イランイラク戦争と日本

 1980年9月に始まったイラン・イラク戦争は時を経るごとに激化した。

 元々イランとイラクの間には国境紛争があり、石油資源を巡って対立していた。

 戦争の火種としては十分だったが、イラン王国が親米派でアメリカが自制を促していたため戦争になる事は無かった。

 豊富な原油の輸出を資金にして近代化を行い、脱イスラム主義、世俗化を進め、中東随一の成長国となった。


 脱イスラムはイスラム法学者に評判が悪かったが、自由な空気を与えられた国民は喜び、王朝は支持されていた。


 しかし、70年代後半に原油価格が下落。

 消費国は歓迎したが産油国であるイランは減収になり、財政難に陥った。

 福祉予算などが削減され近代化にも失敗し、国民の不満が増大。

 世俗化を嫌ったイスラム宗教学者を中心に反王朝の空気が広がる。


 78年にイラン革命が起こりイラン王朝は崩壊。

 イラン国王モハンマド・レザー・シャーは亡命した。

 王朝非難を繰り返し当局から迫害され国外に亡命していた宗教指導者ハメネイ師が帰国し、最高指導者となってイラン・イスラム共和国が成立。

 イランの全ての決定はイスラム法学者の手に渡った。


 それまで近代化を進めていたイランは一転してイスラム主義国家となり、イスラムを至上とし他を排除した。

 王朝を操りイランを支配したとしてアメリカを憎み、イランは親米から反米に転じた。


 さらにオイルマネーによって中東随一の軍備を有していたイラン軍の優秀な軍人達を、国王派・反イスラムとして牢獄に入れ、拷問にかけた。

 捕まらなかった軍人たちもいつ逮捕され拷問を受けるか分からず、亡命していった。


 優秀な軍人がいなくなったイラン軍は、当然弱体化した。

 これを好機と見た隣国イラクのフセイン大統領は、イランへの侵攻を決意。

 イスラム原理主義というイデオロギーへの恐怖と、当時世界第二位の原油輸出国であるイラクのご機嫌取りのため世界各国――米ソ両陣営がイラクを支持するとフセインが読んでいたこともあった。


 こうしてイラン・イラク戦争が始まった。


 当初は装備と軍隊の練度からイラク軍が優勢とみられていた。

 実際イラク軍はイラン軍を圧倒し、快進撃を続けた。

 フセインの読み通り、世界はイラクを支持し、膨大な援助が与えられた。

 世界から孤立したイランはイラクへの降伏を真剣に議論しなければならない状況に追い込まれた。


 だがイラン軍は宗教国家の特徴を生かし、宗教心で国民を熱狂させて戦場へ動員し、人海戦術で戦線を維持。


 更にイランは王国軍の軍人を釈放し、劣勢だった制空権を奪回。

 攻め込んだイラクも一枚岩とは言えず、指揮系統が混乱した上、長期戦の備えがなかったため、攻撃力が低下。

 イランは戦局を持ち直し、膠着状態に持ち込んだ。

 そのため戦いは長期戦となった。


 戦争が長期化すると両国とも敵の継戦能力を断つため、相手の国家収入に狙いを定め石油、相手国から積み出す石油輸出を阻止しようとタンカーを狙い始めた。

 82年に石油輸出基地を両国は互いに攻撃。

 更に洋上を航行中のタンカーへの攻撃も始まった。


 タンカーのホルムズ海峡航行は中断、世界の石油輸送大半を占める海域が塞がった事で原油価格は高騰。

 ロイズのペルシャ湾航行の保険料は200倍に急騰した。

 世界の石油資源の大半を輸出するペルシャ湾の危機に西側は直ちに反応。

 米軍を主力とする空母機動部隊を送り、警戒とタンカーの護衛を行った。

 その中には日本も含まれていた。


 安全保障理事会常任理事国として、世界経済を守るべくホルムズ海峡の安全を確保するため艦隊の派遣を要請された。

 目に見える形で貢献しろ、ということだ。


 だが日本の動きは遅かった。

 ベトナム戦争の苦い経験もあり、当初は反対派が多かった。

 そもそも、日本が戦争に巻き込まれる、戦争を行うことに反対する原理主義者も多かった。


 しかし日本のタンカーが狙われ始めると、日本政府は「日本人乗員を守るため」という理由で艦隊の派遣を決定。

 空母信濃をはじめとする艦隊を派遣した。

 梶谷がホルムズ海峡の上空へ発艦したのも任務の一環だ。

 そのためルーティーンとなった哨戒飛行、ホルムズ海峡上空で周回している。


 共同作戦を行う米空軍E3Cセンチュリーから梶谷へ通信が入ったのは、二回目、そして飛行プランで予定された最後の空中給油を終えた後だった。

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