第77話 嘘コク5人目 嶋崎真柚
「いらっしゃいませ。お弁当は、温めますか…?あれ?京太郎?」
夏休みも近いある日。昼休みに近くのコンビニでお弁当を買おうとしたところ、レジの向こうに、コンビニの制服姿の懐かしい顔に出会った。
中学の時の同級生、嶋崎亮介だった。
「亮介…か?」
同じく陰キャで、どちらかというといじめられっ子だった嶋崎亮介と俺は、お互いの家を行き来し、ギャルゲーを貸し借りし、お気に入りのキャラとのデートを夢見がちに話し合ったり、自作のデスノートを見せあったり、共に厨二病の黒歴史を背負った仲だったが、中学の卒業式以来会っていなかった。
亮介の家は、中学3年の春に亮介のお父さんが過労死してから、経済的に厳しくなり、亮介は働きながら、通信制の高校に通うことを
選んだ。亮介が何か言ったワケじゃなかったが、俺は同じ母子家庭ながら、公立のちょい偏差値高めの高校に通うことになった事に多少の後ろめたさを感じてしまい、なんとなく距離が離れてしまっていた。
そして、今、久々の再会に何を言えばいいかと迷う、俺の気まずさを亮介の人懐っこい笑顔が吹き飛ばした。
「マジで京太郎か?元気だったかぁ?
あっ。俺、もうすぐ昼休憩だからさ。もしよかったら、ちょっと話さない?」
「え。あ、ああ、いい…けど…。」
俺は戸惑いながらもOKし、コンビニのイートインスペースでお互いの近況を話し合った。
「ひでぇ…。普通の高校って憧れてたけど、そんなに嘘コクされる場所だったのか。京太郎も苦労してんだなぁ。」
俺が高校入ってから4回も嘘コクの噂がたてられたことを話すと、いつもポヤッとしている亮介もさすがに青褪めてドン引きしていた。
いや、俺が不運なだけで、普通の男子高校生はそんなに嘘コクされないと思うけどな?
亮介に偏見を植え付けてしまったようで俺はちょっと申し訳ない気持ちになった。
「亮介は、学校生活充実してるみたいだな。」
「うん。一週間に一回しか登校はないけど、
色んな環境の人がいて、刺激になるよ。俺みたいに働きながら通ってる奴も少なくないしな。コンビニのバイトもやっと慣れてきたし、生活は落ち着いてきたかな…。」
亮介から学校でできた友達の事など楽しそうに話しているのを聞き、俺はホッとすると同時に、少し羨ましい気持ちにもなった。
中学校を卒業してからの同じ時間が過ぎたのに、家族を支え、しっかり自分の道も歩んでる亮介は、童顔にも関わらず、俺よりはるかに大人びて見えた。
「ただ、心配事は妹の事だけかな?あいつ今不登校になっちゃっててさ。」
「真柚ちゃんが?」
聞き返したものの、妹の真柚ちゃんとは俺はほとんど面識がない。
亮介から話を聞いて名前こそ知っているものの、真柚ちゃんは極度の人見知りらしく、
俺が亮介の家に遊びに行ったときは自分の部屋に閉じこもって、一度も会ったことがないのだ。
「ああ。前からクラスで浮いてるとか、友達に嫌がらせをされたとか言ってて、登校を渋る事はあったんだけど、親父が急に亡くなったことが相当堪えたらしくって…。
あいつ、お父さん子だったから、すごい落ち込んじゃって、学校に行く気力もなくなっちゃったみたいなんだよな…。」
「そ、そうか…。無理もないよな…。」
「どうにかしてやりたいと思いつつ、俺も母さんも、仕事やら学校やらでいっぱいいっぱいになっちゃって、なかなか真柚に構ってやれなくてな…。もう3年だし、受験もあるし、なんとか勉強だけでも、遅れないようにしてやりたいんだけど…。」
…と、言葉を切ったところで、亮介は何かに気付いたように、目を瞬かせると、俺の顔をマジマジと見た。
「そうだ、京太郎…!真柚に勉強教えてやってくれないか?」
「はぁ?亮介。何言ってんだよ?無理だって!俺人に教える程頭良くないし…。」
思わぬ頼み事をされ、俺は仰天して断ったが、亮介は必死にに頭を下げてきた。
「中学の基本的な学習内容を教えてくれるだけでいいんだ。頼む…!俺にはお前しか頼める奴がいないんだよ。」
「いやいや、無理だって!だいたい、俺真柚ちゃんとは一回も会った事ないんだぜ?向こうが嫌がるだろ?物理的にも勉強教えるなんて不可能だよ。」
部屋に引きこもっていて、俺にとってはもはや幻の存在である亮介の妹に、どうやって接触をはかり、勉強を教えろというのか?
「うっ。あいつ超ド級の人見知りだからな…。そ、それは、こっちでなんとかする。
取り敢えず、打ち合わせしたいから今日、俺の家に来てくれないか?」
「ええ〜。」
「コンビニ弁当奢るからさ、なぁ、頼むよ、京太郎!」
なんか、前にもこーゆーパターンあったような…。嫌な予感しかしない。
渋りながらも、その後嶋崎の家に行くことをOKしてしまったのは、中学からの付き合いの亮介の必死の頼みを無碍にするのが忍びなかったからと、どうせ、妹の真柚ちゃんには避けられて会えないで終わるだろうし、やっぱり勉強教えるのは無理だったねという結論に至るだろうと思ったからであった。
それと…。
嘘コクの噂で高校の人間関係には気を張っていた俺が、それ以外の知り合いに会って少し気が緩んでしまったというのもあったかもしれない。
けれど、それは大きな間違いだった。
高校の知り合いであれ、中学の知り合いであれ、所詮俺は俺であり、不用意に女の子と関わることでお互いに不幸になる可能性があることにもっと早く気付くべきだったのだ。
胸に刺さる彼女の言葉ー。
『京ちゃんは私のヒーローでした。これからも、ずっと、そうだよ!!』
涙をボロボロ零しながら笑顔で俺にそう言ってくれた茶髪の少女は、どこまでも純粋で綺麗だった。
すごく嬉しかった。
救われたような気持ちになった。
でも反面罪悪感で胸がズキズキと痛んだ。
違うんだよ。本当は俺、ヒーローなんかじゃないんだ。ヒーローなら、あの時、本当の事を教えてやれた筈なんだ。
一人になりたくないという自分のエゴのために言えなかったんだ。
ごめん!ごめん!めーこ…!!
彼女の最後の笑顔を思い出す度に俺の胸は締め付けられるように痛むのだった。
*
*
*
「ホラ、だから無理だって言ったろ?」
「くぅっ…!あいつめ。バーゲンダッツのアイスにも屈しないとは、なんという耐久力か…!」
亮介はコンビニの袋を片手に、悔しそうに拳を握りしめた。
俺達が亮介の家のドアを開けた途端、家族以外の気配を瞬時に嗅ぎ取ったらしい真柚ちゃんが、バタバタッと大急ぎで自分の部屋に閉じこもる音がした。
その後、部屋の外から、いくら亮介が「真柚の好きなバーゲンダッツ(ティラミス味)買ってきたぞ?」と呼びかけても、
応答する様子はなかった。
作戦が失敗し、悔しがっている亮介を見て俺は苦笑いした。
いや、小さい子じゃあるまいし、中3の女の子がそんなんでおびき寄せらるワケなかろうよ…。
亮介はなまじ素直なだけあまり
結局、せっかくだから、メシでも食べながら、話でもするかという流れになった。
奢ってもらった、ハンバーグ弁当をつつきながら、居間のテレビ近くにあるゲームソフトに目がとまった。
「あれ?“どきどきメモリアル3“だ。新しいの出てたんだ。」
「ああ。ギャルゲーは俺の命だからな。衣食を削ってでも最新作は揃えているぜ?京太郎も久々にやるか?」
「いや、遠慮しとくよ。何回もの嘘コクですっかり女性不信になってな。
多分、ギャルゲーやってても、女の子の言動の裏ばっかり考えちゃって、卒業式に桜の木の下に呼び出されたら、女子の集団にリンチされるんじゃないかって、別の意味でどきどきしちゃいそうだからさ。」
「ええ〜、どんなバッドエンドでもそんな展開にはならねーだろ!ゲームの女の子すら信じられないなんて、ううっ。京太郎、不憫すぎるぞ…。」
亮介が俺のために、男泣きに泣いてくれていると、テーブルの上のスマホから着信音が鳴った。
「あれっ。バイト先からだ。京太郎、スマン。ちょっと待っててな。」
部屋の中はどうも電波が悪いらしく、亮介はスマホを片手にベランダに出た。
その間おれはペットボトルのお茶を飲んで一息ついていると…。
バタン!
突然奥の方のドアが開き、小さな人影がお手洗いの方に突進してきた。
!??
人影はすごい勢いでお手洗いに駆け込むと、ジャーッと水を流す音が聞こえ、
一分後、またお手洗いの外に姿を現し、安堵のため息を漏らした。
「ふぅ…。あ、危なかった…。漏らす
ところだった…。」
思わず、居間から廊下の方を覗き込んでしまっていた俺は洗面所で手を洗っている前髪の長い小柄な女の子と目が合ってしまった。
「!!!ひゃ、ひゃああああぁっっ!!!」
その子は、こっちが驚くぐらいの大声を出すと、顔を両手で隠してその場に蹲った。
「だ、誰えぇ?向こうへ行ってぇっ!!」
「ごっ、ごめん。真柚ちゃん…だよな?」
俺は偶然遭遇してしまった幻の珍獣…じゃない、亮介の妹に恐る恐る話しかけた。
「お、お邪魔してます。俺、君のお兄ちゃんの友達の矢口京太郎。
すぐ引っ込むから、安心して?」
そう言って、居間の奥の方に移動しようとすると、真柚ちゃんは驚いたように聞き返してきた。
「京太郎…?」
真柚ちゃんが両手を顔から離すと、その勢いで前髪が横に流れ、キョトンとしているふたつの大きな真ん丸の瞳が現れた。
亮介にもよく似ている可愛らしい顔立ちをしている。
「もしかして、昔、どきどきメモリアルのショートヘアのスポーツ万能キャラ、
「ぐふぅっ…!!」
俺は幻の妹からいきなり致命傷に近いダメージを食らった。
「ど、どうしてそれを…。」
「以前居間で兄とあなたが盛り上がってて、あんまりうるさいので、注意しようとしたんですが、扉の外から話を聞いていたら、遊園地に誘った方がいいのか、ボーリング場に誘った方がいいのか、デート後のプレゼントは何にしたらいいかとか、ゲームのキャラ相手に本気で悩んでて、ドン引きしてやめました。」
「くっふうっ!!」
更に俺の残りHPは半分になった。
「しかも、後日、プレゼントにダッサイ星型のネックレスを選んだせいで逆にキャラの好感度が落ちてしまったと、あなたは、かなり落ち込んだ様子で…。」
「ま、真柚ちゃん、ストップ!うるさくしたのは謝るから、それ以上はやめて!!心のHPがゼロになって、俺、死んじゃうから…!!」
俺はその場に膝をつきながら、懇願した。
「はっ!ごめんなさい。私、家族に結構毒舌だって言われるんです。初対面の人に失礼でしたね!しかもこんなブスでキッショい女が何を言うってカンジですよね?ごめんなさい!!」
「い、いや、そんな事。ブスでキッショいとかは全然思ってないけど。真柚ちゃんは可愛いと思うし。」
「え?」
「目がくりくりして、可愛い顔立ちしてると思うよ?前髪で隠しちゃうの勿体ないぐらい…。」
「…!!?」
俺の言葉を聞き、真柚ちゃんは顔に手を当ててると、前髪が横に流れて、大きな目が露わになっているのを確認すると、
「ひゃ、ひゃああああぁっっ!!!」
悲鳴を上げて、また凄い勢いで奥の部屋に駆け戻って言った。
あー…、なんかやっちゃったか?俺?
「あれ?京太郎、どしたー?」
バイト先の人との電話を終わらせて、居間に戻って来た亮介が、呆然としている俺を見て不思議そうな顔をしていた。
「あ、いや〜、真柚ちゃんに勉強教えるのは、やっぱり絶対無理みたいよ?」
俺は苦笑いしてそう言ったのだが…。
その後、家に帰ってから、亮介からメールが
届き、その内容に俺は驚かされた。
『京太郎、さっきはありがとな?
実はな、真柚の奴がぜひお前に勉強教えてもらいたいって言ってるんだよ。週2か週3ぐらいでお願いできないかな?いい返事待ってるぜ?』
「ええ?なんで??」
真柚ちゃんには、てっきり嫌われてしまったものと思っていただけに、どうしてそんな展開になったのか、俺は首を傾げるばかりだった。
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