第71話 お財布代わりにしろ!(限度額あり)

「ん〜!美味しい〜♡」


目の前で、幸せそうな表情で、このパスタ屋の名物デザートの“ふわとろぷりん“を頬張っているのは、茶髪美少女の後輩=芽衣子ちゃん。


今日は、髪の毛の一筋をみつ編みにしたお嬢様風の髪型に、フリルのついたノースリーブのブラウスにピンクのショートパンツという涼しげな格好で、すらっとしたきれいな手足を晒し、周囲の視線を一人占めしている。

(本人は全く気にしていないようだが…。)


彼女に笑顔で向かい合い、同じように美味しくデザートを食しているのは、フツメンの俺。

空色のTシャツにジーンズ姿という、いかにも普通の格好だ。


この絵面に違和感があることは、周囲の人から(特に男の)敵意と驚きの視線を向けられていることからも明らかだ。


おかしい、何故、こんな事になっているんだ…。


「京先輩、どうしました?デザート美味しくなかったです?」


急に黙りこくった俺を、心配そうに上目遣いで覗き込んでくる芽衣子ちゃん。ブラウスの空いた襟元から、鎖骨のラインから下の白い肌がチラッと見え、俺は目を逸らした。


あ・ざ・と・い・ゾ?


「や、そんな事ないよ。このプリン、本当に食感がふわふわで美味しいよ。パスタも美味しかったし。さすが、芽衣子ちゃんの勧めてくれたお店だね?」


うん。お店の雰囲気もおしゃれかつ堅苦しくなく、手頃な値段だし、美少女と食べる美味しいパスタとランチ&デザート、控えめに言って最高なんだが、

ふっと我に返り、身の程を考えると疑問がふつふつと湧いてくるというか…。


「ホントですか?よかったぁ!」


芽衣子ちゃんは安心したように輝くばかりの笑顔を見せた。


「今日は自分から嘘コクデートをお願いした上に、昼食まで、選ばせてもらってて、もし京先輩が気に入らなかったらどうしようかと思っちゃいましたぁ。」


そう。こんな不思議な状況になっている理由はただ一つ。嘘コクのミッションだからなのだが。


今日は5つ目のミッション

「お財布代わりにする」を実行する予定だった。

俺にとっては理不尽極まりない内容だが、今回に限っては、むしろ俺の方が積極的にミッションを遂行したい理由があった。


デザートを食べ終わり、いよいよお会計となったときに、俺はいち早く伝票を手にすると、席を立った。


「じゃ、会計してくるから、芽衣子ちゃんは先に外で待ってていいよ?」


スマートに決めたつもりだったが、芽衣子ちゃんは、わたわたと、バッグからのピンクの皮財布を取り出した。


「え?あ、まとめて払ってくれるって事ですか?じゃあ、後で、払いますね?京先輩の分はいくらですか?伝票見せて下さい。」


??この子、ミッションの事忘れちゃったのかな?


「いやいや、芽衣子ちゃんさ…。」


「あっ。気付いちゃいました?エヘヘ。お財布にこの間撮ったプリクラ貼ったの…。」


「え。」


…!!

照れている芽衣子ちゃんの財布をよく見てみると、皮の下の方の部分に俺と芽衣子ちゃんが恥ずかしそうに寄り添う小さな写真が貼ってあった。

俺は驚いて顔を赤らめた。


「そ、そんな目立つところに貼ってるのか…!って、そ、そうじゃなくて!今日のミッション、俺をお財布代わりにするって事だったろ?俺が奢るから、芽衣子ちゃんは払わなくっていいよ?」


「えっ。でも、それじゃ、悪いじゃないですか!」

芽衣子ちゃんに、驚いたように言われ、俺も

逆にビックリした。


「ええ?!でも、そういうミッションでしょ?」


「ええ。ですから、京先輩は、私の分のお財布代わり、私は京先輩のお財布代わりになれば、いいかと思いまして…。」


??それって、ただの割り勘って言わない?

同じランチセット頼んでるから、会計同額だし…。


「この後も、京先輩の欲しい物あったら、私が払いますから、言ってくださいね?

まぁ、今懐が寒いので、あんまり高いものは無理ですけど、えーと、あと、5000円位なら…。」


財布を覗きながらそう言う芽衣子ちゃんを叱るように呼びかけた。


「こら。芽衣子ちゃん!」


「は、はい…。」


「俺は後輩に、しかも、女の子にたかる趣味はありません。今回は俺が奢ります!いつもお弁当作ってもらってるでしょ?親からもらってる昼食代が一ヶ月分、丸々余ってるんだよ。5000円分あるから、その範囲内だけでも俺に奢らせてよ。」


「えっ!そんな、お弁当なんて私が好きで作ってるんですから、気にしなくていいのに…!」


まだ、申し訳なさそうに反論してくる芽衣子ちゃんに、俺は、フツメンが言ってはならないであろう禁じ手を使った。


「今日は、(嘘コク)デートだから!俺に奢らせて?ねっ?」


「…!!!はうぅん…♡」


プシューと湯気が出るほど赤くなった芽衣子ちゃんは、よろよろとその場に崩れ落ちた。


「だ、大丈夫か?芽衣子ちゃん。」


「は、はひ…。今日の京先輩は押し強めでドキドキしちゃいます…。わ、分かりました。今回は奢ってください。店の外で、大人しく待っています…。」

芽衣子ちゃんはフラフラしながら、店の外へ出て行った。


こっちだって、苦肉の策で、平然と言った

ワケではない。

くっそぉ…。恥ずいな。


火照る顔で、レジに向かうと、何故かスタッフのお姉さんに笑われた。


「あっ。彼氏さん、お会計ですか?ふふっ。少々お待ち下さいね?」

「!!」


一部始終を見ていたらしい店の人にニヨニヨされながらの会計が気まずいものであった事は言うまでもない。


HPをかなり減らされ、ヘロヘロになった俺を、芽衣子ちゃんが店の外で待ち構えていた。


「会計ありがとうございます。京先輩を目の保養にしながらの、パスタとぷりん、大変美味しゅうございました。色々ごちそうさまでした!」


芽衣子ちゃんは礼儀正しくペコリと頭を下げた。


「い、いや。喜んでもらえてよかったよ。」


「私、優しい京先輩が大好きです!

手を繋ぎましょう?デートだから…♡」


そう言って、頬を染めて嬉しそうに差し出して来る彼女の手を誰が振り払えるだろうか?


これは、嘘コクデートなのに…!

嘘だと分かっていても、段々絆されてしてしまう自分を止めることが出来なかった。

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