第62話 思春期な私達

「ひ、氷川さん、行きますよ?」


遠慮がちに声をかけてくる神条先輩に、私は

力強く頷いた。


「はい!お願いします。後ろからガッと思い切り来てください!」


神条先輩と向かい合わせに立っていた私は、

言いながら、クルッと後ろを向いた。


「えいっ!」


神条先輩は私のお腹の辺りに手を回して

ぎゅーっと抱き着いて来た。

神条先輩の胸が私の背中に押し付けられる。


ぷにゅにゅぽよよ〜ぷにゃにゅむにょにょん!

「ふみゃはああぁんっっ…!?」


背中に感じるもんのすごい感触に、私は思わず大声を上げて、その場に崩れ落ちてしまった。


「氷川さんっ。大丈夫ですか?」


「は、はいっ。すごい破壊力でした…!!つかぬことをお伺いしますが、何カップですか?」


「え、えーと、Gの90です…。」


「じー!こんなとんでもないモノを京ちゃんに押し付けるなんて、やっぱり神条先輩は有罪です!!こんなん女の子でも、腰抜かすレベルですよ。」


私は人差し指を突き付けて、神条先輩を断罪したが、神条先輩は少し頬を膨らませて不服そうな顔をした。


「そうはいいますけどね、じゃ、氷川さんも私に背中から抱き着いて来て下さい。」


と言って、神条先輩は背を向けて来た。


「ええ?」


「早く!私にはやらせといて、自分はやらないなんて卑怯ですよ?」


「むっ。分かりましたよ!神条先輩行きますよっ?」

卑怯とまで言われて、むきになった私は神条先輩の思い切り抱き着いた。


「ええいっ!!」


胸を神条先輩の背中にぐにっと押し付ける。


「ふっはあぁんっ…!?だ、弾力すごっ…!!」


神条先輩はその場に崩れ落ちた。


「ひ、氷川さん、何カップです?」


「えっ!は、85のDですけど…。」


「でぃー?もっと、あるように感じました。」


「そ、そういえば、最近ちょっとブラがきつくなってきたような…。」


「定期的にちゃんと測った方がいいですよ。とにかく、氷川さんもびっくりするぐらい破壊力ありました!

昼休み、私と同じ事、矢口くんにやってましたからね!私を有罪というなら氷川さんも同罪です!!」

神条先輩は私に人差し指を突き付けて断罪してきた。


「えっ!?嘘ぉっ!」


私はかあっと顔が熱くなった。


京ちゃんを神条先輩から引き離そうと必死なあまり、胸を押し付けちゃってた?

私ったらなんて破廉恥な事を…!!


「で、でも、京ちゃんは私に反応しなかった…。なんでぇ?」


しょんぼり肩を落とす私に、神条先輩は苦笑いをして慰める言葉(?)をかけた。


「い、いえ…、矢口くんかなり辛そうに堪えてる感じでしたけどね…。」


         * 

         *

         *


「マキちゃん。ごめん。協力してくれてありが…あれ??」


図書準備室を出て、カウンターに戻った私と神条先輩は、マキちゃんの姿が見えない事に気付いた。


「図書室内にいないみたいですね…。」


神条先輩は図書室の中を見回して首を傾げた。


「お手洗いか何かかな…。ちょっと、廊下に出てみます。」


と言って、図書室の戸を開けると、今まさに

戸に閉館中の表示をつけようとしているマキちゃんがいた。


「わっ。ビックリした!」


「ビックリしたのはこっちだよ。何してるの?」


「い、いやぁ…。さっき、大声がしたんで、

矢口先輩をめぐって修羅場の大喧嘩か?と心配で、図書準備室を覗いたらさ…。

芽衣子と神条先輩が抱き合ってまさかの百合展開になってたから、閉館して二人だけにしてあげようかと気を利かせてたの。」


ポッと頬を染めたマキちゃんに私は大声で喚いた。


「一体何の気を利かせてるの!?マキちゃんは…!!」


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


「それで?神条先輩から話は聞けたんかい?」


「うん。神条先輩と京ちゃんの過去の話を聞かせてもらえたよ。」


あれから、私は神条先輩に挨拶をして別れ、

マキちゃんと一緒に休憩室に移動して、

ペットボトルの飲み物を片手に話し合っていた。


「ちょっとデリケートな話になるから、詳しくは言えないけど、神条先輩に悪意はなくて、むしろ好意を抱いていたんだけど、京ちゃんのあることに幻滅して(精神的にも肉体的にも)傷付けてしまったみたい。」


私は慎重に言葉を選んでマキちゃんに伝えた。


「それが分かっててよく、神条先輩に右足使わなかったね。いつもなら、『私の京ちゃんに何すんだ』って詰め寄っていくのに。」


マキちゃんは意外そうに目を丸くした。


「うーん…。神条先輩がもう十分自分を責めていて、苦しんでいたのもあるし…、自分なら絶対その状況にならないって自信持って言えなくて責められなかったんだよね…。」


「ほう…?」


「京ちゃんの事、ずっと憧れ続けてきたし、大好きだけど、私は今の京ちゃんの事を全て知ってるわけじゃないんだよね。

知らなかった部分を見てがっかりしてしまうことが絶対ないとは言い切れない。

もし、そうなってしまったら、今までの京ちゃんへの想いが全部否定されちゃうみたいで、自分で自分がショックだろうな。

そう思うとなんか怖くなっちゃった…。」


「まぁ、芽衣子は、盲目的に矢口先輩を愛しすぎてて、時々冷静に見れてないなぁと思うことはあるね。でも、矢口先輩に多少の欠点とかあっても、芽衣子のパワフルさなら、受け入れて乗り越えて行けると思うけどな?」


「私もそうだといいなと思うけど…。例えばさ、もし京ちゃんと付き合えるようになったら、キ、キス…とかぎゅうっ…とかしてもらえるのかなって夢見る事はあるんだけど、それ以上の事になると、未知の領域なんだよね…。」


「あ、そういう方面の話?確かに芽衣子、奥手だよね?中学の時、性教育の授業で鼻血出してぶっ倒れてたもんね。ありゃビックリしたわ〜。」


「うう…。その説もご迷惑かけました…。あの時は、将来京ちゃんとああいう事をするのか想像すると、頭がショートしてしまって…。」


私はその時の事を思い出して茹でダコのように真っ赤になった。


「でも、きっと、男の子は違うよね?

私は大好きな京ちゃんに対してでさえ、そんな感じなのに、京ちゃんは他の女の子に対してそういう事をしたいと思えてて、いつでもそうできる体の準備ができているんだろうなぁと思ったら、なんかショック…。」


私はぐでっと休憩室のテーブルに突っ伏した。


「芽衣子ぉ…。違うと言ってやりたいけど、うちの兄貴見てると否定できんわ。

男というのは、完全に我々とは別個の生き物だからのぅ。

なんか辛いなぁ。ヨシヨシ…。」


落ち込む私を慰めるように、マキちゃんが頭を撫でてくれる。


「クゥン…。」

元気なく鳴いたところに、休憩室のドアが空いて、誰かが中に入ってきた。


「あれぇ?二人共どうしたの?シケた面してんなぁ。」


ジャージ姿で現れたのは柳沢先輩だった。

「クゥン?(柳沢先輩?)」

「や、ちょっと取り込んでまして。柳沢先輩こそ、どうしたんですか?今日は部活なかったですよね?」


「そうなんだけど、この機会に部室の整理してさ。暑いから休憩がてら涼みに来た。」


「えー、偉い。私も手伝わなくて大丈夫でした?」


「うん、もう終わりそうだから、大丈夫。一年生は慣れるまで練習きついっしょ?こういう時ぐらいしっかり休んでて?」


「すいません。」


柳沢先輩は自販機で飲み物を買うと、同じテーブルの席につき、私の方を覗き込んできた。


「で、そこの溶けたスライムみたいになってる美少女はどしたの?」


「ううっ。人生勝ち組の柳沢先輩には分からない悩みに溶けてるだけですよ…。けっ。ドロドロ…。」


「こらこら、芽衣子、態度悪いぞ?すいません。実はこいつ、かくかくしかじかで落ち込んでまして…。」


諌められながらも私はマキちゃんから説明を受けている柳沢先輩から視線を逸らせた。


柳沢先輩は、バスケ部の柏木涼先輩と付き合っていて、長い間京ちゃんの想い人でもあった。

そんな、柳沢先輩には私が今感じているレベルの悩みなど分かってもらえる筈がないと、

思った。


しかし、柳沢先輩は渋い顔をして頷いた。


「そっかぁ。芽衣子ちゃんの気持ち、私すごく分かるよ。現在進行系で私も同じ悩みを抱えてるもん。」


「柳沢先輩も?」


私は驚いて身を起こした。


「彼氏の涼くんに、元カノがいたってのは知ってたんだけさ、つい問い詰めてしまったら、どうやら中学の時その子と経験があったみたいなんだよね。」


「「!!」」


あまりの事に私もマキちゃんも絶句してしまった。


「今は私の事を見てくれてるって思っても、その事を考えたり、相手とは経験値が違うと思うとモヤモヤしちゃって。

涼くんにそっけない態度をとっていたら、

『梨沙だって矢口の嘘コクの事に首を突っ込みすぎる。彼が好きなんじゃないか』って

逆に、私の方が疑われちゃってこの間ケンカになっちゃったんだよね。」


ハァッとため息をつく柳沢先輩に、私は以前から思っていた事を言った。


「でも、私も正直、柳沢先輩は、京ちゃんの事を気にかけ過ぎていると思っていました。

柏木さんがいなかったら、京ちゃんの事を好きになっていた可能性もなくはないんじゃないですか?」


「んん?涼くんがいなかったら?矢口の事?んーどうだろ…?」


柳沢先輩が難しい顔をして考え始めたので、両手をかざして慌てて止めた。


「いや、やっぱ考えなくていいです。寝た子を起こしそうで怖い…!これ以上ライバルはいりません!!」


「芽衣子ちゃん、チミは可愛い奴だなぁ!」

「もー、からかわないで下さい。こっちは真剣なんですから!」


柳沢先輩はニヤニヤして抱き着いてくるのを

しかめっ面で振り払っていると、

マキちゃんがニヤニヤしていた。


「うーん、こっちの百合も捨て難し…。」


「まぁ、それでもさ、相手に惚れてて、一緒にいたいと思っている以上は、結局そういう事も飲み込んで付き合っていくしかないんだよね…?

芽衣子ちゃんと矢口すごくいい感じになってきてると思うから、今の関係を大事にしてね?」

「はい…。」

柳沢先輩は自分にも言い聞かせるように真剣な表情で私に言い、私も素直に頷いた。


柳沢先輩、さすが恋愛の先輩だけあって、発言に重みがあって、勉強になるなぁ。

この際だ。気になることはとことん聞いてしまおう!


私はキリッと居住まいを正すと、柳沢先輩に質問した。


「ちなみに、柳沢先輩。後学の為にお聞きししたいんですが、柏木先輩とは実際どこまで進んでいるんですか?」


「えっ?」

柳沢先輩は目を見開いて固まった。


「あっ、それ私も聞きたい!」

マキちゃんも目を輝かせた。


「え、えっとぉー。」

柳沢先輩は、困ったように左右に視線を巡らせた挙げ句…。


「あ、あー!私部活の顧問の先生に書類提出するの忘れてた!ごめんね、二人共、私はこれで。また今度ガールズトークしようね?」


そう言って、立ち上がり、そそくさと休憩室を出て行った。

私とマキちゃんはその様子を見送りながら、ジト目で呟いた。


「逃げた…。」

「逃げたね…。」


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


「芽衣子、また矢口先輩とお昼?」


翌日、お弁当の支度をしていた私にマキちゃんが話しかけてきた。


「うん。」


「大丈夫?昨日のモヤモヤは解消したんか?」


心配そうに問いかけてくるマキちゃんに私は苦笑いした。


「まだモヤモヤするけど、だからって京ちゃんの事嫌いになれるわけもないし。一緒にいるために頑張って飲み込むことにする。

私、決めたんだ。たとえどんな状況になっても、どんな事を感じたとしても、。」


「芽衣子。決意は固いんだね…。そうまで言うならもう私からは何も言うことはないよ。」


マキちゃんはハラハラと涙を流した。


「これ、お守り。兄貴の部屋からくすねてきたものだけど、いざ、困ったときは使ってね?」


「?? ありがとう…。」


私はマキちゃんから、お守りサイズの小さな封筒をもらうと、中身がよく分からないままにお礼を言ったのだった。





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