05 劫火(ごうか)

 城に火の手が上がった。

 月明かりの下、ちょうど城門から出ようとしていた将軍は狼狽うろたえ、何事かと叫んだ。


「酔っ払った者どもの、火の不始末か」


「いや、もしかしたら自棄やけになった、女たちか」


 憶測を言うばかりの手下たちに業を煮やし、将軍はもういいと言って馬首をめぐらせた。


「何をしている、早く行け。行って火を消せ」


 自分はここで見ていると言わんばかりの将軍の態度に、手下たちは閉口した。


 その時。


「……死ね!」


 突風が吹いたかと思った。

 夜目に、何かの獣が走ったのかと思った。

 だがそれは十人ほどの若者で、口々に賊の名を叫んでいた。


「すわ、賊か」


 乱痴気乱交騒ぎに腰砕けとなっていた手下たちは、次々に討ち取られていく。

 十人――たち十人は、われ先にと逃げ出した将軍の背を見た。


「逃がすか」


 が湾刀を振りかぶって、駆け出そうとする。

 だがその刹那。

 将軍の前に、ひとつの影が立った。


「貴様、破戒僧」


「応よ」


 僧侶は廃業したが、そのことを律儀に言う必要はない。

 重八はいつの間にか手にした槍を構える。


「貴様の仕業か」


「仕業、というほどのことでもない」


 お前たちが油断しただけだ、と重八は嗤った。

 城が燃え始める。

 轟轟という音。

 夜空に劫火ごうか

 煙焔天えんえんてんにみなぎり、それはまるで地獄がこの世に顕現したかのようであり、嗤う重八は獄卒のように見えた。


「死ね」


「抜かせ」


 馬上の将軍の刀と、地上の重八の槍が交錯する。

 だが、覚悟のゆえか。

 重八は頬を斬られながらも、将軍の肩を撃砕した。


「があっ」


 将軍が落馬する。

 容赦なく眼前に、槍。

 重八が黙然とたたずんでいた。


「待て、待ってくれ」


 将軍は哀れっぽく慈悲を乞うた。

 懐中に隠し持った暗器に手を伸ばしながら。


「許してくれ」


「許さぬ」


 重八が手に力を込める。

 将軍は何とか重八の隙を作ろうとしていた。

 相手は素人。

 破戒僧。

 そこで思いついた。


「ま……待て御坊。許さぬのなら、せめて……せめて、経を」


「……経?」


「そ、そうだ。末期の、末期の経を……うあっ」


 その時には、重八の槍が走り、将軍の肩から腰を斬り、裂いていた。

 ……ちょうど、あの時の童女のように。

 袈裟斬りに。


「坊主はにしたんだ。遅かったな」


 将軍が倒れ伏すと、その後ろから、たちが駆けつけて来た。

 将軍の手下たちも、あらかた片付いたらしい。


「大儀」


 あたかも重八こそが一軍の将である如く、たちを讃えた。


「行くぞ」


 重八は燃え盛る城へ走る。

 たちも走る。

 連れて来られた女たちを救い、米や食糧を運び、民草に分け与えるために。

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