航空団飛行長
「海猫05着艦せよ」
「了解」
許可を受けた梶谷は乗った機体を操り信濃に着艦した。
正しい姿勢で三番ワイヤーを引っかけ、LSO着艦信号士官が高得点を付けたほど、見事な着艦を決める。
誘導員に従い駐機場所に止めたが、キャノピーを開けてもすぐには降りなかった。
長時間の飛行、そして最後の飛行での戦闘。
さらに衝撃的な展開もあり、さすがに梶谷も疲労が溜まり、しばらくパイロット席から動けなかった。
整備員もそれを理解していて、初めは声をかけなかった。
しかし、そうも言っていられない事態が起きていた。
「梶谷大尉、降りてもらえませんか」
「もうしばらく休ませてくれ」
マスクを外しても息苦しそうな声で梶谷は言う。
「しかし、飛行長がお呼びです」
「……分かった」
梶谷は重たい体を起こし、機体を降りて格納庫の下にある飛行長のオフィスへエスカレーターで向かう。
第六〇一航空団、信濃航空団飛行長は上原中佐だった。
ベトナムでの戦いぶりを評価されて昇進しており、外国のパイロットからも一目置かれていた。
日本がトムキャットを導入した際に初期パイロットに選ばれており、トップガンに留学。
その際、トップガンを獲得していた。
故にトムキャットドライバーならば知らない人間はいない、伝説的な人物となっていた。
ちなみに梶谷も留学中にトップガンを獲得しており、F14乗りの間では有名だ。
そもそも梶谷をトムキャットパイロットに推薦したのも上原だった。
腕には自信があったが、ベトナムで共に戦い抜き、抜擢してくれた上原には恩があり、梶谷は頭が上がらない。
だから、素直に出頭した。
「梶谷大尉入ります」
「なぜ呼ばれているか分かっているだろうな」
「はい」
理由が分かっている梶谷は、はっきりと言う。
「どうして追いかけた」
「敵機に追尾されており、振り切ることは不可能でした」
「トムキャットの性能なら振り切れるだろう」
「無理です。他の機体ならともかく、トムキャット相手には無理です」
「イラン空軍がトムキャットを飛ばしていたのか」
「はい、ガンカメラに映っているはずです」
戦闘機には撃墜の瞬間を記録するためのカメラが装備されている。
上原はすぐに部下に命じて梶谷の機体からガンカメラの映像を持ってこさせた。
相対速度四〇〇〇キロのため、かなりぼけていたが、特徴的な可変翼とリフティングボディの胴体、二枚の垂直尾翼は間違いなくトムキャットだった。
「……信じられないな。イランがトムキャットを飛ばせるとは」
航空機は、一般人が思っている以上に複雑で繊細だ。
交換部品が一つ無くなるだけで飛行不能になる。
納入された機体の一部を部品取り用にして部品を確保――共食いと呼ばれる行為を行っても純正部品を手に入れられない限り、トムキャットは飛べない。
飛べたとしても最高性能を発揮できないとされていた。
だが、今の映像でその予測は外れた。
イランは西側の想像以上に好奇心旺盛で器用な人材が多く、技術者も多く輩出している。
彼らはF14の交換部品をコピーすることに成功していた。
純正品より耐久時間は短いが、頻繁な交換で対応し、飛ばすことに成功していたのだ。
「だが、トップガンのおまえが窮地に陥るとはな」
「相手はアイター少佐でした」
「……本当か」
「少佐以外にトムキャットをあのように飛ばせるパイロットを自分は知りません」
「……だな」
上原は疑問が解けた椅子に座ると命じた。
「報告ご苦労。下がってよし。たっぷりと休んでおけ」
「はっ」
敬礼して飛行長のオフィスから退出した梶谷は、自室へ戻ろうとした。
だが途中で陽気な声に止められる。
「梶谷、聞いたぞ」
「敵機を落とし損なったってな」
ミッチェルと楊が声を揃えて梶谷をからかった。
声をかけてきたパイロットスーツを着た知り合いのアメリカ人と中華民国人を見て、やっかいな奴に捕まったと梶谷は心の中でつぶやいた。
「二人とも止めてやれ」
側を通った葉が止める。
「台湾人だから日本人を贔屓するのか」
「同じ艦に乗る仲間だろう」
「お利口さんぶって」
「叩き出された豚に言われたくない」
「やるか夷人!」
「止めろ! それはやり過ぎだ!」
楊が葉に殴り掛かろうとして流石にミッチェルが止めた。
「やれやれ」
四人とも飛行隊は違うが、同じ艦載機乗りであり、国籍が違っても仲間意識は強い。
時にこうしたいざこざはあるが。
「ありがとう、葉。けど、落とし損なったのは事実だ」
台湾人である葉は昔から何かと気にかけてくれる。
「まったくよくやれるよ」
艦内警備の海兵隊がやってきたこともあり、剣呑な雰囲気は収まった。
多少の喧嘩はあるが、多国籍でも上手くやっていた。
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