第56話


 恋人と同じ趣味というのは中々に良いもので、凪の家に泊まる日は決まって百合漫画を読ませてもらっていた。


 夕食後にたまたま目に入った漫画に目を通していれば、洗い物をしていた彼女がひょこりと顔を出す。


 「そういうのが好きなの?」

 「え…」

 「焦らしプレイ」


 言っている意味が分からずに小首を傾げれば、凪が分かりやすく「しまった」という顔をする。


 「あ、ごめんネタバレしたかも……」


 パラパラとページを捲れば、どうやらかなり過激な性描写があるようだった。


 ネコ役の女の子が両手を縛られて、おもちゃで責められている。

 まるでアダルトビデオのように卑猥なイラストに、驚いて慌てて漫画本を閉じた。


 「別に好きじゃない…健全なやつかと思って読んでただけで……!」

 「なんだ」


 少しガッカリしたような彼女に、悪戯心が芽生え始める。

 漫画本を後ろ手に持ちながら、揶揄うような声をかけた。


 「なんだってどういうこと?凪はこういことされたいの?」


 目を逸らしながら先程の卑猥なページを見せれば、凪が挑発するような笑みを浮かべる。

 

 「……されたいじゃなくて、したいなとは思った」


 つまり雪美がネコ役をしろといっているのだ。

 勿論好きな人に可愛がられることは嬉しいけれど、最近はどうも頻度が偏っているように感じていた。


 「前から思ってんだけどさ……私ばっかりネコやってない?」

 「そんなことないよ」

 「ある。3回に2回はネコ役だもん」

 「いやなの?気持ちいいって言ってくれるじゃん」

 「そういうの恥ずかしいから言わないでよ」


 雪美だって、好きな人が自分の手で乱れる姿を見たいのだ。

 拗ねるように唇を尖らせれば、困ったようにため息を吐かれてしまう。


 「気持ちいいけど……私も凪のこと可愛がりたいし」

 「私はこの頻度が丁度いいよ?」

 「私はもっと攻めたいの!」

 「えー……じゃあもう、しょうがないなあ」


 ちょっとわがままを言えば、意外とあっさりこちらの言い分を聞き入れてくれる。


 恋人同士になって分かったことが3つ。

 一つは、凪がかなり雪美に甘いということ。

 

 ご機嫌を取ろうとキスをすれば、凪は嬉しそうに顔を綻ばせた。


 「凪、可愛い」

 「雪美の方が可愛いもん」


 少しでも隙があれば、イチャイチャしようとしてしまう。

 沢山可愛がって、可愛がられて。

 

 その度に彼女への想いを更に膨らませてしまうのだ。






 2人でデートをしていれば、当然周囲の人々は可愛らしい雪美の天使にチラチラと視線を寄越していた。


 何だか減るような気がしてあまり見ないでほしいけれど、自分の恋人はこんなに可愛いのだと自慢したい気持ちがあるのも確か。


 「あ、ごめん。ゼミの子から連絡きた」


 彼女に断りを入れて、送られてきたメッセージに目を通す。


 どうやら来週発表の資料についての相談らしく、帰ってから返事をしようと考えていれば、突然手をギュッと握り込まれた。

 

 外で凪の方からイチャイチャしたがるのは珍しいため、驚いてしまう。


 「……あとどれくらいで終わる?」


 もしも今彼女の頭に犬の耳が付いていれば、寂しそうにペタンと垂れているのだろう。


 本当は今すぐにでもやめてほしいだろうに、こちらの都合を配慮した最大限の拗ねた言葉。


 可愛い恋人のために、すぐにスマートフォンをポケットに仕舞う。


 「大丈夫、もう終わったよ」

 「本当……あれ、雪美、今日香水つけてない?」

 「あ、忘れたかも…」


 今度は寂しそうに、頬を膨らませてしまう。

 コロコロと変わる表情は本当に可愛くて、ずっと見ていても飽きないのだろう。


 「ちゃんと付けてって言ったのに」


 自分と同じ香りがしないのが寂しいらしく、こうして可愛いお願いをしてくるのだ。


 凪と付き合い始めて気づいたこと二つ目。

 実は意外と嫉妬深く、拗ねやすい。






 恐怖心から帰りたくて仕方ない雪美とは裏腹に、頼もしく凪が手を引いてくれる。

 遊園地内にあるお化け屋敷は怖いと有名で、今にも足がすくんで立ち止まってしまいそうだった。


 「やっぱりやめない?」

 「ここまできて何言ってんの…早く行くよ」


 暗い室内は酷く不気味で、恐怖心から凪の腕にしがみついてしまう。 

 昔から、ホラーは大の苦手なのだ。


 「……怖い」

 「大丈夫だって。何かあったら私が守ってあげるから」


 頼もしい彼女を尊敬の眼差しで見つめていれば、ふと凪の手が震えていることに気づく。


 「……ッ」


 この子もすごく怖いのに、雪美を守ろうとしてくれているのだ。

 必死に勇気付けて、励ましてくれている。


 「私がついてるから心配しないで」


 付き合い始めて気づいたこと3つ目。

 すごく強がりで、自分より相手を思いやれる優しい子。


 だからこそ色々と抱え込みやすい、そんな彼女を支えていきたいと思うのだ。


 「……怖くなくなってきたかも」

  

 だから雪美も彼女を守りたくなってしまう。

 一緒に支え合って、生きていきたいと強く思うのだ。



 お化け屋敷を出てからも、相変わらず2人の手は結ばれたままだった。

 チラチラと視線を寄越されても気にせずに、堂々と彼女と共に足を進める。


 「凪のおかげで怖くなかったよ」

 「本当?」


 頼られることが意外と好き。

 一人っ子だったため、そういうのが新鮮なのかもしれない。


 だからこそ、彼女がどこまで平気かを見極めて、丁度良いバランスで頼りたい。


 大切な恋人の知らなかった一面。

 きっと雪美だけが知っている彼女の表情が、どんどん増えていくことが幸せで堪らないのだ。

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