第47話 細井美葡 茶髪美少女に嫉妬する
最近、彼氏の翔くんの様子が怪しい。
以前、矢口に当て馬役を頼んで以来、しばらくラブラブでいたのだが、また浮気癖が出てきたみたい。
今日あたしが、顧問の先生に今年の部員名簿を渡しに行った帰り、教室に戻ると、同じマネージャーの沙世と先週の土曜日は楽しかったねとコソコソ話している場面に出くわした。
問い詰めると、二人は友人の誕生日プレゼントを買いに行っただけと言ってたけど、何だか怪しい…!
それに、翔くんは度々、一年生で美少女と評判の氷川芽衣子のところへ度々マネージャーの勧誘に行ってるみたい。
確かに一年生のマネージャーはまだなり手がいないけど、今のところ仕事は回っているし、わざわざキャプテンの翔くんが何度も勧誘に足を運ぶことないのに!翔くんの氷川芽衣子への下心が透けて見えるような気がしていた。
氷川芽衣子は、以前嘘コクを頼んだ矢口とイチャイチャしているように見えるけど、油断はできない。
イケメンでサッカー部のキャプテンである
翔くんに迫られたら、その内フツメンの矢口なんて色褪せて視えてしまうだろう。
他の女の子にとられないよう、翔くんの心をがっちり捉えておかなきゃと思い、最近はお弁当まで作るようにしている。
そしてこの昼休みも、お弁当を渡そうとしたのだが、少し目を離した隙に、翔くんは教室からいなくなっていた。
スマホで電話をかけてみると、数回の発信音の後、翔くんが出た。
『ああ、美葡か?どうした?』
「翔くん、今どこにいるの?美葡、また翔くんにラブラブお弁当作ってきたんだよ?一緒にお昼食べようよぅ。」
『ああ、美葡、すまない。お昼はしばらく待っててくれないか?
今、氷川さんとグラウンドにいてな、俺とサッカーで勝負をして、負けたらマネージャーになるって言ってくれてるんだ。全く、マネージャーになりたいならそう言えばいいのに、勝負なんて言って、素直じゃないよな?よかったら、美葡も俺の勇姿を見に来ないか?』
「ええっ?!」
何それ!?聞いてないんだけど!
あの女、嫌そうな振りをしていたくせにマネージャーになるなんて!
もしかして翔くんの事狙ってたの?
ハッ。まさか、あの女矢口の事も翔くんを射止めるための当て馬役にしていただけだったりして。
姑息な女め!こうしちゃいられない!
「あたしもすぐ行く!待ってて翔くん!!」
*
*
*
グラウンドでは、サッカーゴールの前で、
翔くんと氷川芽衣子が対峙していた。
駆けてくるあたしに気付いて、氷川芽衣子が驚いたように振り向いた。
「細井…先輩?」
「ちょっと、あんた!どういうつもり?マネージャーにも、翔くんにも興味ないような素振りをしていたくせに!
サッカーの勝負なんて、翔くんが勝つに決まって決まってるじゃないの!」
「え?どうしてです?」
氷川芽衣子は不思議そうに問い返してくる。
この女頭おかしいの?
「は?だってあんた女だし、サッカーの経験者とかじゃないんでしょ?サッカー部キャプテンの翔くんに勝てるワケないじゃない。」
「なるほど!私みたいな、かよわい女の子にサッカー部のキャプテンが負けたら、かなりの赤っ恥というわけですね?ついでにそんな人を彼氏にしている細井先輩は、かなり見る目のない人という事になりますね?」
「はぁ?」
何言ってんの?この女?ケンカ売ってんの?
「剛田先輩ー!彼女さんのためにもこの試合負けられないですね?」
氷川芽衣子はにこやかに、翔くんに呼びかけている。
っていうか、名前間違えてるし。ジャイ○ン
かよ?すげーバカにしてない?
「いやぁ。そうだな。頑張らなくっちゃだなぁー。」
翔くん、気にせず、デレデレ鼻の下伸ばしてるし…!
きいぃっ。あの女ムカつく!
「ハンデがある分、勝負の方法は私に決めさせてもらっていいですか?」
「ああ。いいよ。」
「今から私が3回、シュートを打ちますので、その内一回でも、ゴール出来たら私の勝ちというのはどうでしょう。」
「ああ。3回だろうが、100回だろうが君のシュート、止めて見せるよ?」
ウインクして、そんな殺し文句を言う翔くん。やっぱ、カッコイイ!!
そんな女じゃなく、私に言って欲しい…!
「へぇ。100回でも?」
氷川芽衣子は妖しく目をキラッと光らせた。
「それは、とても魅力的な選択肢ですが、それだと命の保証ができかねますので…、やっぱり3回でいいです…。」
「?そうか、ま、素直になれない形式的な儀式みたいなものだものな。
とっととすませて、顧問に届けを出しに行こうぜ?」
「はい。では、細井先輩。この勝負のレフェリーかつ立会人になってくださいね?」
「は?なんであたしが?」
「サッカー部のマネージャーで、剛田先輩の彼女である、細井先輩が適任じゃないかと思いまして。私が気に入らず、マネージャーに入れたくないんなら、私に有利な判定をして下さってもいいんですよ?」
氷川芽衣子は面白がっているような笑みを浮かべてウインクをした。
「…!な、何言ってんのよ?」
確かに氷川芽衣子を翔くんから遠避けたかったら氷川芽衣子に勝たせればいいけど、
そんな事したら、翔くんが負けることになっちゃうじゃん!うーん、でも、引き分けぐらいなら…。
「HAHAHA!何言ってるんだ?芽衣子さん!美葡が俺に不利な判定をするわけないだろう?」
でも、翔くんはあたしの揺れ動く乙女心に全く気付く事なく、氷川芽衣子の発言を笑い飛ばした。
「ま、まぁね。いいわよ。レフェリーと立会人やってやっても。」
「ありがとうございます!助かります。それじゃ、細井美葡先輩。その目でよく見てて下さいね?(京ちゃんをクズカス呼ばわりする)あなたの彼氏さんがどれ程の人なのか?」
「っ!?」
氷川芽衣子の笑顔に一瞬般若の面が揺らいで見えたような気がした。
「では、一回目、行きますよーっ?」
氷川芽衣子は、手を上げて、サッカーゴールで構えている翔くんと私に合図をすると、足元にサッカーボールを足で蹴る構えをした。
「えいっ!」
そして慣れていなそうな動作で、蹴り出したボールは、真ん中から大きくそれ、ゴールポストに当たり、外側に跳ね返った。
「ありゃー。」
はっきし言って、ど下手くそだ。
「HAHAっ。芽衣子さん。惜しい。ゴールポストの枠内を狙わないと、君のボールCATCHしてあげられないよーっ?」
翔くんは、サッカーボールを氷川芽衣子の方にゆっくり放った。
「お、おっと。ハーイ。では二回目行きますね。」
氷川芽衣子はそんな勢いの弱いボールも受け損ないそうになりながら、合図をした。
二回目は、さっきよりは、勢いよく足を蹴り出した。
ふわっと制服のスカートが舞い上がり、太ももが露わになる。
「ちょっ…!」
「おおっ!」
途端に鼻の下を伸ばす翔くん。
あの女、信じられない!わざと色仕掛けやってんじゃないの!?
ボールはゴールに向けて、弱々しくコロコロ転がり、なんなく、翔くんにキャッチされた。
「あれぇー?とられちゃったぁ。んー。難しいなぁ。」
氷川芽衣子は可愛らしい仕草で、握り拳で頭をコンと軽く叩いて舌を出した。
けっ!ブリっ子が!!
なんか、すっげームカつく!!
「HAHA!可愛いシュートだね。芽衣子さん。美葡。この調子だと、俺の圧勝で可哀想なぐらいだな。」
翔くんは、氷川芽衣子の方にボールを戻しながら、私の方に確認してきた。
「うっ。ま、まぁね。」
実力差があり過ぎるのは、分かってたけど、流石に下手すぎて、判定どうこうで、勝負をひっくり返せるレベルじゃない。
もし、この子が負けたら新しいマネージャーにしなきゃいけないの?
すげー嫌なんだけど…。
目の前でデレデレしている翔くんにため息をついた。
「むぅ。まだ分かりませんよぉ。三回目少し待って下さいねー。」
氷川芽衣子は合図をして、何回かさっきより足を大きく後ろに振り上げる練習をした。
ちょっ!そんなに大きく動いたら、パンツ見えちゃうじゃない?
「おおぅ…!」
ホラ、翔くん目が氷川芽衣子のスカートに釘付けになってるぅ!
あの女やっぱり、勝負にかこつけて、翔くんを誘惑するのが目的なんじゃ…!
「あんた!ちょっといい加減に…?!」
と、言いかけて氷川芽衣子の表情は険しく、獲物を狙う鷹の目のように鋭く目を光らせているのに気付いた。
「ハイ。では、最後、三回目行きますね~!」
氷川芽衣子は、翔くんと私に合図をした。
「翔くん!気をつけて!その女、次本気でくるよ!」
「お、おう…。」
あたしは、本能的に危険なものを感じて、注意したが、翔くんは生返事して氷川芽衣子のスカートしか見ていない!
氷川芽衣子は深呼吸すると、スカートを舞い上げながら、もの凄い勢いで足を振り上げ、周囲に風を巻き起こしながら、恐ろしい衝撃をサッカーボールに与えた。
「……っ!!!?」
ドゴオォーッ!!
ボールは目にも止まらない速さで、翔くんの方へぶっ飛び、気付くと、翔くんの大柄な体ごとゴールネットに縫い止めていた。
「ぐはあぁっ!!」
翔くんは口から、何か液体のようなものを吐き出しながら、ゴールネットに叩きつけられたそのままの姿勢で動かなくなった。
「しょ、翔くんっ!!」
あたしは慌てて倒れている翔くんの元まで駆け寄った。
翔くんはゴールネットに引っかかったまま、気絶している。
「すごぉい、剛田先輩!体を張ってサッカーボールを止めに行きましたね?」
この状況で呑気にそんな事を言う氷川芽衣子に空恐ろしさを感じて、あたしは震えながら文句を言った。
「な、何言ってんのよ!?あ、あんた、わざと翔くんの方にあんな衝撃波みたいなとんでもないのを当てたでしょ?!」
「まさか!私、サッカー未経験者ですよぉ?
さて、細井先輩。判定をお願いします。今のは勝負私の「勝ち」ですか?」
「は?あんた、馬鹿なの?それどころじゃ…!あんたみたいな化け物との試合なんて「無効」よ!」
「そうなんですぅ?では、もう一度最初の一回目からやり直しますね?」
氷川芽衣子は、翔くんの近くに転がっていたボールを拾い上げると、事もなげに言った。
「はっ?何言ってんの?翔くんもう気絶してんだよ?」
「でも、剛田先輩、オッケーサイン出してますよ?」
翔くんの右手をみると、人差し指と親指で輪っかを作るような状態になっていた。
「たまたま、この状態で固まってるだけでしょお!?」
「えっ。死後硬直ってやつですか?」
「縁起でもないこと言わないで!生きてるわよぅ!!」
「それはよかった。手加減した甲斐がありました。」
「えっ?」
「次は、本気でいかせて頂きますね。」
「う、嘘でしょ?さっきのがまだ手加減していたなんて。」
「うふふ。どうでしょう?」
愉快そうに笑顔を浮かべた氷川芽衣子はまるで悪魔のようだった。
「今度は、細井先輩も一緒に相手して頂けるなんて嬉しいです。」
氷川芽衣子は、あたしと翔くんの方へサッカーボールを構えた。
「や、やめ…!!」
氷川芽衣子の瞳にあたしと翔くんへの敵意と憎しみが宿っている。
この時点になって初めてサッカーの勝負をしかけたこの女の狙いにあたしは気付いた。
翔くんへのアプローチなんかじゃない。これは復讐だ。
なんで?
一年前、矢口とのやり取りが頭の裏に浮かんだ。屋上で氷川芽衣子の矢口へ向ける熱い眼差しを思い出した。
あたしと翔くんに向かって、氷川芽衣子はゆっくりとボールを蹴り出そうとした。
「やめてーっ!!あんたの「勝ち」でいいわっ!!ごめんなさい!!謝るからから、許してえーっ!!!」
グラウンド中にあたしの絶叫が響き渡った。
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