第80話 嶋崎真柚 嵐山魁虎との出会い
ウィーン…、ポスン!
クレーンの爪は、タグにうまく引っ掛かり、目当てのぬいぐるみを獲得口に放り込んでくれた。
「やったぁ!!」
私は自分の力でとった“よつばん”ハロウィンバージョンをギュッと抱きしめた。
私はその日、お兄ちゃんにお友達と図書館に勉強に行くと嘘をついて、ゲーセンに来ていた。
この前ゲーセンに行ったときに、お兄ちゃんと矢口さんにせっかくぬいぐるみのとり方を教わっていたのに、いきなり、不良みたいな人が現れたせいで、途中で切り上げなきゃいけなかった上、お兄ちゃんからしばらくゲーセン禁止を言い渡されてしまった。
あの嵐山魁虎とかいう不良ホント、迷惑!
明るい時間に少し行くだけなら、心配ないだろうに、お兄ちゃんも過保護なんだから。
今日は矢口さんが勉強を見に来てくれる日。
こっそりゲーセンで、取ってきたぬいぐるみを見せたら驚くかなと思い、チャレンジしていたら、5回目ぐらいで取ることができた。
嬉しい。矢口さんは大好きだったお父さんに似て、優しい人。
矢口さんが勉強を褒めてくれると、ふわぁっと嬉しくなって、もっと頑張ろうという気持ちになれた。会えない日は、矢口さんの
事ばかり考えていた。
私は矢口さんに恋をしているんだろうと思う。
付き合いたいとか、そんな大それた望みはないんだけど、時々一緒に時間を過ごして、頑張りを褒めてくれたらそれだけで満足だった。
このぬいぐるみとったのも、矢口さんに教えてもらった技を使ったんだよね。
褒めてくれるかな…?
私は、小さなぬいぐるみを抱えてゲーセンを出たところで、青いモヒカン髪の男と派手なシャツを着た男に声をかけられた。
「君、可愛いね?俺達とちょっと遊ばない?」
「い、いえ、結構です!」
見るからに何やらヤバそうな人達に声をかけられ、私は青くなって、断った。
「まぁ、そう言わずに…。ちょっとだけでいいからさ。」
「!!や、やめて!!」
目の前の通りは、丁度人通りが途絶えたところらしく助けを求められる人は誰もいなかった。
嘘でしょ…!まだ明るい内からこんな事があるなんて…。嫌だ…!矢口さん…!お兄ちゃん助けて!!
男達に腕を捕まれ、近くの路地裏に引き摺り込まれそうになった時、ガタイのいい、金髪の男が目の前に現れた。
この人は…!!
以前ゲーセンで会った不良の人だった。
矢口さんとお兄ちゃんが嫌っていた、確か嵐山魁虎という人…!!
最悪だ…。この人の一派に捕まるなんて…。
一瞬絶望しかけたけど、金髪の男=嵐山魁虎は私を拘束している男達に怒鳴り声を上げた。
「おい。お前ら、何してんだっ!?その子嫌がってんだろ?」
「あぁ?何だぁ、お前は?」
「今、いいとこなんだから、邪魔すんじゃねぇよ!」
「はい、そうですかと見過ごすワケにはいかねーなっ。」
「ぐはっ…!」
「げふぅっ…!」
そう言うなり、いきり立つ男達の腹と顔面に蹴りと拳をめり込ませた。
「死にたくなかったら失せろ!!」
「ひいぃっ…!」
「お、覚えてろよぉっ…。」
私を襲おうとした男達は、ほうほうの
「大丈夫か…?」
ホッとしてその場にへたり込んでしまった私に嵐山魁虎は心配そうに手を差し伸べてきた。
思わず、手を伸ばしかけて、慌てて引っ込め、勢いよく立ち上がる。
「あ、ありがとうございます…。大丈夫です。」
助けてもらったけど、この人だって信用できるワケじゃない。
矢口さんやお兄ちゃんをいじめたひどい人だもの。
「ハハッ。随分警戒されてるなー。まぁ、君のお兄ちゃんや矢口にした事を思えば当然か…。」
嵐山魁虎は苦笑いをしながら、頭を掻いた。
「でもさ、本当に大丈夫?膝、笑ってるけど…。」
「!!」
指摘されて、私は自分の足が震えていることに気付いた。
「もしよかったらだけど、震えが止まるまで、そこのカフェで少し休憩したらどうかな?」
嵐山魁虎が指を差した方を見てみると、すぐ近くにガラス張りのオシャレな雰囲気のカフェがあった。
「い、いえっ!結構です!!」
私は嵐山魁虎の誘いをすぐに断った。
「いや、別に下心はないよ。ただ、辛そうだから親切で言っただけなんだけど。そもそもあんな全面ガラス張りのカフェで、悪いことなんて出来っこないし…。」
ま、まぁ、確かにそうかもしれないけど…。
お兄ちゃんと矢口さんの事を思うと、この人に世話になるわけには…。
逡巡する私に、嵐山魁虎は別の提案をしてきた。
「強情だなぁ。ああいう事もあったし、このまま君を放っておくのもなぁ…。じゃあ、お兄ちゃんか矢口にここに迎えに来てもらおうか?自分で連絡できる?」
「そ、それは、ちょっと…。」
今日、私はお兄ちゃんに嘘をついて、ゲーセンに来てしまっている。その上、男に連れ去られそうになったなんて言ったら、お兄ちゃんと矢口さんにどんなに怒られ、心配をかけるか…。特に、矢口さんには軽率な子と幻滅されたくなかった。
「わ、分かりました…。あのカフェで少し休ませて下さい…。」
「了解!」
嵐山魁虎はニッコリ笑うと、震えている私を紳士的に支えながら、カフェまでの道のりをゆっくり歩いてくれた。
*
*
*
「真柚さん、シュークリーム好きなんだね。」
「!!」
思わず、ケーキセットのシュークリームを美味しそうに味わっているところを見られ、敵に弱点を知られたかのように私は肩をビクつかせた。
「そんなにビクビクしないでよ。君のお兄ちゃん、亮介と矢口には悪いことをしたと思っているんだ。」
「……。」
「中学の時は、俺も他の奴に隙を見せたら、終わりだみたいな妙に突っ張って、悪ぶってるところがあってさ、意見の合わない京太郎と亮介とはよくぶつかっていたよ。
今思えば子供だったと思うよ。出来るなら、
謝って仲良くしたいと思う…。」
そう言い、俯く嵐山魁虎からは、お兄ちゃんや矢口さんから聞くような、乱暴で傍若無人な雰囲気は感じられなかった。
確かに中学の時、矢口さんやお兄ちゃんも別の意味で荒れて(厨二病になって)いたし、男の人にはそういう時期があるのかもしれないな…。
私は何となく納得してしまった。
「特に京太郎とは幼馴染みをめぐって、複雑なものがあってさ。」
「幼馴染み…?」
「うん。小学校の頃、京太郎には『めーこ』っていう相思相愛の幼馴染みの女の子がいてさ。俺はそれに横恋慕して突っかかっていってたんだよ。」
矢口さんに相思相愛の幼馴染みが…!
私は動揺して、紅茶のスプーンをカップにぶつけ、カチャンと音をさせた。
「そ、その子、どんな子なんですか?」
「うん、そうだな…。大人しくて、真面目で、優しい…、君みたいな感じの子。」
…!!
更に動揺する私に嵐山魁虎はニッコリと笑った。
「その子、一年足らずで転校してしまって、今はもう交流はないみたいだけどね。
君が、亮介と京太郎と一緒にゲーセンにいるのを見かけて、めーこに似て、可愛い子だなと思って、すごく驚いたよ。
俺と京太郎の女の子の好み、本当に一緒だなと思って…。」
!!
嵐山魁虎に、熱っぽい視線を向けられ、私は驚いて立ち上がった。
「下心はないって言ったじゃないですか!
私、帰ります!!」
「ごめん。言うつもりはなかったんだけど、君を見てたらつい…。」
嵐山魁虎は頬を赤らめ咳払いをすると、言い訳をするように、言った。
「いや、真柚さんが京太郎といて、幸せになれるならそれでいいんだ。ただ、今日みたいな事があったときに、あいつに君をきちんと守る意志があるのかと思ってしまって…。」
「え?」
「あいつが、幼馴染みの影を君に見ているだけで、君自身をちゃんと大事に思っていないなら、俺はもう、京太郎に対して遠慮はしない。」
「私自身を大事に…。」
「うん。それを確かめるいい方法があるよ。あいつに何か欲しいものを沢山ねだってごらん?」
「え!そんな事できません!図々しい奴と嫌われちゃいますよ。」
私は驚いて大声を上げてしまった。
「その人が大事であれば大事であるほど、高価なものをあげるのは当然のこと。俺なら、ねだられて喜びこそすれ、嫌いになったりしないよ。京太郎はそんな事すらできないのかな?」
「…っ!」
「もし、君が、京太郎と一緒にいて大事にされていると幸せになれるのなら、俺はもう何も言わない。
でも、そうでなくて、俺に話を聞いて欲しい時がもしあるなら、連絡をくれれば、すぐに飛んでいくよ。」
嵐山魁虎は私に連絡先のメモを差し出してきた。
蛇に唆されて禁断の果実を口にしたイブのような背徳感と罪悪感を感じながらも、私はそのメモを受け取ってしまった。
嵐山に魁虎と別れた後、気付けば、矢口さんが来てくれる予定の時間を越えてしまっていた。
私は慌てて自宅に戻り、そーっとドアを開け、中の様子を伺うと、居間からお兄ちゃんの声が聞こえてきた。
「真柚はお前に惚れてる。トラ男の件もあるし、お前が彼氏として真柚をを守って支えてくれたら、俺、すごい安心だ。」
!!!
お兄ちゃん、一体何を…!?
私はドキドキしながら、お兄ちゃんと矢口さんの会話に聞き耳を立てていた。
「ちょ、ちょっと待てって!真柚ちゃんが俺に惚れてるって、そんなワケないだろ?
真柚ちゃんは、俺に亡くなったお父さんを重ねて、懐いてくれてるだけで、恋愛的な感情はないよ。」
「最初は俺もそう思ってたんだが、最近の真柚の様子はどう見ても…。」
「それに、俺にとっても真柚ちゃんは妹みたいな存在だから!
真柚ちゃん綺麗になったし、これから、ふさわしい彼氏が出来るだろうよ。俺に出来るのはそれまで亮介と一緒に真柚ちゃんを守る手助けをすることぐらいだよ。」
!!!
妹みたいな存在…。
彼氏ができるまで、私を守る手助けをするだけ…。
矢口さんの言葉に頭を殴られたようなショックを受けた。
「そ、そうか…。まぁ、お前、女性不信って言ってたもんな。変な事言って京太郎、ごめん。いつも、俺真柚の事でお前に頼り過ぎだよな。」
「いや。それは気にしなくていいんだけどさ…。」
「そ、それにしても、真柚の奴、本当に遅いな。ちょっと心配だから、電話してみっかな…。」
!!いけない!立ち聞きしていたのがバレちゃう。
私はお兄ちゃんがスマホで電話をかける前に急いで玄関に戻りもう一度音を立ててドアを開け、今帰って来たフリをすると、居間に駆け込んで、矢口さんに遅れた事を謝った。
*
*
「うん。正解!間違えやすい問題をよく解けたね。」
問題を採点した矢口さんはニッコリ優しい笑顔を向けた。
矢口さんは、問題集の中から私が苦手でよく間違える問題を付箋でピックアップしてくれていた。
「ここでちょっと、休憩して、おやつでも食べようか。」
「わ、わあぃっ。」
矢口さんがお土産に買ってきてくれたバーバママのシュークリームを出してくれたが、
嵐山魁虎にお茶とシュークリームを奢られた事を思い出してしまい、
私は引き攣った笑いを浮かべた。
まぁ、シュークリーム自体は一日に何個食べても美味しいからいいんだけど…。
再び、甘いシュークリームにぱくつきながら、私は矢口さんに質問した。
「矢口さん、どうして、私にいつもこんなによくしてくれるんですか?」
「え?」
「お兄ちゃんに頼まれたからって、コンビニ弁当一つで私の勉強を丁寧に見てくれるし、お土産まで買ってきてくれるし、なんでここまでしてくれるんですか?」
「うーん、真柚ちゃんは、
!!
「幼馴染み…?」
できるだけ、動揺を悟られないように聞き返した。
「うん。小4のとき、一つ下の女の子と仲がよかったんだ。一年足らずで転校してもう今は疎遠になっちゃったけどね。」
「ど、どんな子だったんですか?」
「うん…。大人しくて、ちょっと不器用で優しくて…、最初に会ったときの真柚ちゃんみたいに、前髪が長い子だった。」
!!
「その子に俺、もっとしてやれた事があったのに、その時はできなくてね。だから、真柚ちゃんには、その子にしてやれなかった事をしてあげられたらと思ったんだ。」
「そ、そうだったんですね…。」
「それに、今や俺にとっても、真柚ちゃんは妹みたいな存在で、どんどんいい方に変わっていくのを見守るのも楽しいしね。
半ば自己満足みたいなところもあるから、気にしなくていいんだよ。」
「そ、そうなんだぁ。有り難いなぁ。矢口さんに見守ってもらえるなら、私、頑張っちゃおう!」
幼馴染みの代わり…。
妹みたいな存在…。
無理に浮かべた笑顔とは裏腹に、その時、甘い筈のシュークリームをやけに苦く感じたのを覚えている。
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