第20話 懺悔日誌

 角無し鬼のいる小さな懺悔室ざんげしつ

 真実と心意の見える角無し鬼が、あまり大きすぎない未練をもつ死者たちの話を聞く部屋だ。

 この世のものに触れなくなった死者たちでも食べられる、お茶やお菓子を出している。角無し鬼は、ティールームという呼び方が気に入っていた。

 部屋の中央に置かれた黒テーブルの上には、角無し鬼の好きなココアと、黒い表紙の分厚い懺悔日誌が積み上げられていた。

 懺悔日誌が二十冊ほど溜まると、冥界総務めいかいそうむという場所から執行鬼しっこうきという事務職の鬼が回収に来るのだ。

 今日は、その回収に来ると執行鬼から連絡があった。


 冥界側めいかいがわの扉がノックされ、

「記録を回収に来ました」

 と、優しげな女の声が聞こえた。

「はい」

 返事をして、角無し鬼は扉を開けた。

 黒に近い灰色のローブのフードを深々と被った執行鬼は、蒼白の首元だけを覗かせている。額の右上にひとつ、角が出っ張っていた。

 時折やって来る執行鬼は顔が見えないものの、きっと美人だろうと角無し鬼は想像している。

 黒テーブルの上には、十冊ずつ積まれた懺悔日誌の山がふたつ。

 角無し鬼は二十冊も持ち上げられないので、半分を持って扉の前に立つ執行鬼に手渡した。

「よいしょ」

 と、残りの十冊を持ち上げた角無し鬼に、執行鬼が、

「そちらの記録は提出しないの?」

 と、言って、黒テーブルを指差した。

 黒テーブルには、角無し鬼の髪と同じ苔色の懺悔日誌が一冊置かれていた。

「あっ、こっちは……僕の日記みたいなものですから」

「お茶とお菓子のことや、あなたの気持ちが書かれているのよね」

「はい」

 小さく笑って見せ、角無し鬼は残りの十冊を先に渡した十冊の上に積み上げた。

 執行鬼は女性ながら、二十冊の日誌を片腕で軽々と抱え上げた。

 空いている片手で、執行鬼は角無し鬼の頭を撫でた。

 角の無い頭を優しく撫でながら、

「頑張ってね」

 と、言った。

 幼さの残る笑みを見せながら、角無し鬼は、

「はい!」

 と、元気よく答えた。


 冥界側の扉が閉まると、黒テーブルがココアの香りで角無し鬼を呼んだ。

「もう、なんでこっちまで出すの」

 ご立腹な表情で、角無し鬼は自分のソファに戻った。

 執行鬼が持ち帰ったのは、報告書様式の懺悔日誌だ。堅苦しい文章に難しい言葉のオンパレードだ。

 黒テーブルに残る苔色の日誌は、死者への対応に個人的な感想が追加されている。ティールームで出したお茶やお菓子と、その反省なども書き込んだ角無し鬼の日記だ。

「こんなの偉い人に見られたら怒られるでしょ」

 と、角無し鬼は頬を膨らませながらココアのカップを手に取った。

 苔色の日誌が姿を消し、黒テーブルには黒い表紙の新しい懺悔日誌が積み上げられた。中身はまだ白紙だ。

「うん。また続き、頑張ろう」

 執行鬼に撫でてもらった頭を自分でも撫でてみながら、角無し鬼は笑みを見せた。



                   了

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あの世の手前のティールーム 天西 照実 @amanishi

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