第61話 茶髪美少女は神条桃羽から全てを託される

5時間目の後の休み時間、私は机に頬杖をついて、ボーッと考え事をしていた。


『あの…、風呂敷落としまし…、矢口くん?』

『あ、すみませ…、神条さん?』


京ちゃんと神条さんのドラマのような再会シーンがさっきから何度も頭の中で自動再生される。


「はぁ…。」


柳沢先輩に神条先輩の告白は嘘コクじゃないかもしれないと聞いてはいたけど、いざ、再会する二人の様子を目の前にするとショックだった。

京ちゃんも、神条先輩も、どこかぎこちなくて、お互いに罪悪感を抱いているような、そのくせ思いやり合っているような。


まるで、別れた恋人同士のような微妙な空気感…。


やっぱり、京ちゃんと神条さんは相思相愛だったんだろうか…。


胸の奥がズキリと軋むように痛む。


それに、あの4つ目のミッション、

『襲い掛かってきたところを金蹴りして逃げ出す』

の『金蹴り』にばかり気を取られていたけれど、『襲い掛かってきた』というのは、

どう意味なんだろうか?


今までの3つのミッションは全て、実際に

京ちゃんの身の上に起こった事だったから、近い出来事があったのは間違いないけど、

京ちゃんが神条先輩に襲い掛かったなんて、とても信じられない。

無理矢理女の子を襲うような人では絶対ないし、そんな事があろうものなら、神条先輩が

京ちゃんに対して申し訳なさそうな顔で、あんなに気遣ったりする訳がない。


二人の間には一体何があったんだろう…。


ぷにっ。

頬杖をついていない頬を人差し指で突付いてきたのは親友のマキちゃん。


「よぉ、芽衣子ぉ。しけた面してるなぁ!」

「マヒひゃぁん…。」


「やっぱり、昼休みの図書室のアレが原因かい?私から見ても、矢口先輩と神条先輩、雰囲気あったもんね…。」


「やっぱり…?ふえ〜ん!!

京ちゃんを図書室に近付けないようにと思っていたのに、自ら課題の事を相談して近づけてしまうし、風呂敷を渡して、二人のロマンチックな再会を演出してしまうし、失策続きだよぉ…!」


「んー、風呂敷拾ったのがロマンチックな再会かは置いといて、神条先輩が矢口先輩に何かしらの好意を抱いているのは確かだと思うよ。」


「があぁん!!」


「私が矢口先輩についての情報を最初に聞いたのが、図書委員の集まりでだったんだよね。他の先輩達はちょっと、ニヤニヤからかってるような感じで何回か告白されてるって噂話してたんだけど、

その時、神条先輩は真面目な顔で矢口くんは素敵な方だからモテるんでしょうねって言ってたの。


それに、今日、矢口先輩が借りた青山太郎の本、確か神条先輩がリクエストして購入したものだったと思う。本好きの神条先輩ならもっと文学的な本をリクエストしそうなものなのに、なんでだろうと思ってたんだけど、矢口先輩が好きな作者だったなら色々腑に落ちるよね。」


京ちゃんの噂話を肯定的に受け取っていたのは嘘コクとされている神条先輩の告白がマジコクだったから?


青山太郎の本をリクエストしていたのは、

図書室で京ちゃんが好きな本を読めるように

するため?


私は胸のモヤモヤがどんどん大きくなるのを感じた。


「芽衣子。こんな事を聞いて不安だろうけど、私はいつでも芽衣子の味方だよ?

今日の放課後は、神条先輩もともと当番の予定だから、図書室にいると思うよ?

加えて、私は月に2回ある、部活休みの日で、図書委員。何か私にできることはあるかい?」

マキちゃんはニヤッと笑って私の肩をポンと叩いてきた。

本当に私の親友はどうしてこんなに頼りになるのだろうか?

私は自分の心のモヤモヤを晴らすべく、ある決意をした。


「マキちゃん、一つ協力してもらえるかな?」


「んむ。任せ給え!」


マキちゃんはおどけた笑顔で胸を叩いた。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


私は、断腸の思いで今日の帰り京ちゃんと過ごせる権利を手放した。

京ちゃんに、今日はマキちゃんと課題をやるため、一緒に帰れないとメールで謝り、

放課後、マキちゃんと共に図書室に向かった。


中間テストが終わったばかりだからか、

図書室は、自習している生徒もおらず、閑散としていて、

本を返しに来た生徒が数人、カウンターで返却台に本を置いて、図書室を出ると私達とカウンターにいる神条先輩以外誰もいなくなった。


「神条先輩、すみません。ちょっと、いいですか?」


私は、決死の思いで、カウンターで本の返却作業をしている神条先輩に近付いて話しかけた。


「…!あなたは…確か、お昼に矢口くんと一緒にいた…、えーと…。」


戸惑ったような表情を浮かべてこちらを見上げる神条先輩に、ペコッと頭を下げ、名前を告げる。


「一年の氷川芽衣子です。矢口先輩の事について、お聞きしたいことがあるのですが、少しお時間もらってもいいですか?」


「!!」


「矢口先輩」という単語を聞いて神条先輩は目を大きく見開いた。


「すみません。友達の私の方からもお願いします。この子に少しだけ時間作ってやってもらえませんか?カウンターの業務は、私やっときますんで。」


マキちゃんも神条先輩に頭を下げてくれた。


「笠原さん…。」


神条先輩はしばらく驚いたような表情で目を瞬かせていたが、やがて、困ったような笑みを浮かべた。


「いいですよ。氷川さん。ここじゃなんですから、図書準備室へ移動しましょうか。」

「は、はいっ。」


私は神条先輩に連れられてカウンターの奥の部屋に入る事になった。


途中カウンターに入ったマキちゃんと、目が合うと、マキちゃんはガッツポーズをしたあと、人差し指でバッテンマークを作った。


(頑張れよ!でも、右足は使っちゃダメだぞ?)


私は心外だと言う顔でぷるぷると首を振ると、ガッツポーズをした。


(使うワケないじゃん!でも話し合い頑張ってくるね!)


         *

         *

         *


神条先輩と私は狭い図書準備室の、テーブルの近くにあるパイプ椅子に向き合って座っていた。


「それで、私に矢口くんについて何を聞きたいんでしょうか。今は私は矢口くんとあまり親しくないので、お話できる事があるかどうか…。氷川さんの方がずっと矢口くんについて知っているのではないですか?

校内放送見ましたよ。矢口くんと氷川さんとても仲が良さそうで素敵でした…。」


そう言って穏やかな笑みを浮かべる神条先輩に、私は一瞬言葉に詰まってしまった。


「…!校内放送見て頂いてたんですね…。」


秋川先輩と対峙するため参加した校内放送だったが、京ちゃんと私の親しげな様子を

全校生徒に知らしめる事にもなった。


もし、神条先輩がまだ京ちゃんに想いを寄せていたとしたら、あの放送をどんな気持ちで見ていたのかな…。


「分かっています。今の矢口先輩と一緒にいられる事を有り難い事と思ってそれを一番大事にしなきゃいけないって。」


閉架の本棚や、テーブルに修繕用の本が積み上がっているのに、目をやりながら、気まずい思いで言葉を紡いでいた。


「それでも、やっぱり気になるんです。

どうして神条先輩と会ったとき、矢口先輩はあんなに辛そうな、罪悪感でいっぱいの顔をするんでしょうか。

過去にあった事を、私が問い詰めてお二人の傷を掘り返すような事をしてはいけないって頭では分かっています。

でも、それでも私は知りたいんです。

過去矢口先輩と神条先輩に何があって、二人がどうして疎遠になってしまったのか。

教えて頂く事はできませんか?神条先輩!


柳沢先輩達にも話さなかった事を神条先輩が私に話してくれる可能性は低いだろう。


それでも、私は神条先輩に聞かずにはいられなかった。


それを知らないと、私は次のミッションにどういう気持ちで臨んでいいか分からない…。

ミッションを形ばかりなぞっても本当の意味でのミッションクリア(京ちゃんの心を癒やす)にはならないだろう。


「いいですよ。」


私の身勝手な願いを神条先輩は、優しい笑顔で受け入れてくれた。

「え。」


「過去の事、全てあなたにお話ししましょう。」


躊躇いもなくそう告げられ、逆に私の方が戸惑ってしまった。


「い、いいんですか?神条先輩。私、すごく身勝手に、プライベートな事を聞いてしまっているのに…。」


「ええ。氷川さんなら、話しても大丈夫と思います。

昼休み、図書室で会ったとき、氷川さん、

矢口くんを私から遠ざけようとしていましたよね?矢口くんをすごく心配して、守ろうとしているように感じました。

矢口くんの事を、とても大事に思っているあなたになら、全てを託したいと思います。

私もずっと誰かに聞いてもらいたかったんです…。」


「神条先輩…。」


「矢口くんと初めて出会ったのは、図書室で、本の貸し出しについて私と男子生徒が揉めている時でした…。」


神条先輩は懐かしそうに微笑んで、語り出した。


それから、神条先輩は、京ちゃんが機転をきかせて男子生徒を諌めた事。

それから、本を通した交流が始まった事を

話してくれた。


「私を助けてくれた矢口くんは、本当に王子様のように格好良かったです。私の選書した本に残してくれた感想のメモを読みながら、矢口くんへの憧れや好意がどんどんふくらんでいって、きっとこれが恋だと浮かれてしまいました。」


ああ。やはり、神条さんは京ちゃんの事が好きだったんだ…。


私の知らないところで、神条先輩と京ちゃんのそんな交流があったことに

胸は痛むものの、私には神条先輩の気持ちがよく分かった。


私も小さい時にいじめっ子から守ろうとしてくれた京ちゃんに憧れて、どんどん好きになっていったのだから…。


でも、それなら何故、疎遠になってしまったのだろう?


「夏休みに入ったら、しばらく矢口くんと会えなくなることに焦りを感じた私は、勇気を出して告白することにしました。」


「!!」

や、やっぱりマジコク…!

私は胸をドキドキさせながら、その先を聞いた。


「呼び出して、告白すると、矢口くんの返事は『友達からお願いします』でした。

今思えば、私が矢口くんに理想の王子様像を押し付けていることに気付いていたんでしょうね。ちゃんと矢口くんのことを知った上

で、もっと冷静に考えて欲しいという事だったと思うのですが…。その時の私は振られなかった事に舞い上がってしまって、矢口くんに抱き着いてしまったんです。」


「だっ、抱き着い…!?かはっ。」

私はショックのあまり、変なとこにつばが入ってしまい、咳込んでしまった。


「その時…、多分矢口くんに胸を押し付けてしまったんですね?」


「む、胸を!?ゴホゴホッ。」


私は、服の上からでも豊満だと分かる、神条さんの立派な胸をガン見してしまった。


「なにか、私の太ももに当たるものがあり私が矢口くんから離れると…、」


「ゴホッ。は、離れると…?」


嫌な予感がしながらも私は聞かずにいられなかった。


「矢口くんの股間のあたりが膨らんでいたんです…!」


「!??」


「半勃ち…という状態だったらしいです。」


神条さんは神妙な顔で厳かに告げた。


「は、半勃ち…か、かはっ!ゴホッゴホゴホッ。」


私は涙目になり、咳き込み続けた。


「ひ、氷川さん、大丈夫ですか?」


「あ、あい…えーきれす…。(は、はい。平気です…。)」


私は必死にゼーハーと呼吸を整えながら、やっとの事で返事をした。


「パニックになってしまった私は、矢口くんの大事なところを蹴りつけ、その場から逃げてしまいました。」


ああ…!それで「金蹴り」…。うぅ…、痛そう…!!

ミッションの内容をようやっと理解できた私だが、京ちゃんの痛みを思い、ギュッと目を瞑った。


「本当に今でも何故あんな事をしてしまったのか、分かりません。ただ、矢口くんのその姿(半勃ち)が、理想の王子様像と大きくかけ離れていた事に、裏切られた気がしたのかもしれません。勝手に理想像を描いておいて、違ったら、裏切られたと思うなんて、本当に子供ですよね?男女の体の違いについては、分かっていた筈なのですが、いざ、それを目の当たりにしてしまうと、生理的に受けつけられず、気持ち悪いと思ってしまって…。

自分でも呆れてしまうのですが、その事で、今まで恋だと思っていた気持ちが、一気に冷めてしまいました。自分に失望しました。」


神条先輩は自虐的に力なく笑った。


「もちろん、矢口くんを嫌いになったワケではなく、穏やかな好意は持ち続けていました。

矢口くんには、手紙で乱暴を働いてしまった事を謝り、告白を取り消して、友達になってもらえないかという申し出をしました。

それも身勝手な話ですが…。

でも、その後、すぐに図書委員の子が、矢口くんに嘘コクをしたらしいと噂が流れました。

誰かが告白の現場を見て、そこに図書委員の腕章が落ちていたらしいのです。多分逃げるときに落としてしまったんだと思います。」


ああ…、噂の広まる早さからいって、もしかして、秋川さんかその仲間の誰かが拾ったのかもしれないな。

私は苦々しい思いでそう推察した。


「あれは嘘コクじゃないって皆に真実を告げようかと思いましたが、事実を言ったところで、また面白おかしく噂になって、矢口くんが更に傷付くかもとも思い、辛そうにしている矢口くんに結局何もできなかった私はっ、卑怯者ですっ…。

氷川さんの大事な矢口くんに、私はひどい事をしました…。ほ、本当にごめんなさいっ…。」


神条さんは、メガネを外してハンカチで堪え切れない涙を拭いていた。


私は神条さんを責める事も、慰める事もできず、ただその様子を見ている事しかできなかった。


「校内放送で仲睦まじい氷川さんと矢口くんを見て、私は安心しました。

氷川さんの矢口くんを見る目は、いつかの私と同じ…、いえそれとは比べものにならないぐらい深い愛情に溢れていました。矢口くんには、彼の事を心から想ってくれる彼女さんが出来たんだなぁと嬉しく思いました。」


「神条先輩…。」


「男女は、体も違うし、考え方も何もかも大きく違います。氷川さんは私みたいに、知識のないまま大事な人を傷付けることなく、それを乗り越えて矢口くんとの絆を育んで欲しいと思い、私の愚かな過去の過ちをお話しました。

氷川さんにとっては気分の良くない話をたくさん、聞かせてしまってごめんなさいね。」


「い、いえ、こちらこそ辛い事をお聞きしてしまって本当にごめんなさい。

お話聞かせて頂いてありがとうございました。」


私は目の周りを赤く腫らした神条先輩にペコリと頭を下げ、躊躇いながら神条先輩に聞いた。


「あの、最後にもう一つだけお願いしていいですか?」


「はい。何でしょう?」


「私を、後ろからギュッと抱き締めてみてくれませんか?」


私のお願いに神条先輩はパチクリと目を瞬かせた。



*あとがき*


いつも読んで頂き、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。

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