初雪被弾

 「敵ミサイルの接近を確認!」


 「対空戦闘用意!」


 レーダー手の報告と共に、初雪の艦内に号令が響き渡った。

 後方の空母および上陸部隊に警告を発するとともに、守るため迎撃戦闘を行った。


 「ミサイル向かってきます!」


 「転舵! 正面に向かえ!」


 後方の空母や揚陸艦ではなく、自らの艦「初雪」が的になっていることを、艦長は瞬時に理解し命じた。

 味方を守ることは重要だが、自分たちの命を守ることも重要だ。

 初雪は空母ほど大きくないが、二百億以上の建造費をかけて作られた駆逐艦であり、二〇〇名の乗員が乗っている。

 自分たちの艦と命を守ることも任務だ。


 だが、能力が足りなかった。

 大戦末期に米潜水艦の攻撃を受けた教訓から、日本は対潜能力を重視していた。

 七万トン以上の空母の建造計画が立てられても実行に移されなかったのは、既存の信濃級と前方展開する米空母で十分だったためだ。

 加えて、対潜哨戒を重視していた。


 しかし、ここが失敗だった。

 初雪型は対潜に能力を振り向けたため、対空能力が小さかった。

 対空装備は個艦防衛のシースパローと三インチ速射砲、CIWSのみ。

 残りは対艦用のハープーン、対潜用のアスロックと短魚雷のみだ。

 対空ミサイル駆逐艦は数が少なく、初雪より高価値な空母と揚陸艦に回されている。


 しかも貴重な澤風が撃沈されており、対空艦の数はさらに限られていた。

 そして一番怖かったのが潜水艦の接近だった。

 このとき韓国軍の潜水艦の出撃数はゼロだったが、日本側はそれを確認できていなかった。

 もし残存潜水艦に信濃か揚陸艦を撃沈されたら、戦局がひっくり返りかねない。


 いや、韓国に勝利した後、北日本を相手にする際に戦力不足となる。

 また、世界に広がった日本の通商網を守るための実戦力――圧倒的な空母戦力が失われる。

 海洋国家として、日本はそのような事態を避けなければならなかった。


 ピケット艦に初雪が命じられたのは、そのような事情があったからだ。

 エグゾセミサイルが接近して孤独に対応する羽目になった。


 「ミサイル接近! 射程に入ります!」


 「対空戦闘! 打ち方はじめ!」


 初雪艦長は全力で迎撃を命じる。

 だが、初雪の防御はシースパローで一発、三インチ砲で一発を迎撃し、CIWSが一発を撃破して終わりだった。

 その最後の一発は至近距離だったため、ミサイルの破片と残存燃料を浴びて炎上。

 CIWSが稼働を停止した。


 「ミサイル接近! 命中します!」


 「衝撃警報! 伏せろ!」


 艦長が命じた直後、最後の一発が命中した。

 駆逐艦とはいえ三五〇〇トンもあり、十分な耐久力を持ち沈没は免れるはずだった。

 だが、被弾した箇所が悪かった。

 命中したのは艦橋直後の船体中央だった。


 被弾直後に艦長のいた艦橋と艦内各所への通信回線が断絶し、初期対応が遅れた。

 運悪く命中箇所は艦の中枢であるCICが有る部分であり、幹部の多くが戦死したのもマイナスとなった。

 機関長が詰める機関制御室、応急指揮所が無事で直ちに対応したが、思うように行かなかった。

 軍艦の建造は二〇〇億以上掛かる。

 東側に囲まれ防衛力が必要な日本でも金庫番、大蔵省から防衛費の適切運用を求められていた。

 防衛庁担当主計官から建造費の圧縮を強く言われた上、重量軽減、重心を下げるため初雪型は上部構造部をアルミ合金製にした。

 これは建造当時の世界的な主流であり、特に間違いでは無かった。

 しかし、米巡洋艦ベルナップの衝突事故の被害拡大、フォークランド紛争のシェフィールド被弾沈没の原因にアルミ合金の耐久性に問題ありとされ、後期型では鋼鉄製に戻っている。

 だが、一番艦である初雪はアルミ合金のまま。

 上部構造物のため、取り替える事も出来ず、そのまま実戦投入され被弾した。

 発生した火災は瞬く間に初雪を包み込んだ。

 閉鎖して防火しようにも、アルミ合金が溶けて穴が空き、火災は拡大した。

 通風口も溶け落ちて、艦内各所に広がる。

 そして被弾箇所も問題だった。

 艦橋の真下はアスロックの予備弾庫となっており、一二発のアスロックが保管されていた。

 勿論防御処置は施されていたが、アルミ合金が溶け落ちては意味が無かった。

 火災の炎が弾庫の中に侵入し、アスロックを過熱し誘爆させた。

 近くにあったハープーンは最初の命中で吹き飛び海に落ち、反対舷のハープーンは機関長の応急命令で直ちに発射され、誘爆を防げた。

 だが、ランチャーに装備されていない艦橋直下にある弾薬庫内のアスロックを捨てることは出来なかった。

 弾薬庫には爆風を外へ逃がす扉があり、エネルギーの大部分を逃がしたが、残った分だけでも初雪の船体を破壊するには十分だった。

 記録はないがこのときには艦橋の幹部も総員戦死と判断されている。

 これが致命傷となり、初雪は大炎上を起こした。

 火災のコントロールは不可能と判断され、機関長の命令により退艦が命じられ、初雪は放棄。

 二時間後に沈没した。

 一五〇名の生存者がいたのは、鋼鉄の船体が耐えきり、浮力を維持し脱出時間が長く取れたためだった。

 また周辺海域を戦闘機隊が航空優勢を確保。

 僚艦の救難ヘリとUS1救難飛行艇が現場に急行して救助作業が行えたことも大きかった。 

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