トムキャットの空中戦

 梶谷は喜ぶ後席を黙らせると、旋回して撃ってきた敵機に狙いを定める。

 一旦バーナーを切り、操縦桿を操作して、トムキャットの機首をミサイルが発射された方角、すなわち敵機の方向に向けた。


「見つけた!」


 目標を見つけると、梶谷は睨みつけ、アフターバーナーを全開にして突進した。


「海猫05! 離脱せよ! 作戦空域を超えてイランに入ることは許可されていない! 敵機との交戦は極力避けよ!」


 イーグルアイ――焦った管制官から梶谷に警告が出る。

 当然だ。

 国際問題もあるが、敵の領域、すなわち対空ミサイルの巣で戦うのは分が悪い。

 圧倒的多数で攻撃し、損害なく成果を挙げるべきだ。

 高価なトムキャットを同盟国の機体と共に危険に晒し、ましてや撃墜されることがあれば、まずいことになる。

 今のイランは、異教徒に対して寛容な国ではない。


「無理だっ!」


 もちろん、梶谷も百も承知だ。

 いくら空戦に優れていると言っても、不利な状況で命を賭けて戦うほど梶谷は好戦的ではない。

 だが、逃げることなど出来る状況ではなかった。


「あいつらは俺たちを逃がす気はないっ!」


 梶谷が言ったとおり、敵機はやってきた。

 ミサイルが外れると同時に、アフターバーナーを全開にして梶谷に接近してきている。

 向こうは梶谷を撃墜するつもりだ。

 そもそも、初めから梶谷を狙うために敵機はファントムの後ろに付いていた。

 ファントムを囮にし、その後ろに付いたところを攻撃するつもりだったのだ。

 梶谷が予想以上に素早く攻撃し、ファントムを撃墜したため、回避されたが、なおも執拗に狙っている。

 それも当然だった。

 イラン王国空軍のパイロットは、イラン――イスラム共和国にとって潜在的な国王派であり、監視対象である。

 機会があれば収監し、拷問にかけるべき対象だ。

 戦果を挙げなければ、直ぐに刑務所に逆戻りである。

 だから亡命するパイロットが多かったが、残ったパイロットたちは自分たちの身を守るため、何より自分の能力を示すために非常に好戦的であった。

 イラン・イラク戦争の初期、ミサイルが外れた場合はアフターバーナーを全開にして接近し、機銃で撃墜するほどの執念があった。

 そんなパイロットを前にしては、相手になるしかない。

 梶谷は向かってくる敵機に機首を向けた。


「おい、敵機にぶつかるぞ!」


 真っ正面から突入してくる敵機に、後席の相棒は狼狽する。


「回避しろ!」


「無理だ! 避けた途端にミサイルか機銃で蜂の巣だ」


 下手に回避機動をすれば横腹を晒し、相手の的になる。

 ならば正面から接近してギリギリで回避するしかない。

 運が良ければ、相手が怖がって離脱するだろう。

 そこを攻撃することを、梶谷は狙っていた。


「向こうも同じ考えか」


 だが、向こうも離脱する気配はない。

 同じ考えのようだ。

 そもそも、撃墜する気がないのならわざわざ接近してこない。


「相手になってやる」


 梶谷も真っ直ぐ敵機に向かって突進した。

 そして、激突する瞬間、双方同時に操縦桿を引き、右へ避けた。


「!」


 相対速度四〇〇〇キロですれ違ったが、梶谷は相手を識別した。

 何しろ見慣れた機体だ。

 自分の乗っているF14トムキャットと同じだ。

 正確には、梶谷が乗っているのは日本向け改修型であり、相手が乗るのはイラン空軍向け改修型だ。

 どちらもグラマンを助けるため、オイルショックで製造費が納入金額を上回ってしまい赤字となってしまった米海軍への配備を後回しにして日本とイランへ納入された機体だ。


「因果だな」


「敵機、イラン空軍機は離脱していったぞ」


 相手を視認していた後席が言う。


「こちらも帰還する。武器を使い切っちまったからな」


 梶谷はアフターバーナーを切り、上昇して減速。

 同時に急旋回して反転し、母艦である信濃に向かった。

 だが、相手を知り安堵すると共に、運命の悪戯を呪った。

 しかし、体の生理現象――これまでの疲労と緊張の弛緩から腹が鳴った。

 時間を確認する。

 戦闘のおかげで、当初の着艦予定時間より大分遅れている。

 度重なるアフターバーナーの使用で消費してしまった燃料は空中給油機から補給するが、生身への給油は母艦に降りてからだ。


「……食堂が開いている間に着艦できるかな」


 空腹で力尽きそうな声で、梶谷はつぶやいた。

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