せ、俺を戸惑わせた。


さっき頬に感じた柔らかい感触を思い出してしまい、振り切るようにブルブルっと頭を振る。


ま、ま、まぁ、さっきのキスは事故としても…。

真柚ちゃんはかなり蠱惑的と言ってもいいような視線を送ってくる。


「どうしていいか分からず困っていたところ、この間矢口さんに偶然会えて、思わずメールで相談してしまったんです。

矢口さん、別れ際にあんなひどい事を言ってしまった私に親身になって相談に乗ってくれて…。本当に優しい人ですね。いつも一緒にいられる氷川さんが羨ましいぐらいです。」


「えっ、いや、そんな大した事してないって。俺は受けた相談をそのまま、芽衣子ちゃんや、南さんに相談しただけし…。」


俺は、慌てて私と南さんを手で指し示した。


「はい。お二人もちろん感謝しています。」


真柚ちゃんは芽衣子ちゃんと南さんに向かってにっこりと笑った。


「まぁ、真柚さんの事情は分かった。

ただ、嵐山魁虎を警察に訴えたところで、国会議員の親が圧力をかけてもみ消そうとするだろう。今までも、過去の暴力事件を何度かもみ消したような形跡が見られる。


嵐山魁虎の不良グループはそんなに大きいものじゃないし、昔の仲間に頼めば、叩くのは、難しくない。


真柚さんの画像を取り返すには、嵐山自身と接触して、こちらの要求を飲まざるを得ないような状況に追い込む必要があるな…。」


南さんの言葉に、そうしたら、俺はどういうポジションで、協力すればいいだろう?

あまり腕っ節は強くないけど、奴をおびき出す囮ぐらいにはなれるか?

などと考えていると、

芽衣子ちゃんが、右足をウズウズ動かしていたので、ちょっと笑ってしまった。


自分がやっつける気満々の様だ。

でも、この件に関しては、芽衣子ちゃんを危険な目には遭わせたくない。俺は芽衣子ちゃんに釘を刺さなければと思った時…。


「こら、芽衣子っ!今、自分が殴り込みに行こうと考えたろ?」


俺より先に、南さんが芽衣子ちゃんを叱りつけた。


「へっ。な、何で分かったの?」


芽衣子ちゃんがキョトンとしていると、


「何年一緒に修業したと思ってんだ。芽衣子の考えてる事は右足の動きで全部分かるんだよ。」


南さんは腰に手を当てて、怒っていた。


「キックボクシングを多少かじってはいるけど、芽衣子は女の子だし、嵐山魁虎のように大会で優勝するような強い相手には到底敵わないんだから、無茶な事するのはやめなさい!荒事は知り合いのヤンチャな奴らにでも任せときな!」


「は、はい…。分かりました…。」


芽衣子ちゃんは残念そうにしながらも素直に了承した。


何だろう…?俺もそうすべきだと思っていたし、南さんに諌めてもらってよかった筈なのに、何故だか、南さんと芽衣子ちゃんの距離の近さにモヤモヤした。


芽衣子ちゃんにとって俺は、単に嘘コクミッションを通して関わるだけの間柄、

南さんは、小さい頃から付き合いのある、兄のような存在。


俺より南さんの方が距離的に芽衣子ちゃんに近いのは当たり前の事なのに、何でこんな風に思うんだろう?


「京太郎くんも、芽衣子が無茶しないかよく見ててやってね。」


「えっ。は、はいっ。」


南さんにいきなり話を振られ、動揺しながら、返事をした。


「♡!」


芽衣子ちゃんが嬉しそうに、視線を向けて来たが、何だか俺はそれを素直に受け取れず、

視線を逸らした。


芽衣子ちゃんは傷付いたようにシュンと肩を落とした。


何やってんだろ?俺…。

芽衣子ちゃんは俺が相談してここに来てくれているのに、こんな理不尽な対応して。


その後、芽衣子ちゃんは南さんに真柚ちゃんの相談相手になるよう言われ、真柚ちゃんがそれなら画像の件で相談があると彼女の部屋に芽衣子ちゃんを誘った。


そして、俺と、亮介、南さんだけがその場に残されて、しばらく、場がシンとして、それぞれその場に出されたコーヒーをすする音が響いていたが、暫くして、亮介が南さんにおずおずと話しかけた。


「あ、あのぅ〜、違ったらすみませんが、もしかして、南さんて、海外の格闘技の大会で何度も優勝している南晶さんですか?」


「ああ、よく知ってるね。あんまり日本では知られていないような大会にしか出てないのに。」


南さんは、亮介にニッコリ笑って肯定した。


「!!やっぱり、本人?!おい。京太郎。お前、すごい人と知り合いなんだな!」


亮介はテンション高く叫んだ。


「い、いや、俺じゃなくて、芽衣子ちゃんの知り合いだって…。南さん、やっぱり、すごい人だったんですね…!」


南さんは、やはりあの鷹月勇夫の弟子だけあって、国際規模の格闘技の大会で、優勝するような人らしい。

俺は目を丸くして、目の前の南さんを見つめた。


「ハハッ。それ程でもないよ。師匠の弟子の中にはもっと強い奴もいるし…。」


「いや、南さんはすごいですよ!今通ってる高校に、格闘技に詳しい友達がいて、南さんの試合動画見せてもらったんですけど、1つ1つの技が本当綺麗に決まってて、素人目にもスゲーッて感動しました。」


「ハハッ。ありがとう。鷹月師匠にビッチリしごいでもらったおかげかな?

でも、もう今は現役を引退して、近々個人で、キックボクシングのジムを開こうと思ってるんだけどね。」


「え!そうなんですね。」


「ああ。ジムの場所この近くだから、もしよかったら見学に来てね?」


南さんは爽やかな笑顔で亮介にウインクをした。


「ハイ。格闘技やるのはからっきしですけど、ぜひ見学行ってみたいです。」


亮介は、両腕に拳を握って意欲を見せた。


「俺がもっと強ければ、妹を嵐山魁虎から守ってやれたのかなってずっと思ってたんで。強くなれるものなら、強くなりたいですし。」


「亮介…。」


「向上心があるのは、いい事だ。まぁ、物理的な強さだけが、強さじゃないけどね…。」

「え…?」


「亮介くんは…、もちろん、真柚さんを大事な妹として、助けたいと思っているだろうし、その為ならどんな事でもする覚悟がある。

亮介くん、そうだよね?」


「え、は、はい。もちろんです。」

亮介は戸惑いながらも頷いた。それに満足するように南さんは、大きく頷くと、今度は、俺に意味有りげな視線を向けた。


「…?」


「京太郎くん。君に一つ聞いて置きたい。

君自身は、今どういう立ち位置で真柚さんを助けるのに協力したいと思っているんだい?」


「え…?」


「芽衣子はね、君の事をとても大事に思っている。あの子は君の力になりたい一心で、俺にこの件を相談してきた。

そして、俺は、もちろん芽衣子の元兄弟子として、芽衣子を守り、力になってやりたいが為に、今ここにいる。」


南さんの真剣な表情に俺は圧倒されながら、

その言葉を重い気持ちで受け止めた。


そう。芽衣子ちゃんは、嘘コクパートナーである俺の為にいつも気を配ってくれ、いつでも俺を優先してくれる。

いつの間にか俺はそれに、慣れてしまっていた。


今回も、一人でどうにもならない問題を、芽衣子ちゃんの優しさに甘えて相談してしまった。

芽衣子ちゃんに相談したら、きっと一緒に真剣に悩んでくれて、危険に巻き込んでしまうであろう事が分かっていたのに…。


そして、南さんは、そんな芽衣子ちゃんを丸ごと守り、力になる覚悟がある…。


俺に、二人の距離が近いからといって、不満を感じる資格なんかない。


南さんは更に俺に追い打ちをかけるように続けた。


「君が芽衣子の事を恋人として、大事に思って守ってくれる事は前提の上で、

共通の敵である、嵐山魁虎くんから被害にあっている親友の亮介くんの妹を一緒に助けたいという事なら理解できると思って、俺は協力する気になったんだ。

だけど、今日、君達に最初に会った時、

俺と芽衣子が見たものは、君と真柚さんのキスシーンだった。」


「そ、それは、事故で…!」

「その後も、話し合いで、俺の目から見ても真柚さんと君の間の距離が近過ぎると思う場面があった。

もし、あのキスが事故ではなく、わざと真柚さんがした事だったら、君は芽衣子か、真柚さんかどちらかを選ばなきゃならない。


たとえ誰かを傷付けても、芽衣子を恋人として、ちゃんと守れる覚悟があるのか、それとも、本当に君が守りたいのは真柚さんなのか?

それを、俺は君に問いたい。」


南さんの真摯な眼差しに耐えうる程重みのある言葉を俺は持っていなかった。


だって、俺と芽衣子ちゃんは嘘コクのミッションで繋がっているだけの間柄で、ミッションが終わるか、芽衣子ちゃんが嘘コクに興味を失ったら、終わってしまう関係で…。


真柚ちゃんに対しては、俺の配慮が足りないせいで、傷付けてしまい、嵐山魁虎に近付けてしまったという罪悪感がある。助けを求められて、とても放っては置けない。


どちらにしても受け身で、求められる事に対して役割を負うだけの自分には、南さんの満足するような答えを出す事ができなかった。


「お、俺は…。」


言い淀んでいると、亮介が、両手を合わせて

南さんに謝ってきた。


「す、すいません!今日は真柚の態度が馴れ馴れしいせいで、南さんにも芽衣子さんにも

嫌な思いをさせてしまって!

あいつが今でも京太郎に心を残しているのは確かだと思います。

でも、京太郎は最初から、真柚は妹みたいな存在で、恋愛関係にはなれないって言ってて、真柚を受け入れてやれなかった罪悪感で協力してくれてるだけなんです。

真柚には態度を改めるようよく言い聞かせますし、南さんと彼女さんが不快に思うようなら、京太郎には今後接触させないようにします。

だから、京太郎を責めないでやって下さい。」


「りょ、亮介…!」


「亮介くん…。うーん、そっちが必死になっちゃったか…。」


頭を上げようとしない亮介に南さんは困ったように頭をポリポリ掻いた。


バン!


そして、そんな状況の中、真柚ちゃんが、泣きながら部屋に飛び込んで来た。


「芽衣子さんにひどい事を言われたぁっ!」

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