第32話 桃印のお弁当

「えへ。実は、今日お弁当作って来たんですよ?」


芽衣子ちゃんはガサゴソと持っていた手提げから、いくつかのお弁当ボックスを取り出した。

芽衣子ちゃんとここ(屋上)に来るのも、これで3回目だ。前回は笠原さんも一緒だったけどな…。

俺達は嘘コクの打ち合わせの前に、

ベンチに腰掛け、お昼を食べる事にした。


「それは、凄いな…!」


美少女の上に料理も出来るとは、完璧じゃん!

嘘コクが趣味でなければ、今頃は群がるリア充男子から彼氏も選り取り見取りであったろうに…。芽衣子ちゃん、不憫な子よ…。


俺は、涙のちょちょ切れる思いで、コンビニで買った焼きそばパンを取り出し、封を切ろうとすると、芽衣子ちゃんにアワアワした様子で止められた。


「あ、あのあのっ!京先輩の分もあるんですけどっ!お弁当!」


「ええっ?」


芽衣子ちゃんにお弁当ボックスを差し出され、どビックリして、パンを膝に取り落とした。


「あっ。でも、お昼買ってあったなら、無理にとは…。コンビニパン美味しいですよね…。」


そう言いながら、しゅーんと肩を落としている芽衣子ちゃんに俺は慌てて言った。


「いやいや、頂くよ。まさか、俺の分も用意してくれてると思わなくて!

これは夜に回せばいいし。」


「いいんですかぁっ?じゃ、じゃあ、どうぞっ!」


ぱぁっと顔を輝かせる芽衣子ちゃんからお弁当ボックスを受け取った。


うおぉぅ!

女子(しかもS級美少女)が弁当を作ってくれるなんて、ギャルゲーかリア充男子にしか発生しない案件がよもや、この俺に起こるとは…。


何のバグイベントかは分からないが、もうこんな事人生上二度とないかもしれない。

心して味わわせてもらおう。


かなり、大きめのお弁当ボックスを開けると、サンドイッチが所狭しと並べられていた。たまごサンド、ツナサンド、ハムサンド、クリームサンドと種類も豊富だ。


マジか。メッチャうまそう!


それより、小さめのお弁当箱には、唐揚げや、サラダが入っており、これまたすげーうまそうだった。


更に、芽衣子ちゃんが小さめの水筒のようなものを差し出してきた。


「これ、野菜スープです。スープジャーに入ってるので、まだあったかいですよ?」


スープまで!栄養バランスも完璧…!


「お、おお…。ありがとう。い、いただきます…!」


俺は震える手で若干具がはみ出し気味のハムサンドを手にとり、一口食べた。


「う、うまい…。」


やばい。泣いてしまいそうだ。


「本当ですか?よかったー。」


芽衣子ちゃんは頬を染めて、嬉しそうに微笑んだ。


「ああ、すげー美味しいよ?こんなにお料理上手なら、芽衣子ちゃん、いいお嫁さんになれるよ…って芽衣子ちゃん!?」


俺は嬉しさのあまり、芽衣子ちゃんに最大級

の賛辞を送ったつもりだったが…、芽衣子ちゃんは新婚さんい○らっしゃいの司会者のように、綺麗に椅子から転げ落ちた。


「あうぅ…。パワーワード来たぁ…!

(お嫁さん…、お嫁さん…にしてくださいぃ…。)」


芽衣子ちゃんは真っ赤になってぶつぶつ何かを呟いている。


「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます…。」


俺は芽衣子ちゃんを紳士的に助け起こして、椅子に再び座らせてあげた。


こけた瞬間、水色のストライプに黒猫が描かれた何かの布地を見てしまった事など、

絶対言ってはならない。そんなのは、

俺の心のアルバムにそっとしまっておけばよいことだ。


「京先輩にそんなに褒めて頂いて、有り難いんですが、実はほとんど母に作ってもらったんです…。手先が不器用なもので、私がやったのは、材料を切るのと、パンに具を挟むぐらいで…。」


そう言うと、芽衣子ちゃんは、恥ずかしそうに俯いた。


「そうなんだ。でも、お手伝いちゃんとしてて、偉いじゃん。」


芽衣子ちゃんが、慣れない手付きでお母さん(想像だが、多分美人で品のよいマダム)のお手伝いをしながら、お弁当を作っている様子を思い浮かべると、それはそれで、微笑ましかった。


「あっ。でも、サンドイッチのマークは私が焼き色つけたんですよ?」


芽衣子ちゃんは恥ずかしそうに手をモジモジ動かしていた。


「マーク?」


サンドイッチのパン部分をよく見ると、確かに茶色の焼き色がついている部分があった。

何かの形のように見える。何だろう…?


「ええ…、そのハートマー…」

「ああ!桃のマークだね。」


「え」


俺とかぶるように何かを呟いた芽衣子ちゃんは、驚いたようにこちらに向き直った。


「へぇー、こんな風に焼き色つけられるんだ。わぁ。両面に付いてる。可愛いね。」


俺は感心して、サンドイッチのパン部分につけられた桃マークを眺めた。

こういう芸が細かいところ、女の子の弁当って感じするよなぁ…。


「いや、あの、京先輩。それ、向きはんた…」

「いや、俺実は桃大好きでさ。なんか嬉しいな!」


「え」


「関係ないかもだけど、ゲームでも、桃○郎電鉄とか、大好きで、友達とよくやったなぁ。桃マーク見ると思い出すよ。俺にピッタリの弁当、ありがとう。」


俺が興奮気味にお礼を言うと、興味のないゲームの話題を出してしまったせいだろうか?芽衣子ちゃんは何とも複雑な表情をした。


何かを考えているような、がっかりしたような、思い直したような…。

そして最後には笑顔になった。


「(ああ、そう言えば昔、京ちゃんとそんな感じのゲームやったかも。トホホ…。せっかくのアピールチャンスが…。んーでも、こんなに京ちゃんが喜んでくれたならいっかぁ…。)

エヘヘ。京先輩にそんなに、喜んでもらえて私も嬉しいです。いっぱい食べて下さいね?」


それから二人でサンドイッチをぱくつきながら、楽しい時間を過ごす事になった。


「そう言えば、芽衣子ちゃん。秋川の事なんだけど…。」


ピクリと芽衣子ちゃんが肩を揺らした。


「あ、あ、秋川先輩?なな、何ですか?」


秋川の事がよほど怖かったのだろうか?

芽衣子ちゃんの顔は引き攣っていた。


「いや、心配するようなことじゃないんだ。あいつ、今までの悪事がバレて、えらい事になってて、もう芽衣子ちゃんに悪さなんて出来ないから、安心して欲しいなと思って。」


「そ、そうなんですね。(そう言えば、L○NEで、柳沢先輩が他のバスケ部の方と協力して吊るし上げたって言ってたな。)」


「それにあいつ、なんか人が変わったみたいに覇気がなくなって、俺にも今までの事、謝ってきたんだよ。」


「! そうですか…。それで、京先輩は、秋川先輩の事を許された…んですか?」


「ま、あいつのやった事は、悪どすぎるし、他の奴も巻き込まれてる。今までの事全部チャラになんて、到底できないけど…。

何ていうか、頭を下げて震えている秋川を見ていたら、俺を脅かしていたのは、こんな小さな奴だったんだなと思って…。何か馬鹿らしくなって、今まで憎んでいた気持ちが、すっと冷めちゃってね…。

二度と関わらないで欲しいけど、謝罪の気持ちは汲むとだけ言った。」


「そ、そうですか…。私が京先輩の立場なら、感情的になって、逆に責めてしまいそうですが、やはり、京先輩は大人で優しい方ですね。」


好意的に言ってくれる芽衣子ちゃんに俺は苦笑いした。


「はは。そんないいものじゃないよ。いつまでも、負の感情抱えてんのは辛いから、自分が楽になるため、現実的な落としどころを考えただけ。」


「そうなんです?でも、京先輩が、少しでも気持ちが楽になったのなら、よかったぁ…。」


自分の事のように喜んで微笑んでいる芽衣子ちゃんをチラッと見て、俺は目を逸らした。


自分の気持ちが楽になったのは、秋川への怒りと憎悪が薄れただけではない気がする。


自分を信じると言ってくれた芽衣子ちゃんー。

そして、自分を信じてと必死に訴えた芽衣子

ちゃんー。

そして、今、目の前で俺のために微笑んでいる芽衣子ちゃんの姿に俺は胸の奥が温まるのを感じていた。


「め、芽衣子ちゃんの方は最近どう?困った事とかはない?」


そんな自分を誤魔化すように話題を変えた。


「あ、はい。校内放送で、周りから注目は浴びるようになりましたが、私が恋愛に興味が全くないという噂がたつと、変に言い寄られる事は少なくなりました。」


「そ、そうか…。」


嬉しそうにそう言うが、芽衣子ちゃんはこんなに可愛いのに、嘘コクしか興味ないなんて、勿体ない話だなと俺は思った。


「けど、一人今だにしつこく誘ってくる方がいて、今日なんか教室にまで…。」


芽衣子ちゃんが眉間に皺を寄せて言いかけると、突然屋上の扉がバーンと開いて、イケメンが現れた。


「芽衣子さん。こんなところにいたんだね?今日こそ、ウチのサッカー部のマネージャーを引き受けてくれ。俺と一緒に一度しかない青春、ENJOYしようぜ?」


短髪で、ガタイのいい、スポーツマンタイプのイケメンが、親指を立てて、ニコッと笑った。

ん?こいつは確か…。


「こんなところにまで…!」


芽衣子ちゃんはうんざりしたように、鼻に皺を寄せた。

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