第34話 細井美葡の頼み事とその真意
聞き間違いじゃないよな。
今、「あたしと付き合ってよ」とか言ったか?コイツ…?
俺は目の前のギャル=細井美葡を凝視した。
見破ったのにもかかわらず、嘘コクを防げなかった事にショックを受けながらも、
万一にも本コクの可能性がないかどうか、チェックする。
ニヤニヤ笑いを浮かべた細井の表情からは、
俺に対する若干の蔑み、好奇心、打算、からかいなどは読み取れるものの、恋愛感情といえるものは皆無に等しかった。
はい。100%嘘コクです。
なら、何故、彼女はそんな話を持ちかけてきたのか…?
「どういう事だ?なんか理由があるのか?」
「おっ。察しがいいね!さっすが嘘コクの専門家!」
細井は嬉しそうに指を鳴らして称賛してきたが、全然嬉しくない…。
「ちょっち、あたしの話、聞いてくれるかな…?」
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自販機のある休憩所で、細井の話を聞くに、
今付き合っている彼氏が浮気性のため、別れたいということだった。
しかし、何度も別れ話をしても、うまい事言いくるめられてしまい、なかなか別れる事が出来ないらしい。
「翔くん、彼…、サッカー部で、私マネージャーやってんだけど、同じマネージャーの沙世にも手を出してるっぽくってさ。
なんか、毎日すごい辛くて…けど、彼に甘い言葉をかけられると、つい絆されちゃうんだ…。ホントあたしバカだよね…。」
細井はギャルに似合わぬ(といったら偏見かもしれないが)寂しそうな笑顔で俯いた。
思った以上に重い話を持ち込まれ俺は、当惑した。
「それは確かに辛いだろうが、どうして俺と付き合うって話になるんだ?やけになってって事か?」
自分で言うのも何だが、サッカー部のリア充から、カースト底辺の陰キャ、なおかつ嘘コクで有名な俺に乗り換えたところでランクダウンも甚だしい。
どうせなら彼を見返してやれるようなイケメンリア充と付き合った方がいいのではなかろうか。
「だから、本当に付き合うんじゃなくて、フリをして欲しいってこと。なかなか別れる勇気が出ないから、もう、他の人と付き合う事にしたからって言って、スッパリ縁を切ろうと思う。矢口には、昼休みとか、放課後とか、必要なときに私と一緒にいてくれないかな?彼とちゃんと別れられるまでの間だけでいいから。もちろん一緒にいてくれた間の飲食費はあたしが全部出すからさ。お願いできない?」
「ええー?」
俺は何とも厄介な事になりそうだと、思いっ切り嫌な顔をした。
「頼むよ。矢口。あたし、彼と別れてマネージャーも辞めたら、彼氏の言いなりになるしかなかった弱い自分を変えて、新しい自分になれる気がするんだよ。だから、お願い。少しだけ手を貸して!」
手を合わせて、必死に頼み込んでくる細井の
様子は、自分を変えたい、強くなりたいという彼女なりの真実が見えるような気がした。
だから渋々ながら俺は細井の頼みを引き受けた。
だが…。
「矢口。君は本当に最っ低のクズだな!人の彼女を口説いた上に、その飲食代まで女性に払わせるなんて!!」
「はあ?」
嫌々ながら、昼や放課後に細井と過ごすようになって数日たった頃、剛原から謂れのない非難を受けた。
休憩所で、俺の隣で菓子パンを食べていた細井は、すすっと剛原に寄り添った。
「いいの、翔くん。甘い言葉をかけられて、つい、絆されちゃた私が悪いの。翔くん、最近忙しそうだったから、つい寂しくて…。私、バカだった…。」
「はああ?」
こいつ、何言ってんだ!?
俺は、細井の言葉を信じられない思いで聞いていた。
「そうだったのか。美葡。しばらく構ってやれなくて悪かったな。こんな嘘コク野郎に
言いくるめられるほど、思い詰めていたなんて!!これからはもっと美葡の事、大切にするからな。」
「翔くん!!」
細井は剛原に飛びついて、二人イチャイチャし出した。
「はぁ。何か知らんが、もう勝手にやってくれ。」
俺は何もかも馬鹿らしくなって、その場を後にしようとしたが…。
「待て、矢口!お前、二度と美葡に近付かないと約束しろ!」
人差し指を突き出して、悪人を退治すらヒーローよろしく俺を糾弾する剛原に、俺は疲れたように言った。
「ああ。もうホント、ソレ俺からもお願いするわ。細井も剛原も二度と俺に近付かないって約束してくれや。お前ら、似合いのカップルだわ。」
「はははっ。素直に負けを認めたか!負け犬は去れ去れ!」
「翔くん、素敵!」
悦に入ってる剛原と、目がハートになっている細井を残して、俺はその場を去った。
❇
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❇
その翌日、お昼の時間に廊下に呼び出してきた、細井を見て、俺は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「そんな顔しないでよ。矢口。昨日までありがとねん!おかげで翔くんとまたラブラブに戻れたわ。他の女の子には、もう見向きもしないって言ってくれた。」
「細井。最初から、剛原の気持ちを取り戻すためにやった事だったのか?」
「まぁね!効果覿面だったっしょ?」
ドヤ顔の細井に怒りが込み上げてきた。
「だったら、何で最初から俺にそう言わなかった?」
「だって、そう言うと、引き受けてもらえないと思って…。」
「当たり前だろ?そんな下らない事に誰が手を貸すかよ?俺は細井が辛い環境を変えて、新しい自分になりたいからっていうから、手を貸してやろうと思ったんだよ。人の善意を踏みにじりやがって!」
「んー、ごめんて。矢口。利用したのは悪かったよ。ハイ、今日のお昼これでチャラにして?」
細井は、そう言って菓子パンと飲み物が入ったコンビニの袋を差し出してきた。
「いらねーよ!逆に、今までの飲食代、返すわ。」
俺は財布から数枚千円札を取り出し、コンビニ袋に突っ込んだ。
「ええ、いいよう!これは、協力してもらったお礼なんだから。」
「お前みたいな奴から、奢ってもらいたくないんだよ。もう金輪際、俺に話しかけてきたりするなよ。」
「何ソレ!陰キャのくせに、プライド高いって最悪!だから、あんたモテないんだよ。
そんなに怒るってことは、あんたも、この話を引き受けたとき、あわよくばみたいな下心あったんじゃないの?あたしを翔くんに取り返されて、悔しかったんでしょ?」
俺は大きくため息をついた。
コイツとはいくら話しても分かり合える気がしないな。
「恋愛脳のお前からしたら、そういう話になるんだな。ま、ある意味いい勉強になったわ。じゃあな。細井。浮気性の彼氏と幸せにな…。」
俺を睨みつけてくる細井を背を向けて、教室に戻った。
*あとがき*
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m(_ _)m
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