第85話 茶髪美少女は嶋崎真柚の価値観に困惑する
「お邪魔します…。」
勧められるまま、嶋崎真柚の部屋に入ると、
ベッド、机、本棚などシンプルな最低限の家具が並んでいた。
そして、ベッドの上や本棚の上などに、ゲーセンで取ったらしき、たくさんのぬいぐるみが、机の上には、嶋崎さん、京ちゃん、嶋崎真柚の三人で撮ったプリクラや、写真が飾られていた。
それらの品は、京ちゃんと親しく過ごした時間が長かった事を示している。写真の中の京ちゃんは私が今まで見たこともないような、屈託のない笑顔を浮かべていて、私の胸はズキリと痛み、思わず目を逸らしてしまった。
そんな私に、嶋崎真柚は隣に座るよう促し、自分と隣に座ると親しげに話しかけて来た。
「氷川さん、同じ高1ですよね?芽衣子さんって呼んでもいいです?」
「いい…ですよ?」
私はぎこちない笑みを浮かべて頷く。
「よかった!よかったら私の事も名前で呼んで下さい。あと、L○NE交換してもいいですか?」
「いい…ですよ?真柚…さん。」
トラ男から助けてあげる必要があるなら、
いざというとき、連絡が取れた方がいいよね。京ちゃんに対して頻繁に連絡を取られるのも嫌だし…。
私はスマホを取り出すと、L○NEのバーコードを読み込んでもらった。
そして、嶋崎真柚…真柚さんはそのままスマホをいじり、アルバムの中の一枚を表示すると、私に画像を見せて来た。
「これ。この前魁虎の誘いを断ったとき、あいつが送りつけてきたんです。」
「…!!」
下着姿の真柚さんが、嵐山魁虎と抱き合っている写真画像が写っている。
「こんな写真、何十枚も持ってるって。来なかったら、この画像をネットにアップするぞって、脅しだと思います。」
「…汚い奴ですね…!」
恋人だと思っている相手だけに気を許して見せている姿を、勝手に撮影して、脅しのネタにするなんて…。
流石に真柚さんに同情して、トラ男への怒りが込み上げて来たが…。
「芽衣子さんに相談できてよかった。
こんなの、矢口さんに見られたくなかったから…。」
「え?」
「あの時、嵐山魁虎を選んでしまった事、今でも後悔しているの。矢口さんに大事にされてる事に気付かず、間違った選択をしてしまった。やり直せるなら、やり直したい。そうしたら、矢口さんの隣にいるのは、あなたじゃなくて、私だった筈なのに…。彼だって本当はそれを望んでる筈…。」
「真柚さん、一体何を…?」
昏い瞳で語る真柚さんに、不穏なものを感じて私は問いかけた。
「芽衣子さん。矢口さんを私に譲ってくれません?」
「はあぁ?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
目の前で、とんでもない事を平然と言ってくる真柚さんを、新種の生き物を見るような目で見てしまった。
「私のこの部屋見れば分かりますよね?
矢口さんがUFOキャッチャーで取ってくれた沢山のぬいぐるみや一緒に撮ったプリクラや、矢口さんの書き込みでいっぱいの参考書で溢れているの。
矢口さんが、どれだけ私に思いをかけていてくれたか…。
あなたは何か、矢口さんからもらったものはありますか?」
「わ、私は…、UFOキャッチャーでブチブッチーのぬいぐるみを取ってもらったのと、あと、一回ご飯を奢ってもらってます。」
真柚さんの不気味な勢いに圧倒されながら、私は正直に答えた。
「ぷっ。それだけ?彼のあなたへの思いは所詮そんな程度なんですよ。諦めた方がいいですよ。」
真柚さんは嘲るような笑みを浮かべた。
「ブチブッチーなら、もう別バージョンと合わせて3個ぐらいは取ってもらってます。
なんなら、一つあげてもいいですよ?
食事だって、何回も奢ってもらってるし。
それだけ聞いても、彼はあなたの何倍も私の方に思いをかけてくれているのが分かるわ。
どう?羨ましい?」
「真柚さん…!」
「本来は私は矢口さんと結ばれるべきだったのに、あの悪魔みたいな男に騙されて、彼以上の思いを向けられているように錯覚させられてしまった…。」
「ま、真柚さん、もしかして、嵐山魁虎に京先輩より沢山奢ってもらったり、物を買ってもらったりしたから、京先輩にひどい言葉を投げつけて、絶縁したんですか…?」
私が恐る恐る聞くと、真柚さんは鋭く否定した。
「もちろん、それだけじゃないわ!私の話を聞いてくれて、私を愛している素振りを見せていたわ。人を金の亡者みたいに言わないで!」
うん。まぁ、物質的、精神的に総合的に相手からもらえるものを天秤にかけてという事か…。
いや、そうにしても…。
私にとって嶋崎真柚という女の子の価値観は理解できても、相入れないものと言うしかなかった。
「真柚さん、ごめんなさい。
私、あなたの事全く羨ましくないです。」
「え?」
真柚さんは気に入らない事を言われたように顔を歪めた。
「私が京先輩にもらったものは、物質的に言うと、そんなに多くないかもしれない。
けど、私は、たった一つのぬいぐるみでも、一回だけの食事でも、京先輩と過ごしたかけがえのない時間を思い返して、それを宝物として、思い出として、ずっと大切に愛おしむ事ができる。
それは、私にとってとても幸せな事です…。」
「……!」
「それに、私は普段から京先輩は色んなものもらっています。
彼の側にいることで見られる景色、彼の笑顔、言葉、信条、思いやり、時には寂しさ、辛さ、彼を大事に思えばこその感情も、
全部引っくるめて私の幸せを形づくっている大切なものなんです。
京先輩が私をどう思っていようとも、それは揺らぎません。
だから、京先輩に関する事で私はあなたに一歩も引きません…!」
私は、鬼のような形相でこちらを睨み付けてくる真柚さんを、真っ直ぐに睨み返した。
「真柚さん、あなたは京先輩にそんなに長い間大切にしてもらっていたのに、どうして
京先輩にひどい言葉を投げかけて傷付けて、その関係を自分から壊してしまったんですか?
大切にすべきものを、好きな人を大事に出来ないあなたは、何だかとっても辛そうで、
可哀想です。」
私がやり切れない気持ちで放った言葉は、
真柚さんを激昂させた。
「…!!!ば、バカにしないでよ!!黙って聞いてれば、綺麗事の正論ばっかり。あなたなんて大っ嫌い!!」
そして、真柚さんは泣きながら部屋を飛び出すと、皆のいる、居間の方へ駆けていった。
わ、私、やっちゃったか…?
*あとがき*
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