04 煉獄


 ――その城は、阿鼻叫喚のであった。


 将軍が村から連行した女たちを兵たちが組み伏せ、ある者は酒をあおり、ある者は肉を咀嚼しながら、腰を振って悦に入っていた。


「お願い申す、お願い申す」


 法体の重八がそう言って、哀れっぽく城門の前で土下座すると、いかにも勧進をという感じで、様になっていた。

 城門が開く。


「何だ。今忙しい」


 城門の門番が開けた城門の隙間から、重八は城内の阿鼻叫喚を覗き見た。


「……なるほど、これはこれは。お忙しいところ、恐縮なり」


「分かってるなら、帰れ。布施ならやらん」


「いえいえ。実は拙僧、将軍が焼き討ちされた寺の者」


「何?」


 不審げな城門の門番に重八は言う。

 あの寺は実は、近在の村から金品を巻き上げていた。

 自分はその金品の隠し場所を知っている。

 本尊――青銅の仏像の台座の下にある。

 その仏像は、一人だと重くて動かせない、と。


 むろん、嘘である。

 あの貧乏寺に、そんなものはない。


「来い」


 早速、将軍の前へと引き立てられた。

 将軍は、兜にかささぎの羽をつけていた。

 高貴の出身の印だ。


「お前が、あの寺の金品のを知ってるだと?」


 だが、そう言って浮かべた表情は低俗そのものだった。

 将軍は、倒しても大した財宝など持っていないであろう賊よりも、確実に財貨や米穀や牛馬をことができる寺や村を「平らげ」ていたという。


「それに、仮に賊を平らげてみろ。ろくろく旨味のない、都での官人としての暮らしが待っている。それよりかは、愉しむものだ、人生は」


 将軍はあごで床を指し示した。

 そこには、仰向けになった女がいた。

 表情は無く、動きは無い。

 死んでいた。


「七回ぐらいは愉しめたか」


 あとは、どれだけできるかという興味を満たしたという。


「興醒めだな。また興が乗るまで、宝探しとしゃれ込むか」


「…………」


 面を伏せた重八だが、その表情は――のちに悪相として知られるその表情を、怒りで滲ませていた。

 だが顔を上げる時は、いかにも有徳者然として、莞爾として微笑む。


「ぜひぜひ、その宝。拙僧にもその一分なりとも」


「破戒僧めが。強欲だな」


 お前が言うな、と重八は思ったが、阿諛の表情は崩さない。


「拙僧はあの寺で随分とこき使われたのでございます。現に、ひとり勧進の行に追いやられたのでございます。で、帰って来てみれば……快哉を叫びました……が」


「が?」


 将軍はいかにもつまらなそうに重八の次の発言を待った。

 その実、手下に水を持って来させるための間が欲しかっただけのようである。


「寺から、をいただいておりませぬ。それに気づきましてございます」


「で、本尊の下の隠し金品か」


「さようで」


 将軍は呵々大笑した。

 同じ強欲の持ち主と見られたらしい。

 そして、起きている者だけでいい、ついて来いと言った。

 手下たちはあわてて追いかける。

 別に将軍に対する忠誠ではない。

 分け前にあずかりたいからである。


 ……重八は、そんな将軍と手下たちが出ていくのを、ただじっと見ていた。

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