第57話


 長かった冬はようやく終わりを迎えて、暖かい春の季節を迎えていた。

 至る所で桜が咲き誇る中、2人で有名な名所へと足を運ぶ。


 人が賑わう中、レジャーシートを敷いてお花見をすることになったのだ。


 鞄からお弁当箱と事前に買っておいたお菓子を取り出していれば、凪もいそいそと自分の鞄からあるものを取り出している。


 「なんと私も卵焼き作ってきました」


 そう言って彼女が取り出したお弁当箱には、ふんわりと綺麗に仕上がった卵焼きが入っていた。


 お箸を渡されて、感動しながら彼女の手料理を見つめてしまう。


 「焦げてない…!」

 「味も美味しいよ」


 パクッと頬張ってみれば、凪の言う通り丁度良い甘さでふんわりとした食感が絶妙だった。

 彼女の成長を感じて、つい感動してしまう。


 初めて卵焼きを作った時は焦がしてしまったのだから、これも練習の成果だろう。


 「あれから沢山練習したから……」

 「すごい、本当に美味しい」

 「雪美のために頑張ったもん」

 「ありがとう…じゃあ、食べよっか」


 2人で桜の下でお弁当を食べながら、ゆったりと流れる時間に幸せを感じていた。


 あれから更に、3ヶ月が経った。

 相変わらず二人はラブラブで、こんなに平和でいいのだろうかと不安になるくらい幸せな日々を送っている。


 「……生きるってこんなに楽なんだなって思うの」

 「え……」

 「幸せで楽しくて……何のために生きるんだろうとか、そう言うの何も考えない」


 ギュッと手を握られて、そこから彼女の想いが伝わってきてしまいそうだった。

 酷く穏やかな表情で紡がれる言葉を、ジッと聞き入っていた。


 「雪美と生きる人生が楽しいから……好きな人といられるだけで、心がすごく軽くなる……雪美のおかげ」

 「……私にとって凪も同じだよ」


 二人で顔を見合わせて、笑いあう。

 デザートに食べたお菓子はすごく甘くて、2人好みの味をしていた。

 

 「……本当、甘いね」

 「けど甘い方が美味しいよ。私たちには甘い方が合ってる」


 その言葉がじんわりと胸に響いていく。

 二人とも甘い方が好きで、苦さは好んでいない。


 たっぷりと甘さに溢れた、穏やかな人生を彼女と共に送りたいのだ。


 花見の帰り道、ふと教会の前を通り掛かれば、チャペルで結婚式を挙げている二人組を見かける。


 真っ白なウェディングドレスは酷く綺麗で、ついジッと見入ってしまっていた。


 「……昔さ、なんで結婚式なんかやるんだろうって不思議だったの。お金掛かるし、自己満じゃんって…我ながら捻くれてると思うけどさ」

 「…そっか」

 「……けど今なら分かるなって。私はこんなに素敵な人と結婚するんだって…私のパートナーはこんなに魅力的な人なんだって皆んなに見せびらかしたくなるもん」


 全く同じ気持ちだからこそ、つい笑みを溢してしまう。

 幸せな日々を送っているうちに、彼女の心も明るい方向へ向き始めたのだろう。


 「……好きな人がいるだけで同じ景色がこんなに違って見えるんだから不思議だよ」

 「私も凪がいるだけで毎日がキラキラしてる」


 本当は今すぐにでもキスをしたい所だが、ここでは誰に見られているか分からない。

 2人とも無意識に早歩きになっていて、それがおかしくてつい笑ってしまう。


 きっと、同じ気持ちなのだろう。

 この人がそばにいて良かったと、心の底からそう思えているのだ。


 「私もいつかドレス着たいなぁ」

 「凪なら何でも似合うよ」

 「背中が隠れるタイプのドレスもあるよね?」

 「……凪が着たいドレス着たらいいよ。どんな姿でも綺麗だから」

 「……本当、雪美はずるい」


 そのままの彼女でいいのだ。

 たとえ誰かから何と言われようと、どんな風に思われようと、堂々と前を向いて欲しい。

 凪が好きなように生きる様が、きっとなによりも彼女を輝かせるはずだから。






 最初に新しく出来た室内型の温水プールへ行こうと言い出したのは彼女の方だった。


 流れるプールやウォータースライダーなど様々な設備が整っていて、カップルや家族連れとさまざまな客層で賑わっている事は、雪美自身テレビで何度か目にしたことがある。


 長い間背中の跡を隠したがった彼女からの提案に、戸惑っている自分がいた。

 もちろん雪美は好きな人とプールへ行きたいけれど、彼女が水着を着たがらないと思っていたのだ。


 「……雪美がいれば絶対に楽しいはずだから」


 その言葉に、彼女の変化を感じてしまう。

 誰にも見られたくないと、知られたくないと言っていた背中の秘密。


 それを見られても構わないと思えるようになったのは、間違いなく彼女の心の中で良い方向に変化があったからだろう。


 



 約束の当日。

 二人で電車に揺られながら、不安そうに凪がポツリと声を漏らす。


 「……やっぱりちょっと怖いな」

 「無理しないで。焦らなくても……」

 「ずっと泳ぎたかったの」


 聞いた話だと、中学3年生から一度もプールには行っていないという。

 学校の水泳の授業もずっと見学していたが、それは彼女の希望ではなかったのかもしれない。


 「……ずっと、誰の目も気にせずに自由に泳ぎたかった。がんばりたいの…前を、向きたいの」


 強い眼差しの彼女に、雪美がしてやれることと言えば支えてあげることくらい。


 手を取って、一緒に一歩を踏み出す。

 恋人として、愛おしい彼女に寄り添い続けたいのだ。



 プールに到着して、更衣室へ向かう途中。

 レンタルの浮き輪やビーチボールを見つけて、つい駆け寄ってしまう。


 水着とタオルしか持ってこなかったため、2人とも夢中でレンタル品を眺めてしまっていた。


 「浮き輪とか借りる?」

 「可愛いやつにしようよ……もうちょっと温かくなったら海行きたいね」

 「国内は嫌なんでしょう?」

 「それは……」

 「お金貯めて行こうね。海外旅行」


 小指を出せば、嬉しそうにギュッと握り返される。

 ゆびきりげんまんをしながら、遠い未来に想いを馳せていた。


 「ハワイとか?」

 「グアムもいいよ」

 「どうせならモルディブとか」

 「……お揃いの可愛い水着買おうね」


 遠い未来の約束に、どうしてか凪は今にも泣き出しそうな顔をしてしまう。

 だけどそれと同じくらい幸せそうに微笑んでいて、雪美も釣られて笑みを浮かべてしまっていた。


 彼女は繊細で、傷つきやすくて。

 他の人よりも不安になりやすい子だから、甘すぎるくらいが丁度いい。


 砂糖菓子をふんだんにあしらって、歯が浮いてしまうほど甘ったるい愛で包み込むことでようやく安心させてあげられるのだ。


 甘やかしすぎだと、たとえ誰かに咎められても、これから先彼女への甘い愛情を惜しむ気持ちはさらさらなかった。


 この関係に名前を付けるとしたら何が良いだろう。甘ったるくて、胸焼けがしてしまいそうなくらい甘さで溢れた二人の関係。


 かつて彼女が口にしていた、世界一甘いあのお菓子の名前がピッタリなのかもしれない。



 (了)

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