潜水艦 黒潮
狭いな、と黒潮副長の速水は思う。
先日、原潜の発令所のモックアップ、広々とした空間を見てから強く思う。
現役潜水艦幹部の意見が聞きたいと言うことで見せて貰ったが、あの広さだけで十分に価値がある。
無限の航続距離を持つ原潜の保有は日本の悲願だ。
潜水艦の特性は遍在性、何処にでも現れることだ。
もちろん海の上からは見えないと言うことは重要だが、どこに居るかわからない、もしかしたらここに居るかもしれないと思わせる必要がある。
静かさ、見つかりにくさでは通常動力潜水艦に劣る。
だから日本には不要と訳知り顔で言う自称専門家がいるが、大きな間違いだ。
潜水艦は非常にもろく、見つかったらあるいは居場所を推定されただけでも不利だ。
そんなときは狩り場を変えるのだ。
第二次大戦中、日本の潜水艦が活躍できたのは、米西海岸まで届く航続距離を持っていたからだ。
敵の警戒が厳しくなったら他の海域へ、手薄な海域へ移る。
それが出来たからこそ、日本の潜水艦は活躍した。
これは、ドイツのUボート、少数ながら航続距離の長いⅨ型が中型のⅦ型と同じ数のエースを出した、戦果を挙げたことでも証明されている。
原潜を持つことは、日本にとって重要だった。
特に、ソ連が原潜を整備し、世界各地に送っている今、追いかけるために建造することは必要だった。
アメリカも、自国の原潜だけでは手が足りず、特に米本土から離れた海域、ソ連沿岸へ原潜を移動させるだけでも時間がかかり、非効率だった。
もし、日本が原潜を保有すれば、ソ連の太平洋岸だけでも効率的に原潜を運用し米原潜を他の海域に回すことが出来る。
こうしてアメリカの協力により、日本は原潜建造計画が始まり、建造が進んでいる。
だが、日本では通常動力型の建造も続けられていた。
通常は生産タイプを一つに絞ることで建造コストと運用を簡易化する事が出来る。
しかし、日本の国際的立場、東アジアの兵器工廠としての役割が、通常動力型潜水艦の放棄を許さなかった。
アメリカでは原潜のみの建造に舵を切った。
結果、どこもアメリカ製の通常動力型潜水艦を手に入れられなくなった。
イギリスは、建造を続けていたが、大型の上、イギリス連邦加盟国のために建造しているため手一杯。
ドイツは、アジアでの運用経験が少なく、故障が多い上に、金銭面のトラブルが多かった。
そのため、アジア諸国は安価でアフターケアの良い日本に潜水艦の建造、整備を依頼した。
日本もアジアの西側陣営国のために、外貨獲得の好機として積極的に潜水艦建造を行った。
結果、原潜建造が進んでも通常動力型の建造は放棄できなかった。
日本の潜水艦は日本周辺の海象、波が大きいため大型化する傾向がある。
しかし、アジア諸国は貧しく、予算に限りが有る上、沿岸のみしか活動しないため、大型潜水艦は不要。
そのため、小型化を求められる羽目になった。
以上の理由により親潮は、前級より小型化し、艦内は狭くなっていた。
「苛立ちはドン亀乗りの大敵だぞ」
背後から声をかけられた。
「おはようございます艦長」
黒潮艦長の深谷だった。
「もうすぐ敵が来るぞ」
「来ますかね」
速水は半信半疑だった。
命令により対馬海峡の西水道を警戒している。
敵、韓国海軍の艦船が通る可能性があるから、配備に異議はない。
だが敵が居る竹島に派遣されない、戦果を上げる機会を与えられなかったのは残念だった。
特に敵潜水艦を仕留める機会がないのは残念だ。
狭く浅い海峡は、潜水艦の行動を制限する。
そんなところに潜水艦が入り込む訳がない。
潜水艦が最も威力を発揮するのは待ち伏せだ。
敵が来るであろう場所に予め配置し敵がやってきたら、攻撃する。
目で確認出来ない海の中は、音だけで探知する必要がある。
音を出さない停止時は潜水艦を見つけにくい。
だが移動している時はスクリューを回すため音が漏れて探知されやすい。
これは通常動力型潜水艦でも同じである。
速水の予想では、当初の位置から動かないと考えていた。
補給にしても東海岸の蔚山あたりで行うだろう。
それが安全だからだ。
「必ず来る」
だが深谷は確信していた。
「しびれを切らして、必ず動く」
現在のところその兆候は無かった。
しかし速水は深谷の判断を信頼していた。
そして答えるように報告がやってきた。
「韓国の潜水艦を探知しました」
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