初雪沈没とその対処

「……初雪……沈没しました」


「そうか」


 内閣の地下指揮所で報告を受けた佐久田は、いつもの調子で表情を変えず、生気の無い声で答えた。

 いつもなら顰蹙ものだが、周りがお通夜状態では、むしろ元気に見える。

 楽勝、完全勝利と思っていたところで反撃に遭い、駆逐艦一隻を失ったのは衝撃が大きい。

 攻撃してきた攻撃機は、マッハで急行したトムキャット及びイーグルによって撃墜した。

 だが、北方の囮を含め十機程度の韓国軍機と引き換えに駆逐艦を失ったのは痛手だった。

 とても幕僚たちは喜ぶ気にはなれなかった。


「何をしている。早くしないか」


 動かない幕僚に向かって佐久田は、表情も声を変えず言った。


「救助作業の追認、救助者の搬送と事後対応、代替艦の派遣、報道発表。やることは多いぞ」


 反発を覚える者もいたが、正論だったため、反発できなかった。


「報道は素早く行うんだ。韓国軍の攻撃により初雪が被弾、沈没は確実に流せ。そして、被害はそれだけだと言うことを強調しろ」


「しかし作戦行動中です。喪失を発表しては我々が劣勢という印象を与えます」


 幕僚の一人が反対した。

 戦力が少なくなったことを知って韓国軍が勢いづいたり、世論が変わることを恐れた。

 喪失艦を秘匿するのは戦時中では、よくあることだ。

 日露戦争では戦艦一隻が沈んだことを、沈没したのが味方の海域だったという幸運もあり、戦争後まで隠し通していた。

 以上の事例が頭にあったこともあり、間もなく戦争が終わるなら喪失を秘匿して戦後に発表しても良いのではないか、と幕僚は考えた。

 だが、佐久田はより大きな問題を考えていた。


「確かにそうだ。だが、損失を隠そうとしていると思われるのが危険だ。大戦中の大本営発表で我々の発表は信頼がない」


 大戦中に頻発した過大戦果、多くは味方の報告ミス、誤認が原因だった。

 だが、事実と違う発表だったことは事実であり、戦後に知った国民は怒り、軍に対する信頼はゼロになった。

 その影響は自衛隊、国防軍になった今でも続いている。

 事実を発表しなければ再び国民は国を軍を信用しないだろう。


「それに、被害がそれだけだという事実を伝えるのは難しい」


「どういうことです」


「青瓦台から緊急放送が流れます」


「つなげ」


 オペレーターの一人が報告すると、佐久田は画面を切り替えさせた。

 韓国国歌の後、得意満面の全大統領が現れ、発表を行う。


「本日、我が独島へ侵攻してきた日本に対して韓国郷土予備軍空軍部門は、空母を含む敵機動部隊に対して一大反撃作戦を敢行。ミサイルを命中させ駆逐艦二隻を撃沈し空母に損害を与えました」


「やられたな」


 映像を見て、佐久田は呟いた。

 これで全大統領は、失点を少しでも取り返す気だ。

 駆逐艦一隻の損害を倍にして、更に空母を損傷させたと言い張るつもりだ。


「すぐに声明を出して損害が駆逐艦一隻のみだということを報道しろ。信濃を一時後退させて報道を乗艦させ、健在であることを示せ。他の駆逐艦も、補給と休養を兼ねて、できる限り交代して入港させろ」


「どうしてですか」


「損害が、初雪だけだと知らしめるためだ。このまま黙り込んでいたら韓国側の報道を鵜呑みにされ、我々が本当の損害を隠していると思われてしまう」


 宣伝でも意外と侮れない。

 一度付いた評価は簡単に覆らないのだ。

 偽りだとしても、事実を、真実を覆い隠してしまう。


「まさか」


「天動説が主流で地動説を唱えたら拷問、処刑された時代があったんだぞ」


 佐久田の言葉に幕僚は凍り付いた。


「そこまで行かなくても人々は、日本が損害を隠していると考えてしまう。そうなる前にこちらから報道して、情報を流しまくれ」


「分かりました」


「信濃への取材は、必ず海外の報道、ロイター、CNN、BBCを入れろ。NHKだけでは影響力が低すぎる」


 アジアで、存在感があってもアメリカやヨーロッパでの影響力は低い。

 信頼して貰うには、権威のある世界的な報道に流して貰う必要があった。

 安全を確保するため、取材中に攻撃を受けないように後退させてでも信濃が健在だと示したかった。

 戦力低下となるが、優勢な戦況と能力が低いとはいえ生駒などの代替艦がいるため、問題ない。

 佐久田の手早い対応のおかげで韓国の報道は最初こそインパクトがあったものの急速に萎んだ。

 一部では日本が隠しているという陰謀論が出ていたが、信濃が無事に航行している姿が放映されると急速に萎んだ。

 ホルムズでの損傷をそのままにしてきたため、その箇所を指して被弾したと主張する者もいたが、発着艦訓練が報道され、空母としての機能が維持されている事が証明されると陰謀論に下がった。

 他の駆逐艦の沈没論も多くの駆逐艦が戻ってくると急速に消えた。

 むしろ韓国軍に残った艦艇だけで、これらの艦船に対抗できるのかが議論になり、到底不可能という結論が出て話されなくなった。

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