第84話 嵐山魁虎の身辺調査

嶋崎真柚が京ちゃんの頬にキスしている場面を目撃して、その場にいた全員が凍りついた。


「あらあら…。」

あーちゃんが苦笑いしてそう呟いた。


「こ、コラッ!真柚、京太郎に何て事をしてんだ!しかも彼女さんの前で…!」


あーちゃんの呟きに我に返った亮介さんが血相を変えて、嶋崎真柚を京ちゃんから引き離し、叱りつける。


「ごめんなさーい!襟元についた埃を取ろうとして、こけちゃって…。

わざとじゃないんです。矢口さん、彼女さん、ごめんなさい…。」


「ごめん、京太郎、彼女さん!真柚の奴が本当にすみません。」


嶋崎真柚と亮介さんは申し訳なさそうな顔で手を合わせて、京ちゃんと私に謝ってきた。


わざとじゃない…?あの時嶋崎真柚は私に

確かに邪な笑みを浮かべていたのに…。


割り切れない思いを抱えながら私は引き攣った笑顔を浮かべて、京ちゃんに確認した。


「わ、わざとじゃないなら、しょ、しょうがないですね…。京先輩、その方が嶋崎さんの妹さん、嶋崎真柚さん…ですか?」


「あ、ああ…。」


京ちゃんは、気まずそうに私に頷いた。


「私、京先輩と、同じ学校の後輩の氷川芽衣子です。今日はよろしくお願いします。」


「氷川さん。今日は真柚の為に来てくれてありがとう。よろしくお願いします。」

「氷川さん、ありがとうございます。よろしくお願いしまーす。」


私と嶋崎兄弟は挨拶をするとペコリと頭を下げた。


「め、芽衣子ちゃん、今日は、ホント来てくれてありがとう…ね。」

「い、いえ…。」


まだ、キスのショックが引ききらぬ中、私は京ちゃんとぎこちないやり取りを交わした。


「あの…、その人は?南アキさんが来られるって聞いてたんだけど…。」


京ちゃんに、遠慮がちに聞かれ、私は返答に困った。


「えっ。あ、えーと…。」


そうか。今日は、あーちゃん、男性モードだった。


隣に立つ、どっからどう見ても男性のあーちゃんと、この間のきれいなお姉さんが同一人物だなんて思わないよね。

どう説明しようかと私が言い淀んでいると、

あーちゃんが私の肩を抱いて、ニッコリ笑った。


「ああ。自己紹介が遅れてごめんね。俺、南アキの兄の南晶みなみあきらといいます。鷹月師匠の元で、キックボクシングの修行を共にして、小さい頃から芽衣子も妹のように思って仲良くしていました。

今日は、アキが急用で来れなくなったので、

同じ元ヤンで、情報も共有している俺が、代わりを務めさせてもらってよいかな?」


「ええ?あーちゃ…、何を??」


目を剥いた私にあーちゃんは口元に人差し指を立てると、ひそっと囁いた。


「(いいから、今だけそういう事にしといて?後で拗れそうだったら、すぐバラしちゃっていいからさ。)」


??あーちゃんは一体何を考えているの?


「え、ええ。同じように相談に乗ってくださるなら構いませんけど…。亮介、いい…よな?」


京ちゃんの言葉に、嶋崎兄弟は頷いた。


「ええ、俺はもう相談に乗ってもらえるだけで有り難いと思ってるので…。南さん。よろしくお願いします。」

「南さん。よろしくお願いします。」


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


「昔の知り合いや、キックボクシングの関係者に、嵐山の身辺を探ってもらったんだが…。」


嶋崎兄弟の家に通してもらうと、あーちゃんはトラ男=嵐山魁斗に関する資料を机の上に

広げ、京ちゃん、嶋崎兄弟の見え易い向きに置いた。


「嵐山魁虎(17)衆議院議員の嵐山涼成あらしやまりょうせい(52)の三男で、長男、次男は幼稚園から大学までエスカレーター式の有名私立校に通い、卒業後、父親の仕事を手伝っている。魁虎も、小学3年まで兄達と同じ学校に通っていたが、勉強についていけず、問題行動も起こした為、退学になり、公立小学校に転校。その時から、使用人と共に別宅に移り住み、両親とは疎遠になっている。事実上の勘当のような状況だな。

私立の高校に在籍しているが、現在ほとんど登校はしていない。


幼稚園からキックボクシングを続けており、大会で何度も優勝する程の腕前だったが、

高1の春、トレーナーと意見が合わず、ジムを退会。

それからは、同じようにジムを辞めた仲間を中心に、不良集団として街にたむろし、カツアゲ、万引き、暴力などの犯罪行為に明け暮れている…。」


あーちゃんから語られるトラ男の生い立ちや、今までの出来事を皆真剣な表情で聞いていた。


有名私立校をドロップアウトして、両親から見限られてしまったような状況になったのは、多少同情できる点もあるかもしれない。


でも、だからといって、他の人を傷付けていい理由にはならない。


小学校時代、京ちゃんや、私に暴力を振るった事、そして、その後も人に乱暴な言動や犯罪行為を行った事は決して許せる事ではないと私は思った。


「そして、去年の秋から、真柚さんに接触があったという事でいいかな…?」


「は、はい…。」

嶋崎真柚は、青褪めながら肯定し、時折言い辛そうにしながら魁虎との間にあった事を

話し出した。


「去年の9月中旬位に、ゲーセンで、男達に連れ去られそうになった時に、嵐山魁虎に

助けてもらい、連絡先をもらいました。

その時は、誠実な対応で悪い人ではないと思いました。


それから…、寂しくてどうしようもないとき、魁虎に連絡を取るようになり、何度か外で会いました。


か、魁虎の…家にも行くようになりましたが、体の関係までは持ちませんでした。けど、その時写真を撮られていたようで…。」


京ちゃんと亮介さんは嶋崎真柚から語られる事実を辛そうな表情で聞いている。


「矢口さんにひどい事を言ってしまって、疎遠になってから、魁虎の態度が、変わり、最初に私を連れ去ろうとした男達が、奴の仲間であることが分かりました。

全部仕組まれた事だったんです。

受験に専念したいという理由で、別れを告げると、向こうは素直に引き下がりました。

それで、縁が切れたと思っていたのですが、

高校入学後、再び魁虎が現れて、私の下着姿の写真をネタに脅して、復縁を迫ってきました。

私は断れませんでした。それで、今は通っている高校の生徒を引っ張って来て、カツアゲに協力しろと言われています。


それは流石に拒否していますが、写真をネタに強要されたら、それもどこまで抵抗できるか…。


どうしていいか分からず困っていたところ、

この間矢口さんに偶然会えて、思わずメールで相談してしまったんです。

矢口さん、別れ際にあんなひどい事を言ってしまった私に親身になって相談に乗ってくれて…。本当に優しい人ですね。いつも一緒にいられる氷川さんが羨ましいぐらいです。」


?!


嶋崎真柚は京ちゃんに熱っぽい視線を向けてきた。


むぅっ!京ちゃんをそんな誘惑するように見ないで欲しい。さっきのキス事件といい、嶋崎真柚の言動が気になって仕方なかった。


「えっ、いや、そんな大した事してないって。俺は受けた相談をそのまま、芽衣子ちゃんや、南さんに相談しただけし…。」


京ちゃんはそんな嶋崎真柚に戸惑ったように、私とあーちゃんを手で指し示した。


「はい。お二人もちろん感謝しています。」


嶋崎真柚は私とあーちゃんに向かってにっこりと笑ったが、京ちゃんに向ける笑顔よりはあっさりしたものだった。


まぁ、嶋崎真柚の話は京ちゃんの話や、あーちゃんから語られた事実と照らし合わせても、話の整合性がとれているし、

特に嘘を言っている様子はない。


京ちゃんを傷付けた事は許せないけど、

嵐山魁虎に謀られた、同情すべき被害者である事は間違いない。


それにも関わらず、私は嶋崎真柚から何か得体の知れない危うい雰囲気を感じていた。

とにかく、彼女に対して油断はしないように

しておこうと、心に決め、その様子を警戒しながら見張ることにした。


あーちゃんは、話を続けた。


「まぁ。真柚さんの状況は分かった。うちも芽衣子にちょっかいかけられてるし、全くの無関係という訳じゃない。

できる限りの事はするつもりだよ。


ただ、嵐山魁虎を警察に訴えたところで、国会議員の親が圧力をかけてもみ消そうとするだろう。今までも、過去の暴力事件を何度かもみ消したような形跡が見られる。


嵐山魁虎の不良グループはそんなに大きいものじゃないし、昔の仲間に頼めば、叩くのは、難しくない。


真柚さんの画像を取り返すには、嵐山自身と接触して、こちらの要求を飲まざるを得ないような状況に追い込む必要があるな…。」


うーん。殴り込みに行って、トラ男をふん縛って逆さ吊りにして、命が惜しければ、画像を全部消せって脅すとか…?

一緒に、京ちゃんと私の今までの恨みも晴らしたい…!


私は右足をウズウズと動かすと、あーちゃんにいきなり、怒られた。


「こら、芽衣子っ!今、自分が殴り込みに行こうと考えたろ?」


「へっ。な、何で分かったの?」


私が言い当てられてキョトンとしていると、


「何年一緒に修業したと思ってんだ。芽衣子の考えてる事は右足の動きで全部分かるんだよ。」


あーちゃんは腰に手を当てて、怒っていた。


「キックボクシングを多少かじってはいるけど、芽衣子は女の子だし、嵐山魁虎のように大会で優勝するような強い相手には到底敵わないんだから、無茶な事するのはやめなさい!荒事は知り合いのヤンチャな奴らにでも任せときな!」


「は、はい…。分かりました…。」


強い口調で言われ、私は了承せざるを得な

かった。


京ちゃんを今でも傷付け続けるトラ男を、自分の手で、やっつけてやりたいと逸る気持ちを無理矢理に押さえ付けた。


ううっ。残念…!


「京太郎くんも、芽衣子が無茶しないかよく見ててやってね。」


「えっ。は、はいっ。」


「♡!」


え?京ちゃんが見ててくれるの?と期待を込めて遠慮がちにそちらを見ると、京ちゃんは気まずそうに私から視線を逸らした。


あれ?何で…?


一瞬浮き上がりかけた心が地に落ちてしまった。


なんだか、さっきから京ちゃんとはぎくしゃくし続けている。



「それに、芽衣子には別の役割があるから。真柚さん、もし、俺達に話しにくい事があったら、芽衣子に何でも言って?女の子同士の方が話しやすい事もあるだろ?」


あーちゃんからそう言われ、嶋崎真柚が、正面から私を見た。

一瞬、挑むような強い視線を送られたが、すぐに嶋崎真柚はニコッと笑顔を浮かべた。


「そう…ですね。私、ちょうど画像の内容について氷川さんに相談したい事があります。氷川さん。私の部屋で、少しお話いいですか?」


「い、いい…ですよ?もちろん。」


正直あまり気は進まないけど、京ちゃんの為だ。自分の役割を果たそう。

私は作り笑いを浮かべて、急にフレンドリーになった、嶋崎真柚と一緒に席を立った。


去り際に、もう一度京ちゃんの方を見たけど、やっぱり目が合わなかった。しゅん…。

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