飛行制限空域
「海猫05! こちらイーグルアイ! 聞こえるか!」
「聞こえている。どうした?」
「内陸から飛行制限空域へ向かう反応を探知した」
ホルムズ海峡の安全を守るため、その周囲を飛行制限空域とし、国連の許可無く飛行できない空域にすることを安全保障理事会は構成国全てが賛成して可決した。
ソ連が賛成に回ったのは、世界経済が混乱して小麦の価格や燃料費が高騰するのを防ぐためだ。
世界有数の小麦の生産地だが、農業技術の未熟さや農業政策の失敗により、自国で全てを賄うことはできず、西側から輸入している。
小麦価格が上がることは避けたいので、決議に賛成した。
共産主義の無神論国家であるソ連も、敵視しているイランとの摩擦は避ける方向で動いたが、これによりイランの怒りを買うこととなった。
そのため、イラン空軍が時折発進し、挑発、いやイランの領空を主張するべく侵犯してくることが増えた。
「多分イラン空軍機だ。方位は351。反応は無いか?」
「少し待ってくれ」
梶谷は操縦桿を操作し、言われた方向へ機首を向けた。
「見つけたぞ」
後席がレーダー画面に目標を捕捉した。
「反応からしてファントムかな」
レーダーの反応を見て、後席が判断を下す。
以前、テヘランを離陸した旅客機を誤射して撃墜してしまった事例があり、警戒している。
そのため、レーダー画面の動きや表示から相手の機種や状態を推測する技術が、トムキャットに乗ることを許された職人揃いのRIO(レーダーインターセプトオフィサー)たちに備わっていた。
梶谷の後席もその中でトップクラスの技量を持っている。
レーダーの挙動から敵機の機種と搭載量を推測するなど簡単だ。
「この遅さだと、ミサイルか爆弾をしこたま搭載しているな。間もなく飛行制限空域に入る」
飛行制限空域の設定にイランは領空の侵犯として反発し、日常的に空域を侵犯している。
それどころか、ホルムズ海峡を航行するタンカーを攻撃するために度々、攻撃機を送り込んできていた。
その一機ではないかと、梶谷もイーグルアイの管制官も疑っていた。
彼らはそれを阻止するために派遣されており、これまで幾度も迎撃している。
今のところ、軍事的報復は行われていないが、そろそろ、各国も我慢の限界になっている。
ここで被害を出すわけにはいかない。
「海峡にタンカーはいるのか?」
「いるぞ。イラクから出港したタンカーも丁度いる」
ホルムズ海峡の奥、ペルシャ湾沿岸は豊富な産油地帯であり、一日で数隻のタンカーを満杯にしてしまうほど石油が産出されている。
そのため、常に少なくとも一隻はタンカーが航行している。
改めて言われると、梶谷は気が重くなった。
イランが分かっていて攻撃のために出ているのは明白だった。
「海猫05。制限空域に近づく機体に接近し、警告して引き返させろ。攻撃は絶対に阻止だ」
「僚機と合流してからでいいか?」
「時間が無い。まもなく目標は想定射程に入る。相手も単機だ。まずは単機で向かってくれ」
「了解。楽に言ってくれるぜ」
イーグルアイとの無線を切った後、梶谷は愚痴を漏らした。
専守防衛のため、撃たれる前に撃つことはできない。
マッハを越える速度で放たれるミサイルに対応する時間など十数秒しかない。
にもかかわらず、相手が撃ってから迎撃せよという命令が下されている。
しかも民間に被害を出すな、という制約付きだ。
「不条理すぎるぜ」
しかし、命令であり、従うしかなかった。
フェニックスのアウトレンジ能力を殺すことになるが仕方ない。
まもなく視認できる距離まで近づいてから、梶谷は国際チャンネルで警告を発した。
「飛行制限空域へ接近中の機体へ。こちら日本国防軍所属F-14だ。貴官は制限空域に近づいている。直ちに引き返せ」
今はまだ無線で警告するだけで、攻撃はまだしない。
数週間前、展開していた米軍がイラン空軍機と誤認して旅客機を撃墜する事件が発生していた。
それ以降、民間機への誤射を防ぐため、視認してからでないと撃墜できない規則が新たに設定された。
応答は無く、引き返すそぶりもない。
仕方なく、梶谷は、さらに接近することになるい。
「見えたぞ」
十数キロ先の機影を視認した梶谷は、予想通り対艦ミサイルを積んだF-4ファントムであることを確認した。
イランの王国時代に日本でライセンス生産され、輸出された機体だ。
日本は対艦攻撃を重視しており、対艦ミサイルを装備できるよう改装していた。
イラン空軍もホルムズ海峡封鎖のために、同様の装備を日本に求めていた。
そして、王朝から継承したイラン共和国空軍は、そのファントムをそのまま維持していた。
ファントムは対艦ミサイルを翼下に吊り下げていた。
「直ちに引き返せ」
梶谷が強く警告すると、ファントムからの返答があった。
翼に吊るしたミサイルをタンカーに向かってファントムが発射した。
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