第21話 ドラゴンこわい
漆黒のドラゴンが、私たちを見下します。
巨大なビッグブロント――まだ僅かに生き残ってこそいるものの、その命の灯が消えそうな巨体の上で。
まるで、取るに足らない羽虫の群れを見るかのように。
「……」
「お、おィ、嬢ちゃん……こいつァ……」
「ドラゴン、だねぇ……逆らうのは、命を捨てるようなもんだよ」
ドマ、ニコがそれぞれ私に言います。
実際、ニコが私を突き飛ばしてくれなかったら、私の命はそこで潰えていたのでしょう。あの熱線を浴びて、生きていけるほど私の体は丈夫ではありません。
あの熱線を浴びた木々は燃え落ち、大地には黒い焦げが残っているほどです。人間なんて、あっさり燃やすことができるでしょう。
ドラゴンは、私たちが動かないことを確認してから、くぁ、と口を開きました。
「――っ!」
思わず、その動きに身構えます。
しかしドラゴンはただ口を開き、それから口をもごもごしてから再び閉じました。どうやら、あくびだったようです。
ですが、ただのあくびのために口を開いただけで、私たちに命の危機すら覚えさせる。
それこそが――ドラゴン。
「嬢ちゃん……」
「ニコ、ドマ、ここは退きます。ビッグブロントのお肉は十分に手に入りました。無理をする必要はありません」
「ああ、それが賢明だよ。さすがに、ドラゴンに狙われちゃあね……」
「……」
ニコの意見に、私は歯噛みするしかありません。
ドマたちが命を賭して卵を盗み、どうにか誘導したビッグブロント。その中でも、一番大きな個体――それが今、ドラゴンの乗っているビッグブロントです。
皆の協力があったからこそ、私たちはビッグブロントを狩ることができたのです。
そんな私たちの努力を嘲笑うかのように、横から掠め取るドラゴン――許すことなど、できやしません。
ですが、私たちにドラゴンと戦う手段があるかと問われると、ありません。
ドマたちはまだ無傷ですが、全員が震えています。ニコでさえ、今にも逃げたいとばかりの様子です。そして当然私も、ドラゴンと戦う手段なんて持ち合わせていません。
これほどの暴虐を前に、どう戦えばいいのか――その手段すら、想像できません。
「ニコ、ドラゴンの言葉は分かりますか?」
「……ああ、分かるよ」
「何と言っていますか?」
「……」
ニコには、スキル《言語翻訳》の書を見せました。その結果、私とこうして話すこともできています。
つまり、種が異なるドラゴンであっても、何を言っているのか理解できるということです。そして、こちらの考えを伝えることもできるでしょう。
しかしニコは、僅かに逡巡するように頭を振って。
それから、私に言いました。
「……去れ、ゴミども。そう言ってるよ」
「……」
「死にたくなければ消えろ、ってさ」
「……」
どこまでも、こちらを見下しているようです。
実に不愉快です。ですが、私がどれほど不愉快であっても、ここで逆らうわけにはいきません。
幸い、ドラゴンは私たちを無理やり殺そうという考えがない様子です。ドラゴンの目的はビッグブロントの肉であって、私たちなど取るに足らない相手だと考えているのでしょう。
でしたらここは、三十六計逃げるにしかず、です。
「今は一旦、退散しましょう。一番の大物は奪われてしまいましたが、ビッグブロント四匹分のお肉はあります」
「ああ。じゃ……ちょっと伝えておくよ。グゥ、グルル……ガゴォ!」
「グルル……」
ニコが、謎の言葉でドラゴンと交渉をしてくれます。
当然、私には何を言っているか分かりません。《言語翻訳》って、こんな風に変換されるんですね。
そして、ニコの言葉にドラゴンが頷きました。
「何と言ったんですか?」
「あたしらはここを去る。その肉はあんたにやる。だから見逃せ。そう言っただけさ。大丈夫みたいだね」
「でしたら、いいでしょう。これから一旦、拠点に戻ります」
「あいよ」
ニコの背に乗る私を、ドラゴンがじっと見据えます。
我慢するのは、今だけです。奇襲を仕掛けられてしまったから、仕方なく退避するだけです。これは逃亡ではありません。勝利のための転進なのです。
そう自分に言い聞かせますが、悔しさは消えません。
「いいですか、ドラゴン」
ですから私は振り返って、ドラゴンを見据えて告げました。
「それを譲るのは、今だけです。次は必ず、私があなたを従えてみせましょう。私に向かって命乞いをする日を、待っていなさい」
「悪いがあたしは、その言葉をあいつに伝えたくないよ」
勿論、分かっています。
私も通じないことを承知で、言っただけですから。
「そひあ、おかえり!」
「ええ、ただいまダックス」
拠点に帰り着いた頃には、もう夕刻になっていました。
私とニコだけならば早めに帰ることができたのですが、ドマたちリザードマンの集団もいましたので、のんびりと歩いて帰ったのです。その代わり、道中で使えそうな岩は全部私の中に収納しておきました。
とりあえず、《
「おゥ、なんでェ。美味そうなコボルトがいるじゃねェか」
「ひぃ!」
「嬢ちゃん、こいつらは非常食かァ?」
「仲間です。食べないでくださいね」
ドマが凶悪そうな笑みを浮かべて、私に尋ねます。残念ながら、私はコボルトたちを非常食とは考えておりませんので。
そんなドマの凶悪な笑みを見て、ダックスは私の後ろに隠れました。「こわい、こわい!」と叫んでいます。ニコを連れ帰ったときも、似たような反応でしたね。この島でコボルトは、完全に被捕食者のようです。
「ダックス、怖がる必要はありません。ドマたちは新しい仲間です」
「なかま? なんで?」
「人数が多ければ、それだけ打てる手も増えますからね」
百匹近くのリザードマンが増えたことで、割と大所帯になりました。
帰り道、ドマたちの集落に寄って、全員を連れて帰ることになったのです。ビッグブロントのお肉が大量にあるというのも理由ですが、彼らも別に決まった住処があるというわけではないそうで。
ドラゴンが近くに来たら住処を移す、強い魔物が近くに来たら住処を移す、そんな繰り返しの結果だそうで、集落を移すのも慣れたものだとか。
結果的に、私の拠点にリザードマンたちも一緒に住むことになりました。
「そひあ」
「はい?」
しかし、そんな私の言葉に対して、ダックスが首を傾げて。
「そひあ、おーさまになるの?」
そう、尋ねてきました。
冤罪で島流しにされましたので、私はここで魔物王国をつくります~スキル《無限収納》で送るゼロサバイバル無人島生活~ 筧千里 @cho-shinsi
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