被弾した信濃の参戦準備
「やれやれ、酷い事になっているな」
呉のドックに入った信濃を改めて見て上原は嘆息する。
シルクワームを受けた場所の被弾痕が酷い。
アレスティングワイヤーの機構が故障して着艦不能。
カタパルトも故障が見つかり発艦不能。
サイドエレベーターもレールが変形していて一基が使用不能。
船体構造も被弾した部分のフレームが曲がっていて着艦の衝撃を受け止めきれない。
機関部も、冷却装置が損傷により海水が混入したため故障し、速力が低下。
一五ノットも出せなくなっており、発艦に必要な速力を出せなくなっていた。
信濃は航空機運用能力を失っており空母として使えなかった。
「韓国と戦争をするのに参加できないな」
「何を呑気な事を言っているんだ」
そこへ信濃艦長がやってきて伝える。
「我々も参加するんだ」
「まさか」
「本当だ」
「上は知らないんですか、信濃の状況を。 最低でも三ヶ月は修理に掛かりますよ」
「私もそう言った。だが上は三日、七二時間で終わらせろと言っている」
「無理ですよ。修理の時間はかかりますよ」
パイロットだが、空母への乗り組んでいるため空母の構造も肌身で知解している。
同期に比べ頭の足りない上原だが、それでも長く空母に乗っていれば修理に掛かる時間の目算くらいは出来る。
言っている事は素人目にも無茶苦茶だった。
だが上はその無茶を承知で命じていた。
「上原、空母とは何だ?」
「は?」
「空母の役割と必要な機能は」
「航空機の運用による制空権の確保と味方への支援、そのための発着艦及び補給、整備、管制などを含む航空機運用能力です」
「その通りだ。つまり、それが出来れば他の機能など無視して良いというわけだ」
「……何を」
「航空機運用能力を七二時間で回復しろ」
「そんな無茶な」
「無茶でもやれ! ミッドウェーでは、珊瑚海海戦で大破したホーネットは真珠湾に寄港して修理を行い七二時間で再出港し、ミッドウェーに参加したぞ」
「第二次大戦と空母の中身は違いますよ」
「やれる事をやれ! でないと負けるぞ! かかれ!」
「何とかなってしまったな……」
修理作業を終えて上原は、出渠する信濃を見ながら呟いた。
サイドエレベーターは、レールを入れ替えただけだ。
他の部分はむき出しでボロボロだがエレベーターが動けば良し。
艦内のフレームは折れ曲がった部分を切断。
骨材を加工せずそのまま溶接してくっつけ強度を確保していた。
アレスティングワイヤーは全て交換。
元々、着艦の安全を確保するため、定期的な交換を前提にしているのでこれは簡単だった。
カタパルトも、一定の回数で整備するため、取り外しは意外と簡単であり、保管されていた予備のカタパルトと交換して終えた。
カタパルトへ向かうスチーム管も怪しい部分を全て交換し、発艦可能にした。
機関部も、故障したと思われる部分を交換し、塩で動かなくなった部分を徹底的に洗浄して再び稼働できる様にした。
結果、二五ノットの速力を出せるまで回復し、発艦可能となった。
おかげで、居住区画は手に付いていない。
特に被弾した後部は、炎上した箇所がそのままだ。
それでも作業量は膨大であり七二時間で全てを終えるなど不可能と言えた。
それを、呉の造船所の人々はやり遂げた。
三交代で、作業を続け、信濃を運用可能な状態にまでに引き上げた。
軍事史上でも特筆すべき偉業であった。
「こりゃ、勝たなければ、殺されるな」
岩国に集結した航空隊は予定通り信濃を拠点にして戦う。
上原は彼らを率いて戦わなければならない。
自然と気合いが入る。
「十分な戦力が整っているんだからな」
アメリカ、中華民国、台湾の航空隊は、流石に参戦させるわけにいかない。
しかし、日本の航空隊だけでも十分だ。
信濃に配備されていた航空隊に加えて、改装中の尾張の航空隊、そしてホルムズ海峡から急行中の紀伊の航空隊が集結していた。
紀伊は帰還途上から日本の飛行隊を発艦させ、途中空中給油を繰り返し、日本本土、岩国まで帰還。
信濃を拠点に行動する事が決定していた。
総計百機以上の機体が信濃の所属となり、攻撃に参加する。
一度に積み込むことは出来ないが、岩国に十分な予備戦力も確保されていることは心強かった。
「さて、行くとしようか」
上原は飛行隊を移動させるべく岩国に国鉄で向かった。
豊後水道で信濃に着艦し、全速で東南アジアから帰還中の大和と宿毛湾の揚陸部隊と大隅半島沖で合流し、九州の南端を回り、対馬海峡経由で竹島奪回に向かう。
関門海峡を通らないのは、狭すぎて、万が一、韓国軍の攻撃を受けた場合、回避できず被弾。
最悪、海峡を沈没船で通行不能にしてしまう。
日本の物流の大動脈である関門海峡が閉ざされるなど絶対にあってはならない。
だから、遠回りだが、九州から回り込むのだ。
「しかし、戦力過剰じゃないのか」
戦力の集中は戦術の大原則であり、上原も異議はない。
しかし、海兵師団と空中機動師団の全力というのはやり過ぎ。
どちらも移動力が優れているが、〇.二平方キロしかない竹島に導入するには過剰戦力だ。
更に精鋭の空挺師団も動員され、待機しているという話を聞いている。
いくら何でも部隊を使いすぎ。
竹島の奪回に必要な戦力など三〇〇〇でも過剰な位だ。
その十倍の三万前後の戦力を使うなどオーバーだ。
彼らがいなければ、少数の部隊に限定すれば、より迅速に動けたはずだ。
大和との合流を待っていたにしても、戦力を集めすぎている。
「何か仕掛ける気か」
圧倒的すぎる戦力が何に使われるのか気になったが上原は、気にしないことにした。
それより眠った方が良い。
これまでの七二時間、発着艦機能が確保されているか、確認の為に働きづめだった。
この後は信濃へ航空団、飛行隊を載せ、韓国へ攻撃しなければならない。
残された時間は、あまりにも少なかった。
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