第59話 神条桃羽 告白と拒絶
手紙を見て最初に思ったのは、秋川の策略ではないかということ。
俺と神条さんのやり取りがバレて、神条さんを脅して俺をおびき寄せようとしてるのではないかと…。
そのぐらい、あの引っ込み思案の神条さんが
人目のないところに俺を呼び出すなんて事は
あり得ない事のように思えた。
翌日のお昼休み、屋上の扉の前に、神条さんが緊張した様子で立っていたが、俺を見ると、嬉しそうな顔になった。
「矢口さん、来てくれたんですね?あ、あの…?」
俺は周りを警戒しながら、神条さんに近付くと、耳元にひそっと囁いた。
「神条さん。秋川か、他の誰かに何か言われたのなら、それは策略だから、絶対嘘コクはしちゃいけないよ?そうだ。俺が急に突飛な行動をして、それにドン引きして逃げた事にしてもいい。何ならコサックダンスでも踊ろうか。」
「??秋川さん…?策略…?何の話ですか?矢口くん、コサックダンス得意なんですか?」
神条さんは、混乱したように高速瞬きをして、俺に問いかけてきた。
「昔、親戚に教え込まれて…って、今そんなんどーでもいいわ。あれ?秋川か誰かに何か言われて俺を呼び出したワケじゃねーの?」
「ええ。矢口くんと少し本の話がしたくて、女の子と話しているのをあまり皆さんに見られたくないという事でしたので、呼び出させてもらったんですけど…。」
「あっ。そ、そうだったんだ。ゴメン。変な事言っちゃって…。」
「い、いえ…。」
なんだ。勘違いも甚だしい。
秋川も嘘コクも関係なく、ただ、普通に本について話がしたかっただけらしい。
嘘コクされ慣れすぎてて、呼び出し=嘘コク
だと思い込んでたわ。
「えぇと、矢口くん、私が選書した本をいつも読んでくれてありがとう。
私が半ば強引に始めてしまったサービスですけど、迷惑してませんか?」
「いやいや、とんでもない。神条さんの選書サービスのおかげで、色んな本の世界を知れて楽しいよ。神条さん、あらゆる分野の本を知っててホントすごいと思うよ。
こちらこそ、いつもありがとう!」
「そう言ってもらえると、本当に嬉しいです!私もまだまだ本について勉強中なんですけどね。
矢口くんに、選書した本を読んでもらって、感想もらえるのがすごくやりがいを感じられて、将来もできたら、こんな風に本に携わる仕事できたらなって思えるようになったんです。」
頬を染めて、将来の夢を語る神条さんに大きく頷いた。
「それはとてもいい事だと思うよ?神条さんなら、いい仕事できるって俺が保証する!
俺の叔父も、出版社で本の編集に携わる仕事をしてるけど、締め切り前は忙しくて辛いって言いながらも、本の話ばっかして、どこか楽しそうなんだよね。神条さんもそんな風にに仕事する人になりそう。」
「以前、叔父さんの事、ちょろっと感想メモに書いてくれてたことありましたよね。」
「ああ、小さい頃はよく、本も読んでもらってたな。あ、もしかして、叔父さんを紹介して欲しいって話?
そんな上役じゃないから直接就職の世話をしてあげたりはできないけど、全般的に本に携わるの仕事の話は聞けると思うよ?
今度連絡とってみようか?」
「え、ええ、それは願ってもないお話ですけど、それはまた次の機会にでも…。きょ、今日はできれば、矢口くんの連絡先を教えてもらいたくて…!」
思い詰めた表情をする、神条さんに俺は首を傾げた。
「うん?俺の連絡先??あ、まぁ、叔父さんに連絡とるなら、仲介役の俺の連絡先も知っといた方がいいか。」
と納得する俺に、神条さんは珍しく、強めの語調で言った。
「あの、違うんです…!矢口くんの叔父さんとは関係なく!連絡先が知りたいんです!」
「んん?」
「図書室で、助けてもらった時から、ずっと矢口くんの事が気になっていたというか、
もっと本の事も話したいし、矢口くんの事も知りたいし、もうすぐ夏休みで、連絡先でも交換しなければ会えなくなってしまうし、つまり、その、何を言いたいかというとですね…。」
「???」
この段になっても、神条さんが顔を赤らめて、そう早口でモニョモニョ言い始めた事に混乱するばかりで、神条さんが何を言おうとしているのか全く分かっていなかった俺は大馬鹿野郎だろう。
分かっていれば、少しはこの後の事態に対する備えができたかもしれないのに。
いや、知っていても、結局同じ結果になっていたかもしれないが…。
「矢口くん、あなたが好きです!あなたは私にとって王子様みたいな人…!!私と付き合ってもらえませんか?」
「かはっ?」
思ってもみない事を言われ、俺は変なとこにつばが入って少し咳込んだ。
「ゴホゴホッ。え、えっと、神条さん、嘘コク…じゃ…。」
「ないです!マジ告です!!」
間髪入れずに否定され、俺は却って途方に暮れた気持ちになった。
嘘コク対応には慣れている俺だが、ただの一度も本当の告白を受けた事がない。
照れで顔は火照ってくるし、正直メチャクチャ嬉しい…!
けど、反面、神条さんの気持ちにどう答えれば正解なのか俺は分からなかった。
神条さんに好意は抱いていた事は否めない。
いい子だし、美人さんだと思うし、神条さんとのやり取りが楽しみにもなっていたのは事実。
だけど、それは恋愛関係に発展させたいものかというと、どうなんだろう…?
神条さんにしてもこんなフツメンの俺の事を王子様と言ってくれたが、井崎との一件と、短いメモのやり取りだけで、俺の事をそんな風に思うのは、早計じゃないだろうか。
神条さんの思う俺と、実際の俺との間に大きなギャップがあるように感じた。
いざ、俺の事をよく知れば、幻滅させてしまうだけのような…。
「ええっと、神条さん…。」
「は、はい…。」
神条さんは、食い入るように俺の顔を見て、次に発する言葉を待っている。
「と、取り敢えず、友達からお願いしてもいい…かな…?」
まず、友達としてお互いによく知って、それでも神条さんが俺を好きでいてくれて、俺が神条さんに側にいて欲しいと思えるのなら、
その時に改めて、付き合うかどうするか話し合っても遅くはないんじゃないかな?
そう話を続けようとしたが、俺がそう言った
瞬間、神条さんは、感極まった様子で、
勢いよく俺に抱き着いてきた…!
「はいっ!嬉しい!絶対振られると思ってましたっ!!」
???!!%&#¥@
ぷにゅにゅぽよよ〜ぷにゃにゅむにょにょん!
甘いフワッとした香りがしたかと思うと、
神条さんの凶悪な武器(巨乳)が俺の胸に押し付けられ、えも言われぬものすごい感触を味わう事になった。
予想もしない出来事に俺の思春期な部分は、素直に反応してしまった。
「…?矢口くん…?」
太もものあたりに違和感を覚えたらしい、神条さんが恐る恐る、体を離すと…、
まぁ、ズボン越しにも分かる、膨らみを見つけてしまったワケで…。
「ご、ごめん…。いきなりだったから、半分勃っちゃった…。」
こういう時、余計な正直者さを発揮してしまうのが、俺の本当にダメなところだ。
まぁ、この状況では何をどう言い訳したところで、無意味だったかもしれないが…。
神条さんはみるみる内に顔色を変えると、悲鳴を上げた。
「きゃあああああぁーーーっっ!!!
い、い、いやあああぁーーーっ!!!!」
ドゴォッ!!
「い、いってぇーーー!!!!」
錯乱した神条さんは、俺の股間を蹴り上げると、悲鳴とも泣き声ともつかない叫び声を上げながら、階段を駆け下り、去って行った。
「ああああっ!!ごめんなさいっっ!!
あああああああぁぁっっ!!!」
「〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰」
痛みと絶望に蹲り、涙目になりながら、
俺は全てが終わった事を悟った……。
*
*
*
翌日、下駄箱に神条さんからの手紙が入っていた。
『矢口京太郎様
昨日は、突然矢口くんを困らせる事を言った上、乱暴な事をしてしまい、本当にごめんなさい。
あれから、よく考えたのですが、私は恋愛というものがどういうものかちゃんとよく分かっていなかった事を痛感しました。
矢口くんにした私の子供っぽい申し出を取り消させてもらってもよいでしょうか。
もちろん、矢口くんが素敵な方だという認識は今でも変わっていません。
(以下略)
矢口くんが許してくれればですが、今後は、できれば友達としてお付き合いしたいと思うのですが、いかがでしょうか。
勝手な申し出ばかりで本当にすみません。
矢口くんのご意見を聞かせてもらえればと思います。どうかよろしくお願いします。
神条桃羽』
手紙はすごく丁寧な長文の文章で綴られており、それが却って俺の心を深く抉った。
その後、神条さんの名前は出なかったものの、四人目の嘘コクの噂が流れた。
今回ばかりは嘘コクの方がいくらかマシだったかもしれんな…。と他人事のように思った。
俺が接触すると、噂に巻き込まれて迷惑がかかるだろうと、そんな理由を言い訳にして、結局神条さんとはそれっきり。
その後、図書室には極力近付かないようにした。
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