第55話


 相変わらず室内には物が散乱していて、家事能力はちっとも向上していないらしい。

 これからは雪美が一緒に掃除をしてあげるから、綺麗な部屋で彼女も生活出来るだろう。


 そうやってすぐに甘やかしてしまうから、彼女の家事能力は上がらないのかもしれないが、可愛い恋人をつい甘やかしたくなってしまうのだ。


 間接照明だけが付けられた部屋で、ギュッと抱きしめ合う。

 一度だけ眠りについたことがあるベッドの上で、凪の温もりを感じていた。


 「……さっき言ってた私よりも先に好きだったってどういうこと?」

 「……そのまんまの意味。一年生の頃から目で追ってて…何度も声掛けようか悩んでた」


 初めて聞く事実に、目を丸くさせる。

 まさかそんなにも前から想いを抱かれていたなんて、これっぽっちも知らなかった。


 やはり、雪美が知らない彼女の一面はまだまだ沢山あるのだ。


 ギュッと手を握られて、チークキスをされれば更に愛おしさを込み上げさせる。


 「あの日、本屋で声を掛けたのも……あれが最後のチャンスのような気がしたから。何もないまま卒業するのは嫌で…すごく勇気だしたの」

 「……そうだったんだ」


 偶然ではなく、必然だった。

 彼女が勇気を出して、二人の運命を結び合わせてくれたのだ。


 「……私も、あれから恋はしてないよ。人生で好きになった人は雪美だけだもん」

 「私が知らないことって、もしかしてまだあったりする?」

 「えー…沢山あるけど。あ、雪美がお見舞いで買ってくれたプリンのカップまだ取ってある」

 「そんなことしてたの…?」


 あまりにも可愛すぎる行動に、そっと唇にキスをしていた。

 言葉よりも、キスをする方がよほど想いが伝わるような気がするのだ。


 「……今日は私がリードしていい?」

 「いいけど……でも」


 恥ずかしそうに両手で顔を覆っているが、丸見えの耳は真っ赤に染め上がっている。


 「は、恥ずかしくて…」


 いつも攻めてばかりいたため、ネコをするのは初めてだからだろう。


 照れている凪の耳を甘噛みして、耳たぶを優しく舐め上げる。

 ゆっくりと押し倒してからワンピースに手を掛けようとすれば、僅かに不安げな瞳がこちらを見つめていることに気づいた。


 大切な恋人を少しでも安心させてあげられるように、耳元で優しく囁く。


 「……可愛いよ」

 「……ッ」

 「世界で一番可愛い。綺麗で……私にとっては今も昔も天使みたいに綺麗」


 リップ音をさせながらキスをして、優しい手つきでワンピースのファスナーを下ろす。


 露わになった体は、やはりとても綺麗だった。

 好きな人の体を見て、愛おしさと幸福感が込み上げてくる。


 「…凪がどう思おうと、それが私の気持ちだから」

 「……ッ雪美」

 「もう何も言わないで」


 それ以上、自分を卑下する言葉を吐かないでほしい。


 柔らかな肌に手を滑らせて、自らの手で溺れていく彼女を愛おしい目で見つめていた。


 頬を赤くさせて、甘い声を上げて。

 愛おしい人のそんな姿を見られて、幸せで堪らない。


 酷く長い道のりを経て、ようやく結ばれた。

 

 絶対に他の誰かには渡したくない。

 独占欲の証である印を、何度も彼女の体に刻んでしまう。


 沢山傷ついた彼女を、甘さで溶かしてあげたかった。苦い思いを胸焼けがするほどの甘さで上書きして、もう2度と泣かせたくないのだ。






 瞼を開けばすぐ目の前に、愛おしい恋人の寝顔がある。

 こんなに幸せなことがあるのだろうかと胸を震わせながら、そっと彼女に手を伸ばす。


 頬を指で突いていれば、小さくうめいた後ゆっくりと凪の瞼が開かれた。


 「……何してんの」

 「ほっぺた柔らかいなって」

 「雪美の方がぷにぷにだよ」


 両頬を掴まれて、むにむにと頬を軽く引っ張られる。

 嬉しそうにその顔を見つめたあと、凪の方から顔を近づけられてから口付けをされていた。


 「おはよ」


 その笑顔を見るだけで、何だって出来るような気がしてしまうのだから好きな人の力というのは偉大だ。


 それから30分ほどベッドでくだらない言い合いをしてから、2人でキッチンへ。


 朝食作りをすることになったが、当然冷蔵庫には殆ど材料は入っていない。

 仕方なく、トーストと粉で溶かすスープを5分足らずで作って朝食は完成していた。


 2人でミニテーブルを囲ってから、手を合わせる。


 「いただきます」

 「いただきます…ねえ、お願いがあるの」

 「なに?」

 「……今度料理教えて」


 何気ないお願いに、涙を流してしまいそうになる。こんなにも雪美は涙脆かっただろうか。


 ずっと焦がれてきた未来。


 彼女の部屋で目覚めて一緒に料理をして。

 朝から恋人として、一番に声を聞ける。


 夢に見るほど焦がれて来た未来を、ようやく手にすることが出来たのだ。


 「……もちろん」


 ホッとしたように笑みを浮かべる彼女の幸せを、これから先も守りたい。

 一緒に幸せになっていきたいのだ。




 朝食を食べ終わって洗い物をしていれば、可愛い恋人に背後からギュッと抱きしめられる。


 背中に温もりを感じて、幸せを感じながら彼女に声をかけた。


 「どうしたの」

 「雪美、今日用事あるの?」

 「ないけど…て、ちょっと」


 洗い物の途中だというのに、凪が首筋に吸い付いてきたのだ。

 すぐにゴム手袋を外して、文句を言おうと振り返る。


 「何してんの」

 「私も雪美のこと可愛がりたい」

 「昨日シたばかりじゃん……」

 「ネコしかさせてくれなかったもん」


 お願い、と黒目がちな瞳で懇願されて、断れるはずがなかった。

 エプロンで手元を拭きながら、正面から彼女と向き合う。


 「……今まではなんとも思わなかったんだけどさ」

 「なに」

 「……凪が可愛いかったから、私が凪の前でその……変な声出すの恥ずかしいって言うか………凪は私が変な声出して興奮できるの?」


 恥を忍んだ質問の返事は、唇へのキスだった。

 最初から容赦なく舌を差し込まれて、みるみるうちに体を火照らされていく。


 「ん……ッ、んぅ、凪…ァッ」


 服を捲られて、脇腹をいやらしく撫でられる。

 そっと唇を離される頃には、すっかり息が上がってしまっていた。


 「……するに決まってるんだけど」

 「凪みたいに可愛くないのに……」

 「雪美の方が可愛いからね。ネコ歴だって雪美の方が長いくせに」

 「ネコ歴とか言わないでよ…!」


 優しく壁に押し付けられて、ドキドキしながら彼女を見つめる。

 キッチンでそんな行為に及ぼうとしているなんて、背徳感が凄まじかった。


 太ももを指先でなぞられて、もどかしさから下唇を噛み締める。


 「……好きな人が自分の手で気持ち良さそうにするの、見たくないわけなくない?」

 「……ッ」

 「おねがい、雪美」


 可愛すぎるおねだりに、結局首を縦に振ってしまうのだ。

 まだ起床して一時間も経っていないというのに、再び彼女と共にベッドに横たわる。


 朝からイチャイチャするなんて、まるでバカップルのようで恥ずかしいけれど、それ以上に幸せで堪らない。


 彼女の手つきに翻弄されながら、ようやく欲しかった幸せが手に入ったのだと実感していた。

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