第78話 嶋崎真柚 ひきこもり脱出計画

「うん。今週のノルマはやり終えたね。これで、数学の遅れはほぼなくなったんじゃないかな。よく頑張ったね。真柚ちゃん。」


「はい。矢口さん。」


俺が労をねぎらうと、真柚ちゃんは照れたように笑顔を浮かべた。


あれから、俺は亮介の頼みを受けて、夏休みの間だけという約束で、週3で妹の真柚ちゃんの家庭教師をすることになった。


初めは、悲鳴を上げてすぐ逃げてしまうような子にどうやって勉強を教えたらいいかと悩んでいた俺だが、次に再会したときにその心配は消し飛んだ。


ほんの少し前髪が短くなった真柚ちゃんは意外にも俺を先生として、普通に受け入れてくれ、逃げずに受け答えしてくれた。


不登校とは言っても、課題などは随時提出していたそうで、去年お父さんが亡くなった後、ショックで数ヶ月何も手につかなかったときの遅れを取り戻せれば、ほぼ、勉強面での問題はないものと思われた。


夏休みまでは俺が教えて遅れを取り戻せれば、根が真面目な真柚ちゃんのこと、あとは通信教育とかで受験対策すれば、たとえ内申が低かったとしても、亮介の行っている通信制の高校には充分行けるのではないかと俺が伝えると、彼女に思いがけず、強い口調でハッキリ断られてしまった。


「いえ!私、全日制の高校に進学したいんです。矢口さんが行ってるみたいな…。」


「え!そうなの?でも、俺の高校…。」


真柚ちゃんに言い辛いが、うちの高校そこそこ偏差値高いし、結構内申重視なんだよな…。内申が期待できなかった場合、それこそ、テストで満点でも取らない限り、厳しいかもしれん。


「分かってます。今からじゃ、矢口さんの高校は難しいのは…。でも、そこまでいかなくても、公立のできる限り高いところに行きたいと思うんです。」


「ああ、真柚ちゃんの今の学力なら、充分狙えるんじゃない?もちろん、お母さん、亮介、学校の先生に相談して、大丈夫って事ならだけど。でも、その場合でも内申は…。」


不登校のままでは、内申は期待できないだろうし、どの道、全日制なら入学してから、毎日登校しなければならないのだ。

真柚ちゃんの今の状況だと…。


俺は渋い顔をしたが、真柚ちゃんは、そんな事は分かっていると言わんばかりに大きく頷いた。


「はい。不登校のままじゃ、難しいですよね?だから私、学校に行ってみようと思います。」


「え?ほ、ホントに?」


「ハ、ハイ…。」


彼女はプルプル震えながら、返事をした。


やはり、学校に行く事を考えると怖いらしい。でも、勇気を出して学校へ行く決意をした彼女を偉いと思った。


「そ、そうか…。亮介とお母さんが聞いたら、泣いて喜びそうだな…。」


かくいう俺もちょっとうるっときちゃってる。


「なんか、俺に出来ることあったら、言ってね?」


「あっ。じゃ、じゃあ…!学校へ行く前に

外へ出る練習として、行きたいところがあるんですが…!」


真柚ちゃんは顔を紅潮させて、行きたい場所を俺に知らせてきた。


         *

         *

         *


「お兄ちゃん。矢口さん。もっと、寄って寄って!それと、笑顔!」

「お、おう。なんかこういうのちょっと恥ずいな。」

「た、確かに…。」


プリクラ機の前で、亮介と俺は、真ん中の真柚ちゃんに寄り添い、ぎこちなく笑顔を浮かべた。

カシャッ。


「やったー!プリクラ撮れた〜!」


真柚ちゃんは、プリクラ機から出て来た写真を見て嬉しそうに笑った。


「いつか撮ってみたいと思ってたんだ〜!

はいっ。お兄ちゃんと矢口さんの分!」


ハサミで切り分けた小さな写真を俺達に分けてくれた。


「お、サンキュ。」

「ありがとう。」


「次は何にチャレンジしようかな〜?」


生き生きとした笑顔で周りをキョロキョロする真柚ちゃんを亮介も俺も、目を細めて見守り、多分同じことを思っていた。


ここ=ゲーセンに連れてきてよかったと…。


真柚ちゃんの行きたいところがゲーセンだった事に俺は少し驚いた。真柚ちゃんは、

もっと静かで落ち着いた雰囲気のスポットの方が好みだと思っていたから。


何でも、俺や亮介がいつもゲーセンに行ったことを楽しそうに話しているのを聞いて、

以前から行ってみたいと思っていたらしい。


亮介に相談したところ、学校へ行きたいという件も含めてえらく驚かれ、そして案の定、「あの真柚が自分から外へ出たいと言うなんて…!」と涙ぐんでいた。(俺もちょっち、もらい泣きしちゃった。ぐすん。)


そして、善は急げと次の日、亮介のバイトのシフトの入ってない時間帯に3人で家の近くのゲーセンに行く事にした。


暫く家から外へ出た事がなかった真柚ちゃんは、玄関から外へ出るのが怖くてなかなか足を踏み出せず、そこで数十分経過した。


今日はもうやめておくかと亮介が真柚ちゃんに聞くと、真柚ちゃんはブンブンと首を横に振り、入口のところだけ担いで運んでくれと

俺達に頼んできた。

最終的には、俺と亮介で、まるで捕獲した宇宙人を運ぶようなやり方で、

真柚ちゃんを右と左から両脇から抱えて、入口から、数十メートルの場所まで移動した。


運ばれている間真柚ちゃんは、怖さのあまり、ギュッと両目を閉じて涙を流していた。


近所の人が見たら通報されかねない絵面だったが、幸い誰に見られることなく、難所を切り抜けた後は、真柚ちゃんも普通に自分の足で歩け、徒歩5分の距離にあるゲームセンターまで辿り着くことができた。


「真柚、楽しそうだ。京太郎ありがとな。」

「なんで。俺は何もやってないよ。」

「いや、お前が勉強教えるようになって真柚は変わったよ。前から思っていたんだけど、なんか、お前ってどことなく…。」


「ねぇねぇ。お兄ちゃん。ぬいぐるみキャッチャー得意?」


会話の途中で、真柚ちゃんがはしゃいだ様子で話しかけてきた。


「得意じゃないけど、なんか、欲しいのあんのか?」


「“よつばん“っていう、幸福をモチーフにした羊のキャラの小さなマスコットがあったの。これ持ってたら、学校でうまくやれそうな気がする…。」


「取ってくれたら嬉しいな…?」


真柚ちゃん、スキル:『妹の上目遣い』を発動。

亮介に5000のダメージ。

俺にも2000のもらいダメージ。


「よっしゃ。任しとけ!京太郎も一緒に頑張ろう!」

「え?俺も?」


何故か俺まで巻き込まれた…。

        

         *

         *

 

「亮介もうちょっと右ー!」

「こ、こうか…?」

「それ左だって!」


「あっ。京太郎、もう少しで取れそう…あぁっ。すべったぁ!惜しい!!」


「お兄ちゃん、矢口さん、頑張って〜!!」


俺も亮介もぬいぐるみキャッチャーなんて、

やり慣れていなくて、わあわあ言いながら、何度も失敗し、結局小さなマスコット人形をとるのに、3000円も費やす事になった。


正直買ったほうが絶対に安くすんだだろうとは思った。


でも、帰り道、バックにつけた羊のマスコットを手で弄りながら、ホクホク笑顔になっている真柚ちゃんを見ていたら、それが無駄なことだったとは、俺にも亮介にもどうしても思えなかった。


その翌日、頑張り過ぎた反動なのか、亮介から真柚ちゃんが熱を出したと聞いたときは、随分心配したが、数日後回復し、登校日には、無事学校へ行くことができた。


俺と亮介は、子供のはじめてのおつかいを見守る保護者のように、ソワソワしながら、登下校に付き添い、見守った。


校門の前で心配顔で待っていた亮介と俺に真柚ちゃんはドヤ顔で、ピースサインを見せてくれた。


「エヘヘ。いじめっ子男子に『ざまぁ』やっちゃいました!今まで『キモイ』とか『トイレの花子さん』とか言ってきたり、嫌がらせをしてきたりした男子共、私が髪を切ってイメチェンしたら、こぞって頬染めて話しかけて来たんで、氷のような視線で『キモっ。この豚共、一昨日来やがれ。』って言ってやりました。」


「す、すげー!真柚ちゃん…。」


数日前に長い前髪を切り、長い髪の一部をみつ編みにアレンジした彼女は、見違えるように綺麗になり、清楚系美少女へと変身していた。

外見が変わった事で、心境に変化があったのか、いじめっ子を罵倒して撃退できるくらい

に内面も強くなったようだ。


「ううっ。真柚。こんなに強くなって…。」


最近すっかり涙腺の緩くなった亮介は、真柚ちゃんの成長にまた涙ぐんでいた。


その後、元々真柚ちゃんに勉強を教えるのは、夏休み中のみという約束だった為、俺がいなくても今後は受験に向けてこういう勉強の仕方をしていくといいよという提案をしようとすると、真柚ちゃんから、強い反発を受けた。


「嫌です!新学期入ってからも、矢口さんに教えてもらわないと、私、やっていけません…!!」


「ええ?そうは言われても、始めからそういう約束だし、新学期始まってからだと、俺も学校あるしなぁ…。

今まで通り勉強していけば、真柚ちゃんは、充分一人でもやっていけるよ。分からないところがあったら、電話ででも…。」

「そんな事ないです!私、一人でできるほど、強くありません。

矢口さんは、ちょっと頼りないけど、優しくて、面白くて、大好きだったお父さんに少し似ています。

京先輩に勉強を見てもらってるとき、お父さんに見守られているような気がして、それで

今まで頑張れたんです。

せめて、週一でもいいから、私の様子を見に来て下さい。お願いします!!」


真柚ちゃんは必死な表情で頭を下げてきた。


「真柚ちゃん…。」


結局根負けして、学校入ってからも休日だけ真柚ちゃんの様子を見ることになった。


…といっても、勉強面では真柚ちゃんはほとんど問題なく、俺が立てた計画通りにノルマをこなしており、どうしても分からない問題を2、3問解説するぐらいだった。

どちらかというと、勉強を頑張ったご褒美として、気分転換にゲーセンに付き合う要員として、かり出されることが多かった。


亮介が行けるときは三人で、亮介がバイトや課題で行けないときは俺と真柚ちゃんの二人で何度もゲーセンに足を運んだ。


俺も亮介も、プリクラにも大分慣れ、UFOキャッチャーの腕も格段に向上して、見ただけでどの台が取りやすいかまで分かるようになってきた。


ある日、いつものように亮介と俺と真柚ちゃんのゲーセンに遊びに行き、

真柚ちゃんが自分もUFOキャッチャーに

チャレンジしてみたいと言うので、俺と亮介が台の後ろから真柚ちゃんにレクチャーしていると、後ろから、野太い声をかけられた。


「あれっ?京太郎に亮介じゃねーか?」


後ろを振り向くと、中学の卒業と同時に縁を切って、二度と会いたくないと思っていた奴がニヤニヤ笑いを浮かべて立っていた。


「随分可愛い子連れてんじゃん。遊ぶんなら俺も混ぜてよ。」


金髪に胸元まではだけた派手なシャツを着たチャラそうなその男は、

嵐山魁虎=俺、幼馴染、友達を何度も苦しめたいじめっ子=『トラ男』だった。




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