-足跡-

岡田公明

足跡

 アスファルトの上を歩く、音は少し寂しくて、横には君がいない、久々の休日だった。


 空は、前と同じように、何もないみたいに晴れていて、明るくて、孤独な自分を照らすにはあまりに眩しいと感じるくらいには、輝いていた。


 コツコツコツと聞こえるのは、僕の足音、あの日、笑った君の顔は、微笑んだ姿はもう面影も無くて、今、思い出すことができるのは、少し泣きそうになりながらも、どうにか気持ちを抑えて、まるで絞り出すみたいに"さよなら"を伝えた、つい先日の君の顔だった。


『バイバイ、幸せになってね』


 突然の別れの宣告、事前情報は無くて、理由はでもきっとあって、それを教えることもなく、君は足跡を立てずにその場を去った。

 取り残された僕は、暗い夜の空を見上げて、一人で涙を流した。その時、ふと視界に入った街灯は、やけに寂しく見えた。


 初めて感じた、孤独だった。きっとずっと一人だったのに、なのに君と別れて、まるで初めて孤独を感じた。いつだって微笑む、しあわせを手放したようで、どこかに落としてしまったようで、心の中に開いた穴は、どうやっても塞がらない。


 それは、きっと僕のせい、弱い僕のせい。

 そして、それはきっと、君のせい、僕を弱くした、孤独じゃなくした、君のせい。


 君からの告白を、僕はまだ覚えている。

 少し、薄暗い曇り空、鼻に入るのは雨の香り、小雨の降る日に、君は僕に告白をした。『好きです』って言って、その時の不安そうな顔が可愛くて、そんな君が好きになった。


 気づいていましたか、君が不安そうな顔をした時、僕は君を温かい眼差しで見ていたことを。

 あの日、独りぼっちになったよる、君の立ち去る背中に、声を掛けたくて、でもその資格はもうないんだって、だから、手を伸ばしていたことを。


 君が、もしあの時、振り返っていたら、もし僕が、君に声を掛けていたら。

 僕は今頃、孤独では無かったのかもしれない。そう思うと、少し寂しい気持ちが膨らんだ。



 初めてのデートは、安いチェーンのレストラン。

 僕は自分で働いて、君に奢りたいと思ったから、頑張って働いたけど、結局最初は、そこだった。


 僕は不安で、君に尋ねた。『ごめんね、ここで良かったかな?』それは、不安じゃなくて、自分の何かを埋めるために尋ねた。

 どこまでも、汚いものかもしれないけど、君は純粋に『好きな人と、一緒に行けるんだったら、何処だっていいよ』そう言って、笑顔を見せた。


 その顔に魅せられた僕は、顔に熱が入って、真っ赤になって、それを見て、君は『あ~顔を赤くしてる~』って指さして、そんな君の頬が赤くなっていたことを、君は知っているのかな。

 その顔を見て、これが幸せなのかなって感じた僕の気持ちに、気づいていましたか?



 結局全ては、後の祭りで、失って気づいたその全ては、あくまで過去に置いてきた何かに過ぎなくて、徐々にそれも消えていって、君の中から僕も消えていって。

 そう考えると、今更不安になるんだ。この空の景色も、次の瞬間には雲に覆われてしまう。そうしたときに、それまでの晴れた空を僕は覚えていられるだろうか、そんなことを考えながら、一人で足跡を辿る。


 女々しい僕はそうやって、心の中に出来た穴を、少しずつ埋めていく。



 歩いていくと、雨が降る。

 天気予報でも、予想できなかった雨だ。きっと通り雨だろうと、ぽつぽつと降る雨を受けていたけど、徐々にその音は大きくなったから、僕はコンビニで、ビニールの傘を買った。


 さっきまで、晴れていた空も、今では真っ暗になっている。それを見て、僕の心の寂しさが大きくなった。

 きっとこんな雨の中でも、君は笑っているんだろうって、そんなことを考えながら、消えそうになる足跡を辿る。


 目には見えない、僕と君との足跡を。



―ザーザーザーザー


 まるで一昔、前のテレビの夜の砂嵐のように、雨は焦燥感を煽る。早く行けと、進んでいけと。

 その先は、きっと晴れているという希望は無くても、立ち止まっていてはいけないって言ってるみたいに、雨は降る。



 そういえば、昔。君が傘を忘れた時、確か台風が来ていた時に、一緒に傘に入って、家に帰ったことがあったね。

 台風が来ているのに、暴風警報が出ないとか、ありえないよね~とか、そんな話をしながら、強い風と雨を、二人で受けながら、家に帰ったことを思い出す。


 その時、不意に僕の傘が、壊れて、そのせいで、二人そろって濡れて、それを君が笑って、僕が落ち込んでいたことも思い出す。

 どんな時も、君は笑っていて、僕の中に、光を灯していたことを、君は気づいていましたか?


 そんな風に尋ねる空に、光は無いけど、いつかきっと伝えられるといいなって、今になって、手遅れになって思うんだ。

 こうして、一人になって、思い出して、結局そこに、君はいない。



 水たまりの上を歩く、水が弾ける。

 僕の靴についた水が、アスファルトと音を立てる。



 雨は止む気配を見せず、せわしなく降る。それに僕は溜息をつきながら歩く。

 ここに君がいたなら、なんて、何度も考えた、手の届かない事実に再び溜息をつきながら、僕は足跡を辿る。


 

 雲をかき分け太陽が顔を見せる。

 そこには確かに陽の光がある。それは僕がちょうど目的地に着いた時のことだ。


 そこは、神社だった。

 地域の神を祭る、その神社に僕は昔、彼女と行ったことがあった、それは初詣の時で、その時に飲んだ、君との甘酒を思い出す。


 頭を下げて、鳥居を通る、神様の通る道を避けつつ、水の入った柄杓で手を洗う。

 そして、本堂にお参りをする。あの時、できなかったお願いをするために、ポケットに入った、5000円を賽銭箱に畳んで投げた。


 すごく悔しい気持ちが湧いてきて、涙が出そうになる。

 その理由は分からないけど、


「どうか、彼女が幸せになりますように」


 そう言って、お願いをした。

 口に出したらいけなかったような気がしたけど、思わず心から漏れてしまった。


 そして、僕は再び来た道を戻る。このためにここに来たからだ。



 結局、僕は切り替えたかった。君を忘れるために、君の幸せを願って。

 だけど結局、僕は君を忘れることが出来なさそうだ。


 だって、今も、こうして歩いている今も、君が横に居たらと願ってしまうのだから。

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-足跡- 岡田公明 @oka1098

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