第60話 前門の神条さん 後門の芽衣子ちゃん

「お、お久しぶりですね…。矢口くん。

あれから、図書室でお見かけしなくなってしまいましたが、お元気…でしたか…?」


神条さんがぎこちない笑みを浮かべて話しかけてくるのを、俺もぎくしゃくと言い訳を並べた。


「あ、ああ…。か、神条さん、久しぶり。

なかなか忙しくて放課後は図書室行けなくて…。昼は時々足を運んでたんだけどね。」


「そ、そうですか。昼休みは、いつもなら他の人当番だから、お会いできなかったんですね。今日はもともと当番の予定の方がお休みされたので、私が代わる事になったんです。」


「そ、そうなんだ…。大変だね…。」


「い、いえ…。」


そこで会話は、途切れ、沈黙…。

このまま居ても、お互い気まずいだけだし、何か当たり障りのない事を言って、この場を去ろうと、言葉を探していると、神条さんが

会話を繋いだ。


「あ、あの、青山太郎の本読まれていたんですか?お好きだっていってましたものね…。」


神条さんは俺が手にしている本を見て、少し嬉しそうな表情になっていた。


「あ、ああ…。新刊出てたからちょっと気になって…。」


「この図書室、青山太郎の本も充実しているので、よかったら、借りて行ってください。

あの…、私が言うのもなんですが、本を嫌いにならないで下さい…ね。」


「神条さん…。」


辛そうな笑顔を浮かべる彼女に何と返事したものか、困っていると…。


?!!


突然後ろから右の二の腕に、温かい何かが絡みつき、ポウンッという柔らかい感触がした。


驚いて振り向くと、俺のよく知る茶髪のS級美少女が、両手で俺の右腕をギュッと掴み、自分の体に押し付けていた。


「めめ、芽衣子ちゃん?!」


「京先輩!こんなところで何をしてるんですか?倫理の課題の本、教えてくれるって言ってましたよね?」


そういいながら、芽衣子ちゃんは、俺の右腕を自分の左胸にギュウギュウ押し当てている。


今感じている柔らかい感触って、芽衣子ちゃんの…!!?以前神条さんに押し付けられたものほどではないが、それでもかなりの大きさで、弾力がある。


やべ!考えたら下半身に血が…!

耐えろ!!京太郎!!

今のは芽衣子ちゃんの○っぱいじゃない!ナマコか何かが当たったんだと思え!!


目の前には、以前告白されてその後気まずくなった、神条さん=メガネ女子(巨乳)

俺の腕にひっついているのは、嘘コクミッションを何度もしかけてくる学校中の人気者、

芽衣子ちゃん=茶髪のS級美少女(胸大きめ)、この二人の前で反応してしまったら、

もう俺は社会的に死んでしまう…!!


俺は自分の荒々しく猛るものを全力で押さえ込んだ。


「お連れさんがいたんですね。お邪魔してしまってごめんなさい。では、私はこれで…。お二人ともゆっくり見ていって下さいね。」


神条さんは、そんな俺と芽衣子ちゃんを見て、慌てて、その場を立ち去って行った。


「あ、ああ。」

「……。」


俺は生返事をし、芽衣子ちゃんは、無言でペコリと神条さんに会釈をした。


「芽衣子ちゃん、今、課題の本探すからさ、手を緩めてくれないか?ちょっと、ひっつき過ぎだよ…!あと、風呂敷返すよ。」


と言って風呂敷を手渡すと、隣に引っ付いている芽衣子ちゃんは、それを手提げにしまうと、またすぐに腕を組むように絡めてきた。


「だって、京先輩、危なっかしいんですもの。いい子で待っててって言ったのに、汚染区域に入って来ちゃうし!!中は危険がいっぱいなんですよ?」


必死な表情で言い募る芽衣子ちゃんに、俺は苦笑いをする。


「だから、何の危険があるんだよ?皆静かに本を読んでいるし、笠原さんもいるし、神条さんも優しい人だし、平和な空間じゃないか。」


「(優しい人でも人を傷付ける事はありますよ…。)」


「芽衣子ちゃん?」


小さい声で、ボソッと何かを呟く芽衣子ちゃんに聞き返すと、芽衣子ちゃんは、俺の左手に持っている本をじっと見つめた。


「いえ、何でもないです。その本…、借りて行くんですか?」


ああ、少し見るだけと思った、青山太郎の新刊、どさくさで持って来てしまった。


『本を嫌いにならないで下さいね…。』

さっき神条さんに悲しげに言われた事を思い出す。


これで、返すのも何だかなぁ…。


「あ、ああ…。そうだな…。ついでに借りていこうかな。」


俺がそう言うと、芽衣子ちゃんは、何故か顔を曇らせて俯いた。

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