第26話 君と歩く帰り道

秋川の弱味を握り、後顧の憂いを絶った俺は久々に爽快な気分で、校内を急ぎ歩いていた。

今日は、久々にゲーセンでも行くかな。

今なら、史上最高スコアを叩き出せそうだぜ!

と、思っていた矢先…。


「あ。人気者くん、放送見たよ?ちょうどよかった!ちょっとまた手伝ってくれないかな?」


俺はまたも運悪く、廊下で担任の教師=新谷良子(29才、独身)に遭遇してしまった。


「はぁ…。」

俺は大きなため息をついた。

❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


「京せんぱーいっ!」


例によって少し遅くなった帰り、下駄箱から靴を取り出したタイミングで、廊下の向こうから、駆け寄って声をかけてくる女の子がいた。


「い、今、帰り、ですか?」


頬を紅潮させ、若干息を弾ませながらそう

話しかけて来たのは、芽衣子ちゃんだった。


「ああ、うん。芽衣子ちゃんも、今帰り?

笠原さんは?」


「あっ。今日はマキちゃん、えっと、一緒に帰れないみたいです。

えと…、京先輩、も、もし良かったら、一緒に帰りませんか…?」


手をモジモジ組み合わせて、不安そうに誘ってくる芽衣子ちゃんに俺は少し胸が痛んだ。


ああ。秋川の事が心配な中、笠原さんがいないなら、一人で帰るの心細いよな。

出来るだけ、俺は芽衣子ちゃんに安心してもらえるよう、笑顔で頷いた。


「うん。いいよ。一緒に帰ろうか?」


「ふはぁっ!その笑顔まぶしゅっ!ありがとうございますぅ…。」


芽衣子ちゃんは、ワケの分からない擬音を叫びつつ礼を言うと、その場に崩れ落ちた。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


最寄り駅へ続く住宅街の遊歩道を、俺は芽衣子ちゃんと肩を並べて歩いていた。


芽衣子ちゃんの事だから、帰り道の間中、嘘コクについてさぞや熱く語ってくるだろうと思っていたのだが、意外にも隣を歩く彼女は大人しく、二人の間に沈黙の時間が続いていた。


西陽が彼女の茶髪を金色に、ピンク色の頬を赤く染めている。


こうして改めて見ると、本当に綺麗な子だよな。伏せられたパッチリした目。長い睫毛。

少し小さめで、すっと通った鼻筋。ふっくらした頬。桜色のプックリした唇。

それらが、白いうりざね顔にバランスよく配置され、奇跡的な美が形成されている。


すらっと長い手足、大きく張り出した胸、

締まったウエスト、程よく丸みを帯びた腰のライン、全体的に見ても、完璧なプロポーションを誇っていた。



人の美醜というのは本当に不公平だな。

俺のように神様が、考え事をしながら3秒位で作ったような平凡な造作の奴もいれば、彼女のように、長い時間をかけたであろう超大作もある。


俺は、その事を理不尽だとか羨ましいとか思うより先に、彼女を含めた情景の美しさにただ圧倒され、見惚れていた。


あの子と同じ…。


『茶色の髪』

『芽衣子という名前』


いや、だからってまさかこんな綺麗な子が…

でも、彼女の語った過去は一体…。


『私はかつて、周りが全て敵だった状況でもたった一人が側にいてくれたおかげで生き抜く事が出来ていたんだから…!』


あれは、まるであの時の俺達のような…。


『今この瞬間だけでいいから、私を信じて!』


あの時そう言われて気付いた。

俺はあの瞬間まで、いや、その後も彼女を疑うなんて、考えもしなかった事。


人より女の子に対して警戒心がある俺は、この子を、秋川の手先だと疑っても不思議はないのに…。


何故か俺はこの子に裏切られると、微塵も思えなかった。

どうして、俺は一昨日会ったばかりの後輩、氷川芽衣子ちゃんをこんなに信用しているんだろう…?

やはり、俺は無意識のうちに、芽衣子ちゃんにあの子を重ねているんだろうか。


「んっ、んうっ。」


考え込んでいた俺は、芽衣子ちゃんが咳払いをしたのに気付いた。


「きょ、京先輩。きょ、きょう、きょう…。」


「ん?早口言葉?」


芽衣子ちゃんは真っ赤になってぶんぶんと首を横に振った。


「ごめんなさい。緊張しちゃって…。今日、あの後は大丈夫でした?」


「ああ。皆に質問攻めにあって、大分いじられて、大変だったよ。芽衣子ちゃんはどうだった?」


「私も、クラスの皆から注目されて、色々聞かれて大変でした。他の場所でもいつもより沢山の人の視線を感じました。」


ただでさえ、美少女の芽衣子ちゃん、校内放送であんな魅力全開の動画を流したのだから、ますます人気も爆上がりだろう。


「ははっ。人気者は、大変だな。そのうち、芽衣子ちゃんは俺なんかが声もかけられないような学園のアイドルになっちゃうんだろうな。」


いや、既にそうかもしれないが。


「なんですか?ソレ!やめてくださいよぅ。」


「いや、本当に。こんなに皆に注目されてる中、俺なんかと嘘コクミッションしてる場合じゃないんじゃない?たちまち噂になっちゃうよ。俺、君のファンから刺されるの嫌だぜ?」


「あっ。それは大丈夫だと思います。私、ある方にお願いして、そういう騒ぎは抑えてもらえそうですので。」


「そんな事できるのか?すごいな!あ、この前、秋川の事について助言をくれた人か?」


「い、いえ…、その人とは、また別の人…です…。」


芽衣子ちゃんは何故かものすごーく気まずそうに俺から視線を逸らした。


「?そうなんだ。知り合い多いんだな。」


「え、ええ…、まぁ。」


「あ。俺も言っとくけど、秋川の事はもうそんなに心配しなくていいぞ?あいつの弱味になるような音声データを握ってやったから、これ以上は俺達に悪さできないだろう。」


「えっ?そうなんですか!?」


芽衣子ちゃんは驚いた顔でこちらに向き直った。


「ああ。万が一、秋川がなんかやってきそうだったら、すぐ言ってくれ。データをネタに止めさせるように言ってやるから。」


「は、はい…。ありがとうございます。

(京ちゃん、凄すぎ…。あー、私はそうとも知らず、余計な事を…。)」


礼を言った後、何か小さな声でブツブツ呟いて芽衣子ちゃんは俯いてほうっと息をついた。


何だろう?安心した…のか?


「それと…、芽衣子ちゃんに聞きたい事があるんだけどさ。」


「はい?」


「芽衣子ちゃん、動画流す前、俺を説得するときに、以前周りが全て敵だった状況でもたった一人側にいてくれた人がいたって言ってたよね?」


「!!」


「それっていつぐらいの話?」


「しょ、小3位…ですかね…?」


「小3…?じゃ、じゃあさ、その時側にいてくれた人ってどんな人だったの?」


「……、か、家族…みたいな?」


「家族…。」


違うのだろうか?


いや、仮にあの子だとしても、側にいて心の支えになっていたのはたった一人の家族、母親だったかもしれない。

何、俺がその人だったかもと自惚れてんだ、俺?


それなら…。


「芽衣子ちゃんってさ。ニンジンって好き?」


芽衣子ちゃんは目をパチクリさせた。


「ええ。嫌いではないです…。」


「小さい頃から…?」


「ええ。物心つく頃からずっと嫌いではないですが、それが何か…?」


違う…か…。

あの子は俺と一緒で、ニンジン嫌いで食事のとき、いつも残してたもんな。


「いや。何でもない。それなら、いい。教えてくれてありがとう。ちょっと、俺の勘違いだったみたいだ。」


「??え、ええ…。」


そりゃ、そうだよな!


同じ名前で茶髪の女の子なんていっぱいいるよな。

だいたい、芽衣子ちゃんがあの子だったら、

今までその事を黙っているワケがない。

ガッカリしたような、ほっとしたような複雑な気持ちで俺は大きく息をついた。


「京先輩?」


その姿に、小さなあの子の面影を見てしまわないように、芽衣子ちゃんから視線を逸らせると、いつしか、色鮮やかな夕焼けが、空一面に広がっているのに気付いた。


「や、何でもない。夕焼け、綺麗だな。」


「本当ですね。明日は嘘コク日和になりそうですね?」


何だよ?嘘コク日和って?

天気まで嘘コクに絡めるなんてどんだけ好きなの?

ようやく芽衣子ちゃん、いつもの調子が出てきたようだ。


「私、この土日を使って次のミッションに向けて、いい嘘コク案を考えてきます。だから、京先輩、来週からまた付き合ってくださいね?」

「ええー…。」


来週からはまた芽衣子ちゃんに振り回される日々が続くのか…。


芽衣子ちゃんの夕焼けに照らされたキラキラした笑顔に、苦笑いを向けた俺だったが…。


それでも、今日この笑顔が失われる事がなくて良かったと、紛い物の笑顔に蹴落とされる事がなくて、本当に良かったと俺は心から思った…。




❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


「いや。何でもない。それなら、いい。教えてくれてありがとう。ちょっと、俺の勘違いだったみたいだ。」


夕陽が京ちゃんは困ったような笑顔を照らしていた。


「??え、ええ…。」


冷や汗がこめかみに垂れ、心臓が早い鼓動を打っている。

私は内心の動揺を隠せないまま、愛想笑いを浮かべた。


私の過去の事をそんなに聞いてくるって事は、「めーこ」を思い出してくれた?

私が「めーこ」だと疑ってる…?


思わず、バレないような回答をしてしまったけど、嘘は言ってないんだよ?


あの頃私は京ちゃんを家族同然に思っていたし、何でも京ちゃんとお揃いでいたかった私は、特に嫌いでもないニンジンを嫌いなふりしていたんだから。いつもお皿に残されているニンジンを見て、お母さんは苦笑いしていたけどね。


今、私が「めーこ」じゃないと思って、

京ちゃんはどう感じているんだろう?


京ちゃんはガッカリしたような、ほっとしたのか、どちらともとれるような大きなため息ついた。


「京先輩?」


京ちゃんの考えている事も判らないけど、自分もよく分からない。

私が「めーこ」だと、知って欲しいのか、

知られたくないのか。


『京ちゃん。思い出してくれたの?そうだよ!私が幼馴染みの「めーこ」だよ!

あの頃から、ずっとずっと京ちゃんが大好きなんだよ!』

そう叫び出したい気持ちがある。


だけど、勇気がない。


今はまだ、このままで…。


氷川芽衣子として距離を縮めて、いつか京ちゃんに本当の想いを伝えられたら、その時はきっと…!


「や、何でもない。夕焼け、綺麗だな。」


そう京ちゃんに言われ、見上げると、

色鮮やかな夕焼けが、空一面に広がっていた。


「本当ですね。明日は嘘コク日和になりそうですね?」


綺麗な夕焼けに見惚れながら、私は今の私達を繫いでいるものを頼みにするしかなかった。


「私、この土日を使って次のミッションに向けて、いい嘘コク案を考えてきます。だから、京先輩、来週からまた付き合ってくださいね?」

「ええー…。」


今の京ちゃんが今の私にくれるもの。


綺麗な夕焼けの景色。

呆れたような苦笑い。


その全てをかけがえのないものと感じながら…。


今日優しいこの人が再び傷付けられる事がなくて本当に良かったと私は心から思った…。






*あとがき*


次回より3話分、芽衣子ちゃん復讐編となります。

時系列はこの話より前になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る