第48話 『当て馬』にもならない

「……っ。」

あたしはしばらく衝撃に耐えるように両手で頭を庇い、その場に伏せていたが、

体に痛みや、衝撃が来ないことを確認すると、身を起こし、頭を庇っていた両手をそろそろと外した。


氷川芽衣子は、蹴り出そうとしていた足をサッカーボールから放して、何とも嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「細井先輩。私の『勝ち』を認めて下さってありがとうございます。

剛田先輩には、約束通りマネージャー勧誘には二度と来ない。私と京先輩に二度と近づかない。という事をお約束してもらいますね。」


あたしは氷川芽衣子という危険人物を前に、心臓をバクバク言わせながら、恐る恐る聞いた。


「そ、そんだけ…?それって、あんたと矢口もこっちには、関わらないって事?

あんた達あたしと翔くんの事恨んでるんじゃん?復讐とかしてくるんじゃ…。」


「まぁ、京先輩にした事を思えば、細井先輩と剛田先輩に、どんな災難がふりかかっても仕方ないかなとは思いますが…。」


「ひっ!」

あたしは、こちらに近付いてくる氷川芽衣子に怯えて後退りした。


「でも、細井先輩は、剛田先輩と付き合っている時点で仕返しが必要ないくらい、もう十分不幸かと思いますので…。」


「ど、どういう意味よ…!」


思わず、言い返してしまった私の肩を、氷川芽衣子がポンと叩いた。


「ひいぃっ!」


氷川芽衣子は私に同情的な視線を向けていた。

「いい加減目を覚ました方がいいですよ?」


な、何この女、サッカー部のキャプテンでカッコイイ翔くんと付き合ってる私にマウントとろうとしてんの?

あんたの付き合ってる男は陰キャの地味男のくせに…!

でも、あたしは恐ろしさのあまり、言い返す事ができなかった。


「あら?別に剛田先輩に言ったセリフじゃないんですけどね?」


氷川芽衣子に言われ、翔くんを見ると、頬がピクっと動き、呻き出した。


「う、ううっ。」


「翔くん!」


意識を取り戻した翔くんを抱き起こした。


「ううん…。俺は一体…?うっ、腹が痛い…。」


「翔くん、大丈夫?あの怪物女に、シュート当てられて、翔くん気絶してたんだよ?」


まだ、ぼんやりしている様子の翔くんにあたしは必死で話しかけた。


「怪物女?芽衣子さんがシュートを打つとき、スカートがめくれてもう少しで下着が見えそうだと思ったら、急にすごい衝撃が来たのは覚えているんだが…。あとちょっとだったのに見れなくて残念だ…。」


「きいぃっ!あの女のパンツなんかどうだっていいっしょ!翔くんのバカ!」


「もう一発ぐらい当てとくんだったかな…。」

氷川芽衣子はスカートを抑えて呆れたような視線を翔くんに向けていた。


「翔くんにこんな怪我をさせて…!あんた、先生に言いつけてやるからね!」


そう息巻くあたしに、氷川芽衣子は可愛らしくニッコリと笑った。


「ふふっ。どんな風にですかぁ?一年生のかよわい女子にマネージャーになれとしつこく迫ったあげく、サッカーの勝負でコテンパンに負けちゃって、吹っ飛ばされて怪我までしちゃったって言うんですかぁ?

サッカーのキャプテンで、皆のヒーロー、

剛田先輩のイメージかなり崩れ落ちちゃいますね?」


「あんた、な、なにを…。」


「い、いや…、違うんだ。怪我したとかじゃなくって調子悪かったんだ。万全の状態で、お相手できなくてすまなかったね。芽衣子さん。」


「翔くん!?」


明らかに強がりを言う翔くんに、氷川芽衣子はどこか楽しげに目を光らせた。


「あらあら、剛田先輩、今日は体調悪かったんですかぁ?今回の勝負は無効にして、またの機会にしましょうか?確か100回のシュートでも止めてくれるんでしたよね?

あっ、今度はサッカー部の部員さんも含め、全校生徒に周知して、ギャラリーも沢山呼んで、剛田先輩の勇姿を見てもらいましょうかぁ。楽しいイベントになりそうです!ねっ?剛田先輩っ?」


翔くんは、目をショボショボさせて苦しそうに絞り出すような声を出した。

「い、いや、しょ、しょ、勝負は、もうやめ…とこうかな…。」


「ええーっ?それってぇ、もう、私をマネージャーに勧誘するのはやめとくって事ですかぁ?」


氷川芽衣子は大げさに両手を頬に当てて、驚いた。さっきはムカついたそのぶりっ子な仕草も、今はもう、ただ恐ろしいだけだった。


「あ、ああ…。」


「あらら、そうですかぁ。尊みに溢れる

京先輩をクズカス呼ばわりして馬鹿にする剛田先輩がどれ程のものかと思えば、案外根性ないんですね?がっかりですぅ。

自分の恥を晒すだけですから、これからは、安易に人の悪口とか言わない方がいいですよ?

あなたって、何ていうかぁ、『って感じですね?」


言いたい放題の氷川芽衣子の言葉を、翔くんは青褪めて、死にそうな表情で聞いている。


「まぁ、でも、その方がいいかもしれませんね。あなたは、女の子より、サッカーボールを追いかける時間をもっと増やした方がいいと思いますよ?あなたをキャプテン、彼氏にしている可哀想な部員さんと細井美葡先輩のためにも。ねっ。細井先輩?」


氷川芽衣子はあたしに近付き、にっこり笑いかけた。


「ひっ!」


「では、剛田先輩、細井先輩、あなた方が賢ければ、二度とお会いする事はないものと思いますが、どうぞ私達の知らないところでお幸せに!

もし、京先輩を貶めるような事があれば、何度でも勝負を挑みに行きますので、その時はまたよろしくお願いしますね?」


「「…っ!!」」


判決と執行猶予を言い渡す裁判官のような厳しい表情で、氷川芽衣子にそう言われ、

あたしと翔くんは青い顔を見合わせて背筋を凍らせていた。

         *

         *

         *


「翔くん、頑張ろ?あともう少しで、保健室…だよ?」

「あ、ああ…。」


あたしは、見る間に顔色が悪くなってく、翔くんを肩を組み、ヨロヨロしながら、廊下を移動していた。


全く翔くんの女癖の悪さにも困ったものだ。

あんなヤバい女にちょっかいを出すなんて。


それにしても、あの女=氷川芽衣子おかしな事を言ってたな。

翔くんと付き合ってるあたしが不幸!?

上から目線で偉そうに…!

そりゃちょっと浮気性のとこもあるけど、イケメンで、サッカー部のキャプテン、リア充のトップが彼氏なんて最高に幸せじゃね?

自分の男の趣味が独特過ぎるだけじゃねーか?

でも…。

あたしは、今必死に保健室に運んでいる翔くんを横目でみた。

土気色で、やつれた表情の今の翔くんは、とてもイケメンとは言えなかった。

それに、キャプテンのくせに、氷川芽衣子にいとも簡単にサッカーで負けちゃうし…。

や、あれは人じゃないレベルだもん。しょうがない。しょうがない。


こんな事考えるなんてあたしどうかしてる。

いつものカッコイイ自信満々な翔くんに戻ってもらうために、一生懸命介抱して尽くしてあげなきゃね。


「ハアハア、い、いつもすまないな…。君には尽くしてもらって感謝してるんだ…。」


「翔くん…!」


やっぱり、翔くんはあたしの事…。


「み、美津子…。本当にありがとう…。」


??!


「美津子って誰よおぉっ!!翔くんっーーっ!??」


ぎりぎりと首を締め上げると翔くんは苦しそうな声を出した。


「ぐ、ぐえぇっ。ま、待て、み、みのり、話せば分かる…」


「お前、何股してんだあぁーっっ!!??」

「ぐはぁっ!」


思わず、お腹を殴りつけると、は床に沈み、再び意識を失った…。



*あとがき*


細井さんに関しては、一番大切にしていた

彼氏との関係、彼氏への思いを失ってもらうことが一番の復讐になるかと思い、こういう形になりました。

結果的には、細井さんが京太郎に語った「彼氏と別れて、自分を変えたい」という嘘の要望を全うしてもらう事になりましたね。


物理的な復讐を期待していた方いらっしゃったらすみませんm(_ _;)m💦💦


次回はこのリベンジの京太郎視点になります。


今後もよろしくお願いしますm(_ _)m

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