第75話 交流戦 氷川静司 VS 風道虎太郎

「芽衣子ちゃん…?」


大声を出した芽衣子ちゃんに驚いて、声をかけると、彼女は胸を押さえて青褪めながら答えた。


「あ、い、いえ…。あの、嵐山って言われてた人、多分だけど、静くんのライバルに悪影響を与えている元兄弟子の人です。卑怯な手ばかり使うせいでもうジムは辞めさせられたみたいですが。」


「「!!」」


トラ男の奴、キックボクシングをやってたとは聞いていたが、まさか静司くんと同じ系列のジムだったとは…!


「京先輩…は、さっき名前を呼んでいましたが、あの人達と知り合いなんです…か?」


恐る恐る聞いてくる芽衣子ちゃんに俺は苦々しい思いで答えた。


「ああ…。あの金髪の嵐山って男は、小学生の時の同級生だった。昔から、乱暴な奴だったよ。そして、後ろを歩いていた女の子は、昨日話していた嶋崎の妹だよ。」


「そ、そうだったんですね。あんな人達と一緒にいて、妹さん大丈夫なんでしょうか?」


「うん……。亮介も俺もあいつらとは手を切った方がいいって何度も言っているんだけど、本人が嵐山を好いているみたいでなかなか難しくってね…。」


「あんな人を好きになるなんて私には理解できませんが、そうなんですね…。」


暗い表情で告げる俺に、芽衣子ちゃんも俯いた。


「あの!あの嵐山って人何しにここに来たんでしょう?」


それまで黙っていた新庄さんが、不安げな表情で問い掛けてきた。


「まぁ、見に来たんでしょうね。弟弟子だった風道さんの試合を。」


「悪影響を与えるような奴なんですよね?

試合中に卑怯な手を使うように風道に指示してこないでしょうか?

静司くん大丈夫かな…?」


「「……。」」


新庄さんの悪い予感を俺も芽衣子ちゃんも否定することが出来なかった。


         *

         *

         *


その後、芽衣子ちゃんは一応嵐山の事を静司くんのジムのトレーナーさんに伝えた上、

俺達は観覧席から、午後から始まる静司くんの試合を見守る事になった。


中学の部になると、体格が大きい選手が多く、打ち込みの速さと強さに感心するような試合が多かったが、その中でも、

素人目に見ても、静司くんとライバルの風道の強さは別格だった。静司くんは華麗なパンチとキックのコンビネーションで、あっさり勝負を決めて、トーナメント戦を勝ち抜き、

風道も強力な足技で順調に勝ち進んでいた。


「静司くんまた勝った!!鬼カッコいい〜♡次は決勝ですよ?やったぁ!!」


新庄さんは目をハートにしながら、大興奮

していた。


「うん。静くん、今日調子いいですね。風道という人も反則技とか出してきていないし、今のところ心配することはないですけど…。」


芽衣子ちゃんは警戒するようにチラッと後ろの方で、観覧している嵐山(トラ男)達に目を遣った。


隣のリングを見て、仲間と顔を見合わせてニヤついているところを見ると、風道も勝ちが確定し、決勝進出を決めたらしい。


次は、決勝で、静司くんと風道が対決することになる。

         *

         *


リングに向かい合う静司くんと風道の二人。

静司くんは、観覧席にいる俺達をチラッと見ると一瞬頬を緩め、相手に向かい合うときには厳しい表情に戻っていた。


ゴングと共に、両者は様子見をしながら、打ち合い始めた。


「「「静(司)くん頑張れ〜!」」」


俺と芽衣子ちゃんと新庄さんは声を限りに精一杯の声援を送った。


「はっ、そんなに応援しても、無駄だぜ?勝つのは虎太郎だからな!」

「ホント。バッカじゃねーの?」

「ハハッ。無駄なことようやるわ。」


後ろから、トラ男達がからかうように声をかけてきて、俺達は声の主を睨みつけた。。


「何を言ってるんですか?実力的には静くんの方が上ですよ?」


芽衣子ちゃんが言い返すと、トラ男は嘲るように笑った。


「ははっ。実力だけが、勝負じゃねーんだよ。分かんねーお嬢ちゃんだな。」


そして、嫌な笑いを浮かべると、リングに向かって声をかけた。


「おい、氷川静司ー!!お前の彼女威勢がいいな!お前が虎太郎に負けたら、俺がもらう事にするけど、文句いうなよー?」


「なっ…!」

「「「!!」」」

静司くんにも俺達にも動揺が走った。


リングの上では一瞬の動揺が命とりになる。

そこをよりによって、風道の反則的な膝蹴りが静司くんの顔面を襲った。

「ぐふぅっ!」


「「「静(司)くん!」」」


直撃は免れたものの、静司くんは鼻血を出していた。


レフェリーが風堂に反則をとり、トラ男に異例の注意をした。


「選手の集中を乱すような私語は謹んで下さい。」


風道側の大柄なトレーナーが慌ててこちらに飛んできた。


「嵐山!!お前何しに来た!?もうお前はジムを辞めた筈だろ?」


「久しぶりっすね、中村さん〜、俺はただ一般客として可愛い元後輩の虎太郎の試合を見に来ただけっすよ?」


「だったら、選手に干渉してくるんじゃない!ここ最近虎太郎に悪知恵を入れてるのはお前だな?最近、虎太郎はこっちの指示を無視して反則技を入れてくるようになった。

こんな交流戦で反則までして勝ったとして、何の意味がある?」


「中村さんのやり方がぬるいから、虎太郎は俺の言う事聞くんじゃないんすか?勝つためにはどんな事でもする勢いで行かないと。

同じ系列のジムに所属してようとライバルは、ライバル。大会前に潰しておくに越したことはないでしょ?」


「何だとぉ?お前がそんなチンピラみたいな考えだから、ジムを辞めさせられたんだろが!」

「ああ?」

中村と言われたトレーナーとトラ男が一触即発の空気になり、俺達はそれを息を詰めて見ていた。


「試合再会しますが、いいですか?私語を慎んで下さい。」


レフェリーがこちらの騒動に顔を顰めていると、トレーナーは頷いた。

「迷惑かけてすいません。こいつと退室しますので。」

「おいっ。何すんだよ!」


そして、トラ男の肩をくむと廊下へと引きずって行った。


「魁虎さん…!」

取り巻きの何人かが、助けようと向かっていたのをトラ男は手を上げて、制止した。


「お前らは、虎太郎の試合見てろ。」


引きずられながら、トラ男とトレーナーは、リング上の風堂に大声で呼びかけた。


「虎太郎!どんな事してでも勝てよ!嵐風の虎兄弟と言われた俺達の絆を忘れんなよ?」


「虎太郎!お前のハイキックがあれば、充分勝てる。反則技使うなら、お前もジムを辞めてもらうからな!」


「魁虎先輩…、中村さん…。」


風道は辛そうな表情を浮かべていた。


二人の退室を待って、レフェリーが試合再開を告げた。


風道には目には迷いがあり、静司くんには怒りに満ちた闘志が漲っていた。


その後は、風道が何回か顔面に頭突きを仕掛けるも、静司くんは軽いフットワークでなんなく交わし、反則技も強力なキックを使う隙もないぐらいの怒濤のパンチとキックの応酬で風道からダウンを取り、あっという間に勝負が決まった。


「勝者、氷川静司!」


レフェリーの声に、俺達は歓声を上げた。


「静司くん、やった!」

「よし!静くん、やりました!」

「静司くん、うわぁ〜ん、よかった!よかったよぉ〜!!」

新庄さんは涙と鼻水まで流して喜んでいる。


「美湖。勝ったぞ?」

ロープに掴まり、静司くんがこちらを覗き込んでいた。

「うん、うんっ。おめでとう、静司くん〜!!!」


「大丈夫か?嵐山に何もされてないか?」


静司くんは美湖ちゃんに心配そうに問い掛けてた。


「え?あ…、うん。っていうか、あの人、お姉さんを彼女だと思い込んでたみたいだから、心配するべきはお姉さん…かな?」


美湖ちゃんは、涙を拭きながら説明している。


「は?芽衣子を?お前、また何誤解させてんだよ!?」


「いや、私は何も!今回のは、あの人が勝手に、誤解しただけで…。」


静司くんに責め立てられ、芽衣子ちゃんも気まずそうにしている。


「何だよ、もう。焦って損したわ。お前、強いんだから自分で火の粉は振り払えよな。

ま、お前が目立ったおかげで、美湖が標的にならなかったのだけは褒めてやるが…。」


「何それ!姉の扱いが酷すぎる…!」


静司くんのひどい言い様に芽衣子ちゃんはプンプン怒っていた。

俺も苦笑いしながら、静司くんに声を掛けた。


「ま、まぁ、ともかく、静司くん優勝おめでとう!怪我は大丈夫かい?」


「矢口さん、あざっす!せっかく来てくれたのに、さっきは無様なとこ見せちゃってすんません。でも、こんなのは大した事ないっすよ。」


そう言って、静司くんはまだ生々しく血の跡の残る鼻の辺りを擦ってにかっと笑う。


男らしくてカッコいいな。こんなの美湖ちゃんじゃなくても女の子なら誰でも惚れるだろう。何なら俺でも惚れてしまいそうだわ。


と思った瞬間、芽衣子ちゃんが腕に抱き着いてきて、ぽふんっと左腕に柔らかい感触が!!


「ちょっ…!芽衣子ちゃん、急に引っ付くの(おっぱいを押し付けるの)やめてって!」


「だって、なんか、センサーが働いて危険を察知したんですもん…!」


俺達がわちゃわちゃしていると、風道のリングの方から大声が聞こえてきた。



「虎太郎ーっ!負けるってどういう事だよっ!?ああんっ!?」


トレーナーの制止を振り切って、風道の元に駆け寄り、詰め寄るトラ男の姿があった。

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