第2話 憧れの人
「あの、矢口先輩…。ずっと前から好きでした。私と付き合って下さい…。」
私、氷川芽衣子(15)は手紙で屋上に呼び出した憧れの人=矢口京太郎(16)に一世一代の告白をした。
心臓が壊れるんじゃないかと思うぐらいバクバクいっている。
緊張して色んなところから汗がにじみ出てくる。
京ちゃ…、矢口先輩は目を丸くして私の方をガン見している。
ああ、私の事汗っかきな子だと思ってないかな。風さん。早く汗を乾かして〜!!
屋上に吹き荒ぶ風に祈るように私は手を組み合わせた。
「えーと、一年の氷川芽衣子さんって言ったっけ。」
どきん。
矢口先輩は私に優しく話しかけてきた。
「は、はい!」
さあ、来た!丁か半か。
先輩と付き合えるか、振られるか。
デッド・オア・アライブ!
ハッハッ、や、やばい、過呼吸ぎみになってきた!!
心なしか、視界も暗くなってきたような…。
私が倒れる前に矢口先輩、どうか返事を…!!…と思ったとき…。
「どれがいいか選択してくれるかな?」
「はい?」
私は目が点になった。
「1、俺が告り返したところを速攻で振る
2、告られて俺が大喜びする様子を動画で撮る
3、彼氏との仲を取り戻すための当て馬役にする
4、俺が調子こいて襲い掛かってきたところを金蹴りして逃げ出す
5、お財布代わりにする(限度額あり)
6、人手不足のためこき使う
7、取り敢えず、その場は付き合っているフリをして、いい気になっているところを後日皆の前でドッキリでした…とバラす。
さぁ、どれがいいかな?」
京ちゃん何言ってんだ?
❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇
小学三年生の頃、私はヒーローに会った。
当時の私は転校したばかりで友達もいなくて、かつ、性格も根暗だった私は、いじめの恰好の的だった。
母子家庭だった事も、人より少しだけ色素の薄い茶色の髪も、勉強も運動もできない事も
全てがイジられる理由になった。
私は長い前髪で、顔を隠し、なるべく気配を消し、目立たないよう、ただ息を殺して学校での時間を耐えた。
からかい、嘲笑、嫌味、それはまだ耐えられる。ただ、殴られたり蹴られたりの暴力は本当に辛かった。
ある日、下校中、登校班の上級生トラ男(多分あだ名。今では名前も覚えていない)にいわれなく暴力を振るわれ、歩道に転んで泣いていた私を一人の男の子が助けてくれた。
同じ登校班で、殴った上級生とは同級生の、京ちゃん=矢口京太郎(小4)だった。
「トラ男!めーこを殴るなよ!これ以上ひどい事するなら俺が相手になるぞ。」
同級生とはいえ、段違いに体格の大きい相手に向かっていってくれたのだった。
そして…、京ちゃんはあっさり返り討ちにあった。
「ふんっ。これに懲りたら、弱虫のくせにつっかかってくんのやめろよな!」
トラ男が颯爽と去っていった後には、ボロボロになった私と京ちゃんが残され、二人で痛くて悔しくてわんわん泣いた。
ヒーローは特に強いというわけではないらしかった。
けど、私は嬉しかった。
その日から私は一人じゃなかった。
辛い学校の時間をやり過ごした後、一つ年上の京ちゃんと、二人で多くの時間を過ごした。
公園で遊んだり、家でゲームをしたり、時々勉強を教えてもらうこともあった。
今覚えば、京ちゃんも他の同級生からイジメられていたのかもしれない。ランドセルや、手提げはボロボロだったし、教科書には自分が書いたとは思えない沢山の落書きが書いてあった。同級生と遊ぶ事はほとんどないようだった。だから仕方なく一学年下の、しかも異性の私に構ってくれていたのかもしれない。
けど、当時の私にはそんな事は分からず、ただただ京ちゃんといられる時間が楽しかった。
同じ母子家庭という事で親近感もあって、親同士も仲が良かった私と京ちゃんは、本当の兄妹のように仲よく過ごした。
そして、その大切な時間は、ある日唐突に終わりをつげた。
お母さんが今のお父さんと再婚して転校する事になったのだ。
兄妹のように仲が良くても、本当の兄妹じゃない私達は離れるしかなかった。
悲しかったけど、でも兄妹じゃないからこそ、いつか他の方法で一緒にいられる可能性もあると私は自分に言い聞かせた。
私は彼との再会を胸に誓い、彼の目に留まる女の子になるために、自分磨きに励んだ。
長い前髪を切り、髪や肌の手入れ、メイクの仕方を学び、明るい笑顔と話し方を心がけ、
勉強も運動も可能な限り頑張った。
そして、友達のつてで彼が通う高校を知ると、親に頼み込んで、受けさせてもらった。
そしてこの春、やっと念願かなって、彼の通う
全校集会のとき、初めて学校で彼の姿を見かけたときは天に昇る程嬉しかった。
髪を茶髪に染めているのは驚いたけど、
優しそうな面差しは昔のまま変わっていなかった。
背中周りとかガッチリして体つきもすっかり男の子らしくなって、ドキドキしてしまった。
気になるのは女性関係だけど…。
中学からの友達で、同じ青春高校に入学した
マキちゃん=笠原真希子(16)に知り合いの先輩に、京ちゃんの事を聞いてもらうと、今は誰とも付き合っていないらしいけど、女の子から何度か告白されたことがあるそうだった。
やっぱり、京ちゃん、素敵だもんな。
モテるんだ…!
何もしないでいたら、すぐに他の女の子に京ちゃんをとられちゃうかもしれない!
焦った私はこうしてはいられないと、その日のうちに手紙を書き、翌日屋上に呼び出して、死ぬほど勇気を出して京ちゃんに告白したというのに…。
それなのに…。
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